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2021年05月の日記

2021年05月27日(木)
始まりの日

始まりの日
「お前、こんなところにいたのか」
 ガサリと枝を押しのける音と共に呆れたような声が振ってくる。木々の間のぽっかりと開いた小さな空間で寝そべっていたハボックは、押しのけられた枝の隙間から入る陽射しに目を細めて友人の顔を見上げた。
「ああ、なんだ、ブレダか」
「なんだじゃねぇよ、時計見ろ、時計。もうすぐ授業始まんぞ」
 そう言っても腕の時計に目をやるでもなく、のんびりと寝そべったままのハボックにブレダは顔を顰める。
「今日の授業は特別だろ。なにせあの焔の錬金術師として名高いマスタング中佐が来るんだからさ」
「焔の錬金術師ねぇ……。そんな特別なもんなの?」
 フワァと欠伸混じりにハボックが言えば、ブレダが目を吊り上げて答えた。
「当たり前だろ、焔の錬金術師と言えば知らない人がいない軍の英雄だぜ?それがこんな大した規模でもない士官学校に来るんだからな。なんでも今度東方司令部に就任するにあたって側近に出来そうな人材を探してるって噂だぜ」
 期待と興奮にワクワクとした表情で話すブレダをハボックは気の毒そうに見る。ヨッと小さな声と共に体を起こして立ち上がると、制服についたゴミをパンパンとはたいて言った。
「側近にするような人材を求めて士官学校なんかに来るか?他に用事があって来たのを校長に頼み込まれて仕方なくってとこだろ」
「お前ねぇ」
 至って現実的な意見を突きつけられてブレダが肩を落とす。ハボックが立ち上がったのを見て木々の陰から出ると、後からついてきたハボックを肩越しに振り返って言った。
「たとえそうでも多少は期待すんだろ?上手くいって焔の錬金術師の目に留まったらって」
「ブレダはそういうの狙ってるんだ?」
「まぁな。折角軍人になるならとことん上を目指してみたいしな。それにあの人は結構型破りのところもあって面白そうなんだよ」
「へぇぇ」
 そんな風に言うブレダにハボックは気のない返事を返す。両腕を突き上げて思い切り伸びをしながら言った。
「錬金術師ねぇ。錬金術なんてそんな胡散臭い術みてぇのじゃなくて軍人なら銃で勝負しろって思うけどな、オレは」
 おろした腕を大きな手のひらで叩いて続ける。
「軍人はやっぱり腕っ節だろ?銃の扱い、剣の技術、度胸と判断力。錬金術なんてものはそう言ったものに自信のないひ弱な科学者が頼る呪(まじな)いみたいなもんじゃね?」
「お前ね」
 自分ならそんなものに頼らずとも軍人としての技術だけで事足りる、どれだけ敵がいようとぶちのめしてみせると、自信満々な表情でそう言いきるハボックにブレダは呆れたため息を零した。
「お前みたいに後先考えずに突っ込んでたら軍隊幾つあっても足りやしねぇよ。ちったあ頭使え、頭。飾りじゃねぇだろ?そのにょきにょき伸びた体の上に乗ってんのは」
「そう言うのはお前に任せるって。それぞれ得意分野があるんだからさ」
 太い指で指された金色の頭に手をやってハボックが答える。士官学校の庭を教室がある建物に向かって歩きながら言った。
「とにかくオレは錬金術なんて胡散臭いもんに頼る気もなければ錬金術師なんてよく判らない連中をもてはやす気もないから。そんなわけで今日の授業はフケるんで」
「おい、ハボック」
 言うなり校舎に向かって歩いていた足を方向転換するハボックをブレダが引き止めようとする。だが、ブレダが伸ばした手がハボックに触れるより早く聞こえた声がハボックの歩みを止めた。
「錬金術はひ弱な科学者が頼る胡散臭い代物か。物を知らないひよっこが言いそうな事だな」
 声と共に突然目の前に現れた男をハボックは目を見開いて見つめる。背後のブレダが「あっ」と小さな声を上げるのを意識の外で聞きながら、ハボックは数メートル離れたところに立つ男を空色の瞳で睨んだ。
「何なんすか、アンタ。いきなり人の話に割り込んで」
「いやなに、まだ尻に卵の殻をつけたひよっこがよく判りもせんことを、ピーチクパーチク囀っているのが聞こえたものでな」
 つい、と笑う黒曜石にハボックがムッと口を歪める。おい、と袖を引いてくるブレダの手を振り払ってハボックはズイと前に立つ男に一歩近づいた。
「確かにまだ士官学校の学生の俺たちはアンタからしたらひよっこに見えるかもしれませんけどね、オレたちのことをよく知りもしないアンタにそんなこと言われる筋合いはないっスよ。大体そういうアンタこそ錬金術の事どれくらい知ってるっていうんスか?」
「知ってるさ、少なくともお前よりはね」
「は?どうせ軍の広報が発表してるもん読んで判ってる気になってるだけっしょ。うちの校長みたいに」
「ハボック!待て、その人は────」
「煩いな、ブレダ、黙ってろ。オレはこういうすかした奴が大嫌いなんだよッ。錬金術師のことよく知ってるみたいなツラした上にオレたちを馬鹿にしやがって」
 伸ばしてくるブレダの手を勢いよく振り払ってハボックは目の前の男を睨む。
「オレだって多少は錬金術のこと知ってるぜ?発動させるのに錬成陣とかいうのを描かなきゃならねぇんだろ?戦ってる最中にそんな暇あるもんか。銃をぶちかます方がよっぽど速い」
「ふぅん、だったら試してみるか?」
 息巻くハボックに男が笑う。なんだと、と目を吊り上げるハボックにブレダが大声を上げた。
「ハボック!その人がマスタング中佐だッ!」
「────は?」
 ブレダの声にハボックがゆっくりと振り向く。見開く空色にブレダが頷いて言った。
「だから!その人が焔の錬金術師ことマスタング中佐だ」
 繰り返された言葉が漸くハボックの頭の中で意味を持つ。首(こうべ)を回(めぐら)せてもう一度視線をやれば、ロイがニヤリと笑って言った。
「どうする?試してみるかね?」
 言ってロイは白い手袋を填めた手を突き出す。その白い布地に紅いラインで火蜥蜴の錬成陣が描かれているのを見たハボックが、腰の銃に手を伸ばした。
「負けても文句言わんでくださいよ」
 言いながら抜いた銃をロイに向けるハボックにブレダが目を剥く。
「馬鹿ッ!なにやってんだ、お前ッ」
「なにって、勝負すんだよ、ブレダ」
「敵うわけねぇだろッ!消し炭にされんぞッ!」
「たとえ消し炭にされてもその前に一発ぶち込んでやるさ」
「ハボックッ!!」
 そう言いきって両手で銃を構えるハボックにブレダが悲鳴混じりの声をあげた時、ザッと土を蹴る音と共に凛とした声が響いた。
「銃を下ろしなさい!」
「「ッッ?!」」
 その声にハボックの肩がピクリと動き、ブレダが声がした方を振り向く。そうすれば、金髪を高く結い上げた女性士官が両手で構えた銃をピタリとハボックに向けていた。
「ホークアイ少尉」
 現れた女性にチラリと目をやってロイが言う。それでも互いに構えた手を下ろさない二人にホークアイが繰り返した。
「銃を下ろしなさい。さもないと撃つわよ」
 脅しというには余りにも冷ややかに告げる声に、ハボックはロイから視線を逸らさず答えた。
「邪魔しないでくれませんか?勝負中なんで」
 狼狽えるでもなく落ち着いた声音でそう言うハボックに、ホークアイが鳶色の瞳を僅かに見開く。その様子を見ていたブレダが「ああ、くそッ」と小さくぼやいて腰の銃を抜いたと思うと、ハボックを狙うホークアイに銃口を向けた。
 誰かがちょっとでも動けばその瞬間張りつめた糸が切れる、そんな緊張がその場を支配する。ブレダにしてみれば永遠とも思える、だが後で振り返ればほんの数分にすぎない時間が過ぎた時、ロイが口を開いた。
「そっちの赤毛、何故少尉に銃を向ける?二人で私を狙えばもしかしたら一発くらいは当たるかもしれんぞ?」
 そう尋ねられてブレダが小さく息を吐き出して答える。
「ハボックが貴方を狙うことに集中してるんで。万に一つくらい当たるかもしれない。でも、こっちの少尉さんには全くの無防備だから、流石に友人としてはコイツがむざむざ撃ち殺されるのを黙って見てるわけにもいかないですから。ちょっとでもハボックが動いたら容赦なく撃つでしょう?」
 ホークアイにピタリと向けた銃を動かさず、チラリとロイを見てそう告げる声に、ハボックが一瞬見開いた目をニヤリと笑みに崩した。次の動きを妨げる事のない緊張に身を包んだ二人の若い候補生を見つめたロイが、ククッと笑って差し出していた手を下ろした。
「残念だが勝負はお預けだ」
「────逃げるんスか?」
「まさか!お預けだと言っただろう?────私の副官は恐いんだ、下手したら私まで撃たれかねん」
 肩を竦めて言うロイに、ハボックがゆっくりと銃を下ろす。それを見たホークアイが銃を下ろせば、ブレダも大きな息を吐いて銃を構えていた腕を下げた。
「名前を聞いておこうか」
「────ジャン・ハボック」
「────ハイマンス・ブレダです」
 渋々と言った体(てい)で答える二人にロイがクスリと笑う。「覚えておこう」とだけ言うとクルリと背を向け歩き出すロイに、チラリと二人に視線をやったホークアイが付き従った。そのまま二人が視界から消えるのを無言で見送っていたブレダがガッをハボックの襟首を掴んだ。
「おーまーえ〜〜〜ッッ!!どうしてくれんだッ!上官に銃を向けちまったじゃないかッ!」
「別にオレが頼んだ訳じゃないだろッ」
「アホ言え!俺が牽制しなきゃ絶対撃たれてたぞ、お前ッ!そもそもなんであんな馬鹿なことするんだよッ!」
「だって試してみるかってアイツが言うからッ!」
「冗談に決まってんだろッ!真に受けてどうするッ!」
「だってッ!」
「だってじゃねぇッッ!!」
 大声で喚きあった二人がまじまじと見つめあう。さっきまでの強気が嘘のように眉を下げてハボックが言った。
「やっぱマズかったかな?」
「マズいなんてもんじゃねぇだろ、どうすんだよ、俺たち……」
 今更ながらやってしまったことの重大さに青褪めた顔を見合わせた二人は、よろよろとよろめくように校舎へと歩いていった。

「中佐、顔が笑ってます」
 ハボックたちに背を向けて歩き出して少し行けば、背後に付き従うホークアイの声が聞こえる。指摘されて初めて自分が笑みを浮かべていることに気づいたロイが、クククと声を上げて笑った。
「怒るなよ、少尉」
「子供相手に大人げない事をなさるからです」
「でも、面白い人材を見つけただろう?」
 ロイは言ってつい今し方出会った二人の顔を思い浮かべる。
「士官学校で講演なんて面倒だと思っていたが、思わぬ収穫があったな────少尉」
「卒業次第東方司令部へ配属されるよう手配します」
「フフ……掘り出し物だったな」
「ルーキー苛めはなさらないでくださいね」
「それは君の方じゃないのか?」
「私は苛めているわけではありません。鍛えているんです」
 鉄は熱いうちに打てといいますし、とすまして答える副官に、ロイの笑みが深まる。
「ジャン・ハボックにハイマンス・ブレダか。次に会うのが楽しみだ」
 そう言ってロイが見上げた先には、さっき見たハボックの瞳と同じ色の空が広がっていた。


みなさま、お元気ですか?この時期になるとそろそろッと潜っていたとこから顔を出すみつきです〜(笑)
さて、そんなわけでサイトのお誕生日でーす。もう何年目かも判らん。というか殆ど動いてないのに何年目もない気が(汗)
ともあれロイとハボックたちの出会い捏造編でございます。今年は何を書こうかなぁと考えていて、ふと浮かんだのがロイとハボ、中尉との三竦みの図でした。んで、書いているうちに折角だしブレダもってことでこんな話となりました。候補生のハボックたちが校内で銃を携帯しているのか甚だ疑問ではありますが、銃持ってないと話にならないのでその辺は大目に見てくださると……。話を盛り上げるためには多少のデタラメも必要って事で(笑)
それにしても、世の中ガラリと変わって随分と不自由になりましたね。野球見に行って、知らない人たちと一緒になって応援したり、コンサート行って声援送ったり、街をブラブラ歩いてショッピングしたり、友達とご飯食べに行ったり、そんななんでもない日常が突然なくなってしまったのは、インドア派の私をもってしてもやっぱり寂しいものがあります。
こんな不自由な世の中ですが、ふと思い出したら拙宅に立ち寄っていただいて、うちのハボックたちが一時でも楽しい時間を過ごすお役に立てたら嬉しいです。のんびりまったり営業しておりますので、どうぞ息抜きにお立ち寄りくださいませv
今年も一応無配本コーナー開けております。本代、送料とも無料となっておりますのでよろしければどうぞ → 
2021年05月27日(木)   No.520 (カプなし)

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  Photo by 空色地図

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shiromuku(fs4)DIARY version 3.50