(睡魔に勝てそうにないので、とりあえずホワイトデーのネタだけアップ…(苦)
「うーん……」 買い物を済ませて家へ帰る道すがら、ロイは通り沿いに並んだ店先を眺めて唸る。冬から春へと季節が移ろうとする今日この頃、多くの店頭を飾るのはホワイトデーのディスプレイだった。 「どうしたものかな……」 今年のバレンタイン、ロイはハボックからチョコレートを貰った。ヒューズの助けを借りてハボックが自分で作ったそれはイチゴにチョコをコーティングしたシンプルなものであったが、それだけにハボックの想いがたっぷりと詰め込まれていた。とても可愛くて甘くてちょっぴり酸っぱいイチゴのバレンタインチョコはロイの心をほんわりと暖めて、こんなに幸せな気持ちになったバレンタインデーは生まれて初めてだとロイは思ったのだ。 「ホワイトデー……なんにしよう」 これまでの経験からすれば、ホワイトデーのお返しは市販のクッキーやマシュマロだった。男のロイに手作りを求める相手はいなかったし、それで十分気持ちは伝わったから特に考えたこともなかったのだが。 「クッキーを買うと言うのもなぁ」 そもそもハボックはものを食べない。ハボックが口にするのは庭の片隅にある井戸の綺麗な水だけだ。ロイがこれまでにあげたクッキーも金平糖も、ハボックは食べるでなく宝物として箱に大事にしまっているのだった。ホワイトデーにロイがクッキーを買ってプレゼントしたらハボックはきっと喜んで宝物に加えてくれるだろう。だが、例えそうとしても、それはロイが思うものとは違う気がした。 「だが、クッキーじゃないなら何をあげたらいいんだ?」 ハボックは綺麗なものや可愛いものが大好きだ。もうすぐやってくる春ともなれば、大喜びで庭に咲く沢山の花の中を飛んだり跳ねたりするだろう。 「花束でも……、女性じゃあるまいし」 丁度通りかかった花屋を見て、ロイは一瞬浮かんだ考えをすぐさま否定する。ホワイトデーが少しずつ近づいてくる日々の中、ずっと悩んでいるもののいい考えはちっとも浮かんでこず、ロイがやれやれとため息をついた時。 「あれは─────」 ロイは通りを挟んだ向こう側の店のショーウィンドウに飾られたものに気づいて足を止める。行き交う車越し暫くじっと見つめていたロイは、左右を見回すと急いで通りを渡り店の中へ飛び込んだ。 「すみません、あそこにディスプレイしてあるものなんですが」 ロイは店の中に入るなり店員の女性に向かって言う。この店の客としてはあまり似つかわしくないロイに、一瞬目を瞠った女性はにっこりと笑って商品に手を伸ばした。 「こちらのウサギのぬいぐるみですか?」 「私でも作れますか?」 「ええ、勿論。専用のキットがありますから。必要な布や糸や綿なんかも全部一つになって売ってるんです」 女性は棚から小さな袋を取ってロイに差し出す。 「作り方を書いた紙も入ってます。布に印刷されている線に沿って切って、作り方通りに縫っていけば簡単に出来ますよ」 手芸店の店員の女性がそう言って差し出した袋をロイは受け取って、袋に印刷されたウサギのぬいぐるみをじっと見つめた。 「────これをください」 「ウサギでよろしいですか?他にもクマや犬や猫もありますけど」 「ウサギがいいんです!」 きっぱりと言うロイに瞬間目を見開いた女性はクスリと笑ってウサギのぬいぐるみのキットを紙袋に入れる。ロイは金を支払ってキットを受け取り手芸店を後にした。 「よし、ホワイトデーまで二週間ある。頑張って仕上げるぞッ!」 クッキーよりも花束よりもずっとずっとハボックは喜ぶに違いない。いいものを見つけたとロイは喜び勇んで家に帰っていった。
「さあ、そろそろ寝ようか、ハボック」 「ろいっ?」 読んでいた本をパタンと閉じて言うロイに並んでソファーに座っていたハボックがビックリして声を上げる。時計の針はまだ九時を回ったばかりで、むしろこれから本格的な読書タイムに入る筈の男をハボックは不思議そうに見つめた。 「あー……、今日はちょっと疲れたんでな」 不思議そうに見つめてくる空色にロイはぼそぼそと言い訳する。そんなハボックをソファーから立ち上がったロイは抱き上げるとさっさとリビングを出た。 「さ、寝るぞ、ハボック」 トントンと階段を上がりながらロイは言う。寝室に入りハボックをベッド代わりのクッションを敷き詰めた箱に下ろすと、これまたブランケット代わりの膝掛けをかけてやった。 「おやすみ、ハボック。いい夢を」 「……ろーい」 ニコニコと笑って髪をなでるロイを訝しげに見上げたものの、ハボックはそっと目を閉じる。優しく髪を撫でてやっていればやがて聞こえてきた寝息に、ロイは「ふぅ」と息を吐き出しそろそろと立ち上がった。足音を忍ばせて寝室を出て静かに階段を下りる。リビングに戻り棚の中から昼間買い求めたウサギのぬいぐるみのキットを取り出した。 「さあ、作るぞッ」 ロイはかけ声よろしくそう言って袋の中身をテーブルに開ける。ふかふかと柔らかい毛足の長い白い布を広げれば、裏に幾つも線が描いてあった。 「まずはこの線に沿って布を切るんだな?」 ロイは袋の中に入っていた作り方の紙を見て呟く。抽斗から大きな鋏を持ってきて早速布を切り始めた。 「……意外と難しいぞ」 布を切るだけのこと、なんてことはないだろうと思っていたが、これが意外に難しい。線から逸れないよう慎重に切っていけば思った以上に時間がかかってしまった。 「まあ、綺麗に作るためには丁寧さも必要だからな」 ロイは幾つものパーツに切り分けられた布をテーブルに並べて呟く。付属の針に糸を通し、並べたパーツの中から耳に当たる部分を取り上げた。 「耳か。一番大事なところから縫うのか」 白くて長い耳はウサギにとって一番のポイントだ。ハボックがウサギの耳を真似て金色の犬耳を長く伸ばした姿を思い出してロイは笑みを浮かべた。 「ふふ、見ていろ。このロイ・マスタングさまの手にかかればウサ耳などアッという間だ」 ロイは不敵に呟いて線に沿って針を刺す。刺した針を反対側から返してツーッと引っ張れば糸の先っぽ布からするんと抜けてきた。 「しまった、コブを作るのを忘れていた」 ロイはチッと舌打ちして抜けてしまった糸の先を小さく結ぶ。それからもう一度布に刺して引っ張れば今度はクッと抵抗があって布の端を一針分縫い止めた糸に、ロイはホッと息を吐いた。 「よし」 ロイは頷いて線に沿って針を刺していく。 チク。 チクチク。 チクチクチク。 慣れない手つきでそれでも一針一針進めていけば、布は縫い合わされて細い筒になった。 「この細いのを裏返すのか?」 ハボックが喜びそうなふかふかの布地は筒の内側だ。ロイは細い筒を苦労してひっくり返す。そうすればふかふかのウサギ耳になった筒に、ロイは目を輝かせた。 「おお〜ッ!」 思わず感動して声を上げてしまってからロイは慌てて口を押さえる。出来上がった耳をそっとテーブルに置き、ロイはもう一つの耳のパーツを取り上げチクチクと縫っていった。 「やっと耳が出来たぞ」 そう呟いて時計を見ればもう二時間近くたっている。ロイはテーブルに広げられたパーツを見て眉を寄せた。 「布を切って耳を作るだけでこんなにかかるのか?」 必死に針を握っていたせいで既に指先が痛い。こんな調子でホワイトデーに間に合うのだろうかと込み上がってくる不安を押し戻して、ロイはふるふると首を振った。 「なに、慣れてくれば早くなるさ」 そう呟いたもののなんだか酷く疲れてしまって、ロイは広げていたパーツを重ねて袋に戻す。 「まだ最初だからな。あんまり無理しても続かなくなる。時間はあるんだ、焦ることないさ」 本を読むなら夜が更けるまででも何でもないのに、これはどうにも日付を跨ぐことすら億劫で、ロイは縫い上がった耳と残りのパーツを入れた袋を抽斗に放り込み、早々にベッドに潜り込んだ。
「さあ、寝ようか」 時計の針が九時を回ったのを見て、ロイは今日もそう言う。じっと見つめてくる空色にニコニコと過剰なまでに笑い返して、ロイはハボックを寝室へと連れていった。 「ろーいー」 「眠いなぁ、さあ、寝よう。おやすみ、ハボック」 ロイは大きな欠伸をして見せながら言う。もぞもぞとベッドに潜り込んでじっとしていると、やがて聞こえてきた寝息にロイはそっとベッドから抜け出してリビングへと降りていった。 「今日は頭だな」 ロイは作り方の紙を見つめて呟く。綺麗な丸い形になるよう頭部は幾つかのパーツを縫い合わせて作るようになっていた。 「くそう……意外と面倒なんだな」 ぬいぐるみを見ている分には気づかなかった手間に作ってみて初めて気づいてロイは唸る。布に刺した針で手まで刺してしまって、ロイは忌々しげに血のにじむ指先を舐めた。 「もっと簡単に袋になってればいいのに」 なにもパーツを幾つも縫い合わせなくても頭なのだから風船のような袋でもいいじゃないか。ロイはブツブツと文句を言いながら針を進めていく。途中二枚縫い合わせた布をひっくり返せば中表に合わせた裏側の生地が縫うべき線からずれていることに気づいて、ロイは思い切り舌打ちした。 「くそッ!解かなきゃダメか?!」 ちょっとくらいずれていても大丈夫ではないだろうか。そう思って布を広げてみたがこのまま仕上げても綺麗な丸い形にはならなさそうなのが流石に判って、ロイは大きなため息をついて折角縫った糸を解いた。 「こんなことでホワイトデーに間に合うのか?」 出来上がっているのはまだ耳だけだ。頭が出来てもまだ胴体も手足もある。ふと時計を見ればもう十二時を回っていて、ロイはやれやれと肩を落とした。 「疲れた……今日はもう寝よう。明日頑張ればなんとかなるさッ」 ロイは自分に言い聞かせるように呟くとパーツを片づけヨロヨロと寝室へと上がっていった。
「ろーい?」 本のページを繰りながらカップに手を伸ばせば、並んでソファーに座っていたハボックがロイの顔を覗き込んで来る。今日はまだ寝ないのかと尋ねるように見つめてくる空色に、ロイはチラリと時計を見た。 「あー……今ちょっとキリが悪いからな。もう少し読んでから寝るよ」 「ろい」 ひきつったような笑みを浮かべて答えるロイにハボックは頷いて、ソファーに並べていた貝がらを手に取る。楽しそうに貝がらを灯りに翳すハボックを横目に見たロイは本に視線を戻した。 (まだ一週間以上あるからな。今夜一晩くらい休んでもなんとかなるだろう) 心の中でそう呟いてロイはゴクゴクとコーヒーを飲むと睨むように本の字を追っていった。
その次の日もその次の次の日もまだ間に合うと自分に言い聞かせながらぬいぐるみを作るのをサボってしまったロイであったが、流石にカレンダーを見れば重い腰を上げざるを得なくなる。三日ぶりにハボックを早く寝かしつけたロイは、渋々ながらぬいぐるみのキットを抽斗から取り出した。途中まで仕上げていた頭の部分を、時々裏を見て線からずれないようにしながら縫いあげる。やれやれとため息をついて次のパーツに伸ばしかけた手を、ロイはじっと見つめた。 「錬金術で作ったらあっという間にできるじゃないか」 材料はそろっているのだ。錬金術なら時間も手間もかからず、その上自分で縫うよりずっとずっと綺麗に出来上がるだろう。 「錬金術を使ったって私が作ったことには変わらないんだし」 ロイはそう言うなりソファーから立ち上がる。発火布を鳥だそうとして抽斗を開けたロイは、発火布と並んでしまってあった空色のリボンに気づいて手を止めた。 「────」 綺麗な空色のリボン。それはハボックがバレンタインにくれたイチゴのチョコが入っていた箱に結ばれていたものだ。そのリボンをそっと取り上げたロイの脳裏にバレンタインデー、イチゴチョコを詰めた箱を差し出すハボックの顔が思い浮かんだ。 『ろーいっ』 沢山の想いをその空色の瞳とたった一つ覚えた言葉に乗せてチョコを贈ってくれたハボック。その姿が思い浮かんだ瞬間、ロイは発火布が入った抽斗を乱暴に閉めた。 「錬金術で作ったんじゃ意味がないだろう、バカ者め!」 自分のことを小さく罵ってロイはソファーに腰を下ろす。そうしてぬいぐるみのパーツを手に取ると、黙々と針を動かした。
そうして。 「ハボック、ちょっといいか?」 「ろーい?」 リビングのテーブルの上に宝物を広げていたハボックは、妙に改まって言うロイを首を傾げて見上げる。それでも居住まいを正してソファーの上にちょこんと座れば、ロイがその隣に腰を下ろした。 「この間のバレンタイン、お前が手作りのチョコをくれたろう?とても嬉しかった」 「ろーいっ」 ありがとう、と改めて言うロイにハボックが照れたように首を竦める。そんなハボックにロイは後ろ手に隠していた袋を差し出した。 「これは私からのお返しだよ、ホワイトデーのな。いつもありがとう、ハボック────大好きだよ」 「……ろーい」 ほんの少し照れくさそうに笑みを浮かべてそう告げるロイを、ハボックは目を見開いて見つめる。差し出された袋を見つめ、ロイに目をやれば優しく頷くのを見て、ハボックは嬉しそうに袋を受け取った。袋の口を縛っている紅いリボンを解いて手を入れる。そっと引っ張りだしたハボックは袋の中から顔を出した真っ白なウサギのぬいぐるみに空色の目を見開いた。 「ろーい……、ろーいッ!」 嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねたハボックはふかふかのウサギにすりすりと頬をすり寄せる。ギュッとウサギを抱き締めたハボックが小さな手を伸ばしてくるのをロイはそっと抱き締めた。 「ろーいッ!ろいっ?」 「ああ、ちょっと不格好だがな、頑張って作ったんだ」 「ろぉいッ!」 照れたように笑って言うロイをハボックが空色の目を見開いて見つめる。抱き締めたウサギを見てロイを見て、ニコニコッと笑った。 「ろーいっ、ろい!」 「気に入ってくれたか?よかった」 ありがとう、嬉しいと抱きついてくるハボックを見れば、大変な思いをして作った苦労も報われる。 「ろーいっ」 ハボックが差し出してくる袋の口を結わえていた紅いリボンを受け取ってウサギの首に結んでやれば。 「ろーいッ!」 一層嬉しそうに笑ってウサギを抱き締めるハボックに、ロイの胸にも幸せが沸き上がってくるのだった。
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