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2018年09月の日記

2018年09月02日(日)
黒スグリ姫30

黒スグリ姫30
 教室で弁当を広げていればキャーッと女子生徒達が声を上げる。何事かとハボックが視線を向ける先、数人の女子生徒達がキャアキャアと盛り上がっていた。
「なんなの?」
 なにをそんなに盛り上がっているのだろうと小首を傾げるハボックに、一緒に弁当を食べていたルイスが答えた。
「今度の週末花火大会があるじゃん、あれに行って最後のスターマインを一緒に見たカップルは一生幸せになれるんだってさ」
「────マジで?」
 ルイスの言葉に女子生徒達に向けていた視線を戻したハボックが尋ねる。ルイスは卵焼きを頬張りながら言った。
「さあ。女の子達は本当だと思ってるみたいだけど。つか、アイツら、一緒に行く相手なんていんの?」
 いるわけないよなーと同意を求められてハボックは曖昧に頷く。頭の中でロイの姿を思い浮かべていれば、ルイスの声が聞こえた。
「もしかしてそんな相手いたりする?」
「えっ?」
 唐突に尋ねられ、ハボックはギョッとしてルイスを見る。思わず顔を赤らめるハボックにルイスが身を乗り出してきた。
「えっ、なに?ハボック、そんな相手いるのッ?!」
「いないよッ!いるわけないだろッ!」
 物凄い勢いで食いつかれて、ハボックは慌てて手を振る。そうすれば「なぁんだ」と残念そうに言ってルイスは椅子に腰を下ろした。
「でも、好きな相手がいたらちょっとやってみたいかもなー」
「……そうだね」
 言って可笑しそうに笑うルイスに頷きながら、ハボックは小さくため息を零した。

 夕飯を食べた後、テレビを見ながらゴロゴロしていたハボックはポケットから携帯を取り出す。パチンと開いて連絡先の中からロイの名を選んだハボックは、ロイ・マスタングの文字をじっと見つめた。
(花火大会……先輩のこと誘っちゃおうかな)
 最後のスターマインを一緒に見たカップルは幸せになれる。それをそのまま信じる訳ではなかったが、そんなおまじないにも縋りたくなるほどハボックはロイが好きだったし、人気者のロイがいつまで一緒にいてくれるのか、不安でもあった。
(先輩……ずっと一緒にいられたら)
 ハボックがそんなことを考えているとロイが知ったなら馬鹿なことをと一蹴しただろう。だが、そんなことには思いも至らないハボックがため息を零した時、手の中の携帯の着信音が鳴った。
「わっ!!」
 唐突に鳴り出した携帯に、驚いたハボックは携帯を取り落としそうになる。ロイからの着信を知らせるそれを慌てて掴むと耳に押し当てた。
「もっ、もしもしッ?!」
 裏返った声で答えれば携帯からロイの声が聞こえて心臓がドキンと跳ねる。頬を染めて耳を澄ますハボックにロイが言った。
『ハボック、今度の週末空いてるか?』
「今度の週末?」
『ああ、花火大会があるだろう?一緒にどうかと思って』
 ロイの口から花火大会の話が出て、ハボックは息をのむ。すぐに答えられずにいれば訝しげに呼ばれて、ハボックは慌てて答えた。
「あ、空いてるっス!えと……花火大会……っスか?」
『興味ないか?』
「そんなことないっス!花火大好きだしッ!」
『そうか、なら一緒に行こう』
 ハボックの答えにロイが笑って言う。当日の夕方、駅で待ち合わせる約束をして電話を切ると、ハボックは大きく息を吐き出した。
「花火大会……先輩もあの話────知ってるわけないよね」
 中学生の間で盛り上がっている話を大学生のロイが知っているとは思えない。それでも。
「一緒に花火大会行けるんだ」
 ささやかな願い事。叶うといいと思いつつハボックは携帯をそっと握り締めた。

「わー、初めて先輩より早く来たッ!」
 待ち合わせ場所を見回してロイの姿が見えない事を確認して、ハボックは拳を握り締める。ちょっぴり気合いが入りすぎて家で時間まで待っている事が出来ずに出てきたのだが、流石に三十分前ではロイも来ていなかった。
「花火大会かぁ……ふふ」
 ロイと出かけるのはいつでも嬉しいが、今回の花火大会はいつにも増して嬉しくて、ハボックが小さく笑みを零した時。
「ハボック?随分早いな、待ち合わせ時間、間違えたか?」
 驚いたようなロイの声がしてハボックが顔を上げる。そうすれば足早に近づいてくるロイに、手を振ってハボックは駆け寄った。
「先輩ッ」
「六時待ち合わせだったと思ってたが間違ってたか?」
「ううん、六時っスよ。初めて先輩より早く来ちゃった」
 うふふと笑えばロイが軽く目を瞠る。その目を細めて笑うとハボックの金髪をクシャリとかき混ぜた。
「そんなに花火が見たかったのか?」
「うん、先輩と一緒に見られるの、すっごく嬉しかったから」
 素直にそう言えばグイとロイに引き寄せられる。驚いて見上げるハボックにロイが間近で囁いた。
「馬鹿……思わずキスしそうになった」
「ッ、先輩ッ!」
 夕方の駅前は大勢の人でこみあっている。流石にこんなところでキスされたらこの駅を使えなくなりそうで、ハボックが睨めばロイがクスリと笑った。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
 行って差し出される手をハボックは頬を赤らめて握る。人々に混じって改札を通り電車に乗ると、十五分ほどで花火大会の最寄り駅に着いた。
「すっごい人!」
 この辺りでは有名な花火大会。近いだけにかえって行ったことがなかったのだが、思った以上の混雑に空色の瞳を丸くするハボックにロイが言った。
「はぐれるなよ、いくらスマホを持っていても探すのは大変そうだ」
「は、はいッ」
 言ってギュッと握られる手をハボックも握り返す。人の流れに乗って会場の中心へと向かって歩いていきながら辺りを見回せば、手をつないだカップルがあちこちにいるのが見えて、ハボックは小首を傾げた。
(みんな、スターマイン見に来たのかな)
 ふとそんなことを思ってロイの横顔を見上げれば心臓がトクンと鳴った。
「先輩、好き……」
 考える間もなく呟きが唇から零れる。その言葉に弾かれたように振り向くロイの黒曜石に見つめられて、ハボックは真っ赤になった。
「え、えっとッ!」
「ハボック」
 じっと見つめられて真っ赤になって俯くハボックの顎をロイの指が掬う。あっと思った瞬間、唇を塞がれて、ハボックは驚きに目を見開いた。
人混みの中仕掛けられたキスにハボックはロイの腕の中でもがく。すぐそこで驚いたような囁きが幾つも聞こえて、ハボックは慌ててロイの胸を突き飛ばした。
「せっ、先輩ってばッ!馬鹿ッ!」
 ロイのことは好きだしキスされれば嬉しい。だが、こんな公衆の面前では流石に羞恥が勝って真っ赤になってロイを睨んでクルリと背を向ける。ロイの呼ぶ声を振り切るように数メートル走ったその時、ドォン!と花火が空で弾けた。
「花火!始まったんだ!」
 夜空に花開く花火を見上げたハボックは慌ててロイを探す。だが、そんなに離れてはいないはずのロイの姿は見当たらなかった。
「先輩ッ?────あッ!」
 ドンッとぶつかった弾みによろけたハボックは、そのまま少しでも近くで花火を見ようとする人の流れに押し流されてしまう。ロイと離れた場所からどんどん遠ざかってしまって、ハボックは歩きながら携帯を取り出した。だが。
「なんでッ、繋がんないッ?!」
 電波状況が悪いのか、上手く繋がらない携帯をハボックは何度もかけ直す。何度めかにかけ直そうとした寸前、着信音が鳴ってハボックは急いで携帯を耳に押し当てた。
「先輩ッ?!」
『今どこだ?ハボック』
 尋ねるロイの声にハボックは慌てて辺りを見回す。だが、パッと目印になるものが見つからず、焦る間にもどんどんと人の流れに流されて、ハボックは泣きそうになった。
「わ、判んない……ッ、人、凄くて……ッ」
『判った、こっちから探す。なるべく道の端に寄っていろ。動くなよ、ハボック』
「う、うん」
 それだけ言って切れた携帯を握り締めて、ハボックは人混みを縫って何とか道の端に寄る。そうこうするうちにもドォンドォンと大きな音を立てて花火が打ち上げられるのを見て、ハボックは顔を歪めた。
「折角一緒に来たのに……」
 最後のスターマインどころか一発の花火も一緒に見られないかもしれない。そう思うと涙がこみ上げてくる。携帯を握り締めたハボックの瞳からポロリと涙が零れた時、すぐ側から声が聞こえてハボックはビクリと震えた。
「どうしたの?なに、カレシとはぐれちゃった?」
「折角の花火、一人で見るんじゃつまんないだろ?俺たちと一緒に見ようぜ」
 顔を上げれば見知らぬ男達が話しかけてくる。ニヤニヤと笑った男に手首を掴まれかけて、ハボックは男の手を振り払うと逃げだそうとした。
「待てよ。なぁ、一緒に見ようぜ、いい場所知ってんだ」
「いいですッ!待ってるからッ!」
「こんなに混んでたら会えないって。それより俺たちと仲良くしようぜ」
 言って手を伸ばしてくる男の顔めがけて、ハボックは咄嗟に手にした携帯を投げつける。「ワッ」と男が怯む隙、ハボックは男達を突き飛ばして逃げ出した。
 投げた携帯は道行く人の足に蹴られて踏まれてどこかへ紛れてしまって、とても探すことなど出来ない。とにかく男達に捕まらないよう、ハボックは人混みを押しのけるようにして必死に走った。
 そうやって走る間にも空の上ではいくつもの花火が開いては消える。ハボックはゆっくりと足を止めると夜空を彩る花火を見上げた。
「先輩……ッ」
 一緒に見たかった花火を一人で見上げてハボックは涙を零す。幾つも幾つも上がっていた花火が不意に途絶えて、辺りが一瞬静寂に包まれた。
「次、スターマインだよ、結構凄いから!」
 そう囁く声が近くで聞こえてハボックは目を見開く。次の瞬間、シュルルと尾を引く音が聞こえたと思うと、一斉にたくさんの花火が夜空に花開いた。
「スターマイン……」
 花火大会の最後を締めくくる花火が次々と花開いては消えていく。ドォンドォンと大きな音を響かせる花火を呆然と見上げていたハボックがくしゃくしゃと顔を歪めた、その時。
「ハボックッッ!!」
「ッ?!」
 グイと腕を引かれてハボックは振り向く。ロイの顔を見たと思った瞬間折れそうなほど抱き締められて、ハボックは目を見開いた。
「よかった、ハボック……ッッ!!」
「せ……んぱい……、────先輩ッッ!!」
 ギュッと抱き締めてくるロイをハボックも思い切り抱き返す。ロイの胸に顔を埋めて甘いコロンの香りを嗅げば涙がボロボロと零れた。
「先輩、先輩ッッ!!」
 何度もロイを呼んでしがみついてくる細い体をロイはしっかりと抱き締める。ハボックの金髪を撫で、頬に零れる涙を指先で拭った。
「お前の金髪に花火の光が弾かれて光ってた。遠くからでもすぐ判った」
「先輩……」
「よかった、最後のスターマイン、一緒に見られた。願いが叶いそうだ」
「……え?」
 笑ってそう言うロイをハボックが驚いて見上げる。そうすればロイが夜空を彩る花火を指さして言った。
「フィナーレのスターマイン。一緒に見ると幸せになれるって、つまらない噂だとは思ったが、聞いたらやっぱりお前と見たくなった。一緒に見られてよかった」
 そんなことを言うロイを見上げるハボックの瞳から新たな涙が零れる。泣きじゃくるハボックの涙を唇で拭って、ロイはハボックを抱き締めて言った。
「ほら、ハボック。一緒に見よう」
「はい……はいッ!」
 笑うロイに頷いてハボックは夜空を見上げる。優しく抱き締めてくるロイに身を預けるようにして花火を見れば、ロイが耳元で囁いた。
「好きだよ、ハボック。ずっとずっと一緒にいよう」
「……先輩ッ」
 チュッと頬に口づけるロイに何度も頷いて、ハボックはロイと一緒に夜空を彩るいくつもの花火を見上げていた。


遊びに来てくださった方にはありがとうございますv ポチポチ拍手も頂いて、とってもとっても嬉しいです〜vv
お久しぶりの黒スグリ姫です。拍手で黒スグリ姫読みたいとコメントくださった方がいたので〜。でも、今回ハボ視点ぽくなったらちょっと感じが違っちゃいました(苦)しかも妙に長いし!やっぱ黒スグリ姫はハボに振り回されるロイが楽しいよなぁ。リベンジしたい(笑)また近々書きたいです。やっぱりコメントやリクエスト頂くと嬉しくて書きたくなりますね、単純っス、ふふふv

以下、拍手お返事です。

いつも楽しみに遊びに来てます  の方

いつも遊びに来てくださってありがとうございますvv さらにこのたびはリクエストまで!とっても嬉しいです〜v そんなわけで黒スグリ姫のお届けです。いつもとちょっと感じが違っちゃいましたが、お楽しみいただけたら嬉しいです。これからもどうぞよろしく遊びにきてやってくださいませv
2018年09月02日(日)   No.510 (ロイハボ)

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  Photo by 空色地図

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