ロイハボ風味
「えーッ、今日は二人でゆっくり過ごすって約束だったじゃないっスかッ!」 そろそろ出かけようと用意をしていた時、不意に鳴り響いた電話に出るロイを心配そうに見つめていたハボックは、電話を切ったロイの唇から出た言葉に不満の声を張り上げる。非難の色を滲ませる空色に睨まれて、ロイは肩を竦めて答えた。 「仕方ないだろう、急ぎの書類が出てきたというんだから」 「アンタ、書類全部片づけたって言ってなかったっスか?」 「片づけたとも!今回書類を留めていたのは私じゃないぞ」 私のせいじゃないと主張するロイをハボックはじとーッと見つめる。そんなハボックにロイはため息をついて立ち上がった。 「とにかく中尉が来いと言ってるんだ。行かない訳にはいかないだろう?」 「そりゃそうっスけど」 「他にも急ぎの案件があるらしいしな」 「え?──ええーッ?!じゃあ書類にサインしたらすぐ帰ってくるんじゃねぇのッ?」 ぼそりと付け加えられた言葉にハボックは椅子から飛び上がる。リビングから出ていくロイを追いかけてハボックは言った。 「オレ、ずっと楽しみにしてたんスよッ?今日は絶対大佐と過ごすんだって、演習だって書類だって残さないように頑張ったのにッ!」 「仕方ないだろう、仕事だ」 「……オレと仕事とどっち取るんスか?」 思い切り頬を膨らませて言うハボックにロイは足を止めて振り向く。見つめてくる空色を見返してロイは言った。 「お前に責められるより中尉に怒られる方が怖い」 司令部最強の女性と天秤にかけられてハボックが目を見開く。むぅぅッとへの字に引き結んだ口を開いてハボックが叫んだ。 「もういいッ、浮気してやるッ!」 その声に玄関を出ていこうとしていたロイが振り向く。ハボックを見てニヤリと笑った。 「浮気?お前が?出来もしないことを言うな」 「な……ッ?」 「グダグダ言わずにイイ子にして待っていろ」 ロイはそう言うと丁度迎えに来た車に乗って行ってしまう。 「大佐の……大佐の馬鹿ァッッ!!」 あっと言う間に小さくなる車に向かって空しく怒鳴り声を張り上げたハボックは暫くその場に立ち竦んでいたが、やがて肩を落として家に戻る。ボスンとソファに腰を下ろして、ハボックはクッションを抱き締めた。 「大佐の馬鹿……今日はずっと二人でいられると思ったのに」 六月八日、二人にとって特別な日であるこの日を毎年色んな形で祝ってきた。今年は何ヶ月も前から二人一緒に休みを取ろうと決めて、絶対に仕事を残したりしなよう頑張ってきたのだ。 「大佐……」 クッションをギュッと抱き締めてハボックはロイを呼ぶ。そうすれば出かけ際ニヤリと笑ったロイの顔が浮かんで、ハボックは眉間に皺を寄せた。 「いいもん、大佐が仕事だって言うならオレ一人で遊んでやるッ!オレだって女の子の一人や二人ひっかけられるんだからなッ!」 一人置いてきぼりにされた上、自分に浮気は出来ないと決めつけられた事にムカムカしてハボックはそう言って立ち上がる。抱き締めていたクッションを投げ捨て、ハボックは足音も荒く家を飛び出した。
「オレだって大佐とつきあう前は結構モテたんだからなッ」 ハボックはフンと鼻を鳴らして通りを歩いていく。ちょっと考えて若い女の子に人気のショップが立ち並ぶモールへと足を向けた。 雨の季節を前に貴重な晴れを楽しもうとショップに挟まれた通りには結構な人が出ている。ハボックはクレープショップに並ぶ女の子たちに近づいていった。 「やあ」 にっこりと笑いかければ友達同士おしゃべりしていた女の子たちがハボックを見る。驚いたように目を見開いた女の子がサッと顔を赤らめた。 「ここのクレープ美味しいんだって?オススメ、教えてくれる?」 おごるからさ、と笑いかければ女の子たちが顔を見合わせる。一人の子が店のメニューを指さして答えた。 「一番の人気はこれですけど……私たち、クレープよりアイスかなぁって話してて」 「えっ?あ、ちょっと!」 じゃあ、とそそくさと言ってしまう女の子たちの背を見送ってハボックはため息をつく。その後も何人も声をかけてみたものの、反応は似たり寄ったり。浮気どころか一緒にお茶も飲む事も出来なかった。 「なんで……?」 声をかけた時の反応は決して悪くない。嫌そうな素振りもなければ、むしろ顔を赤らめたりしてハボックに気があるようにさえ思える。だが、どの女の子もハボックの誘いに乗るどころか逃げるように行ってしまうばかりだった。 「クソーッ、これじゃ大佐に馬鹿にされる」 出掛けに笑っていたロイの顔が思い出されてハボックは悔しそうに爪を噛む。その時、ポツリと頭に当たる感触に空を見上げればいつの間にか曇っていた空からバラバラと雨が落ちてきた。 「うっそ!なんだよ、ゲリラ豪雨ッ?!」 突然の雨にハボックは慌てて店の軒下に逃げ込む。僅かの間にびっしょりと濡れてしまったシャツを見下ろしてため息をついた。 「もー、サイアク」 ナンパはちっとも上手くいかない上に突然の雨でびしょ濡れだ。がっかりと肩を落としたハボックは、雨宿りした店が喫茶店だと気づいて扉を押した。 カランとドアベルを鳴らして中へと入れば店の女の子がハボックを見る。見開く瞳が濡れ鼠の自分を非難しているように感じて、ハボックは肩を窄めて言った。 「ちょっと濡れちゃってるんだけど、いいかな?」 「えっ、あ、はいっ!勿論です、どうぞッ!」 ハボックの言葉に女の子は弾かれたように答える。案内されたテーブルにつくとホットコーヒーを注文した。 「あーあ……やんなっちゃう」 折角の日にロイは仕事に出かけ、一人置いてきぼりを食らった自分は一緒にコーヒーを飲んでくれる相手もみつけられないまま濡れ鼠だ。運ばれてきたコーヒーを前にテーブルに頬杖をついてぼんやりと窓から外を眺めていたハボックは、不意にさした影に顔を上げた。 「やあ」 「────誰?」 親しげに話しかけてきた男をハボックは胡散臭げに見上げる。にっこりと笑って男はハボックに尋ねた。 「一人?」 「そうだけど」 ハボックの答えに男はテーブルを挟んだ向かいの席に腰を下ろす。他に幾らでも開いている席があるにも関わらず相席してくる男を睨むハボックに構わず、男はニコニコと話しかけてきた。 「一人なら俺と一緒にどっか行かない?」 「は?」 「ちょっとその辺うろうろして……そうだ、その濡れた服の代わりの、プレゼントするよ。映画見てもいいし、その後は一緒に飲みに行かないか?いい店があるんだ。な?そうしようぜ」 「なんでオレがアンタと一緒に……」 勝手に話を進める男にハボックは眉間に皺を寄せる。だが、目の前の男がさらさらとした黒髪と切れ長の瞳であることに気づいて僅かに目を見開いた。 (ちょっと大佐に似てる……?) そう思ってじっと見つめれば男がニッと笑う。テーブルに置かれたハボックの手に己のそれを重ねて言った。 「行こうぜ。雨もあがったみたいだ」 言って手を引かれるままにハボックは立ち上がる。ハボックの分も一緒に金を払う男についてハボックは店を出た。 「じゃあまず服を買いに行こう。知り合った記念にプレゼントするよ、────えっと……」 「ジャン」 名を呼ぼうとして口ごもる男にハボックは短く答える。それを聞いて男も笑って言った。 「俺はニコラス、ニコルでいいぜ、ジャン」 「ああ、ニコル」 頷くハボックの肩を抱いてニコラスはゆっくりと歩き出す。 (オレだって浮気くらいできるんだからなッ) ハボックは脳裏に浮かんだロイに向かってそう言うとニコラスについて歩きだした。
いつも遊びに来て下さってありがとうございますv さて、ロイハボの日ですね!先日のロイの日は尾瀬に行っていてすっかり忘れ去っていたのですが、一応思い出しましたよ!と言いつつ書きあがらなかったんですけど(苦笑)いやあ、思ったより長くなりそうで、端折って書き上げちゃおうかとも思ったのですが、折角だしちゃんと書こうかなぁと。そんなわけで続くですー。なるべく間をおかずに続き書こうと思いますので、よろしければお楽しみ下さいv
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