「あ、虹!」 司令部の扉を潜った途端、ハボックが空を指さして声を上げる。その指が指す方角を見れば、雨がやんだ空に大きな虹がかかっていた。 「珍しいな、虹なんて」 ロイは切れた雲の隙間から青空が覗く空を見上げて言う。くっきりと七色に分かれた虹を見れば、ふと小さいときに聞いた話が頭に浮かんだ。 「虹の根本には宝箱が埋まっているそうだよ」 「へ?宝箱?」 ロイの言葉に虹を見上げていたハボックがロイに視線を向ける。その空色の瞳を見返してロイは言った。 「そう、宝箱。虹が消える前にその根本にたどり着いた者だけがその宝物を手にすることが出来る────まぁ、子供の頃の御伽ばな……」 「すげぇ、じゃあ行ってみましょう、虹の根本!」 おとぎ話と言い掛けたロイの言葉をさえぎっってハボックが言う。えっ?と目を丸くしたロイに言葉を返す暇を与えず、ハボックがステップを駆け下りたと思うと、あっという間に建物の裏手に消えてしまった。 「────ハボックの奴」 まさか本気じゃないだろうなと眉を顰めたロイがその場で待っていると、ハボックが物凄い勢いで戻ってくる。その手が引いている物を見て、ロイは黒曜石の瞳をまん丸に見開いた。 「さ、行きましょう、大佐!」 「行くって、お前……それでか?」 ハボックが引いているのは自転車だ。一体どこから借りてきたのか、ハボックは長い脚で自転車にまたがると、ステップの上にいるロイに言った。 「ほら、大佐、早く!虹が消える前にたどり着かないとッ!」 「早くって、お前、一体どこからそんなもん────」 「はーやーくーッ!それとも大佐が漕いでくれるんスか?」 「なんで私が自転車を漕がなくちゃならんのだ」 「だったら早く乗って!ほら!」 思わず身を引いて顔を顰めるロイに、ハボックがサドルの後ろを指さす。早く早くと急かされて、ロイは仕方なしにステップを下るとあまり座り心地の良くなさそうな荷台に跨がった。 「乗ったっスか?じゃあ出発!」 ハボックはロイが跨がったと見るや否やペダルを踏み込む。走り出した自転車の勢いにグンッと背後に体を引っ張られて、ロイは慌ててハボックの腰に手を回した。 「こらッ!いきなり走り出すなッ!落ちたらどうするッ!」 「さっさと掴まらないからっしょ!」 「ってか、どうして自転車ッ?車を回せばいいだろうッ!」 急いで虹の根本に行きたいというのに、どうしてわざわざ人力に頼ろうとするのか、その理由が全く理解できずにロイはしがみついた背中に尋ねる。そうすれば力強くペダルを踏み込みながらハボックが答えた。 「車で行ったらめっちゃ遠回りっスもん。自転車なら虹めがけて一直線っス!」 「いや、だからって、お前……」 自転車なら虹から目を離さずにめがけて行けると、空にかかる虹をめがけて猛スピードで自転車を漕ぐハボックにロイはあきれたため息をつく。その途端自転車のタイヤが道ばたの小石を踏んで思い切り車体が跳ね上がった。 「……ッ!────尻が痛いぞ、ハボック」 「我慢して下さい、座り心地を求めるなら場所変わって大佐が漕ぐんでもいいっスよ!」 「────早く目的地に着いてくれ」 大人の男、それも体格のいい軍人を後ろに乗せて自転車を漕ぐよりは、尻が痛いのを我慢した方がマシだ。ガタガタとあまり舗装の良くない道で小さく跳ねる自転車の荷台で、少しでも座り心地がいいようにともぞもぞと動きながらロイが言う。大きく跳ねた車体にチッと舌打ちするロイにクスリと笑って、ハボックは「アイ・サー」と答えてスピードを上げた。 暫く行くとハボックは小高い丘へと続く道に自転車を乗り入れる。上り坂の陰で虹が視界から消えたのを見て、ロイが行った。 「道、大丈夫か?」 分かれ道にも迷うことなく道を選ぶハボックにロイが尋ねれば、ハボックが答えた。 「平気、虹の根っこ、この丘の上にあるもみの木から出てたっスから」 「────どんな視力だ、お前」 猛スピードで自転車を漕ぎながらよく見えていたものだと、半ば呆れ、半ば感心してロイが言う。上り坂に流石にスピードを落としながらも丘を登りきれば、急に開けた視界の先にまっすぐに伸びたもみの木が見えた。 「あった、もみの木!」 「虹は?!」 ハボックの背中の陰から顔を覗かせてロイが尋ねる。二人が見上げるもみの木のてっぺんにその尻尾を絡ませていた虹が、二人の目の前ですぅっと空に溶けるように消えた。 「あーッ!」 最後に三回ペダルを回して二人を乗せた自転車がもみの木の根本にたどり着く。ハアハアと息を弾ませるハボックの後ろから空を見上げてロイが言った。 「消えたな」 「あともう少しだったのにッ!」 ハンドルを握ったままハボックがガーッと喚く。背後のロイを振り向いて言った。 「大佐がもう少し痩せてたらッ!最近太ったんじゃねぇんスか?」 「はあッ?日頃から鍛錬を怠らない私に向かってなにを言う!」 いつだってベスト体重だ!と目を吊り上げるロイを見て、ハボックはハアアとため息をつく。ロイを促して自転車から降りると、もみの木の根本を見つめて言った。 「今から掘ったら何か埋まってないっスかね?」 「虹の魔法はもう解けた後だろう?」 「ちぇーッ!!」 ロイの答えにハボックは声を張り上げてしゃがみ込む。いじいじと地面に指で線を書くハボックにクスリと笑って、ロイはその金髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。 「いいじゃないか。一回で宝物を見つけたらつまらないだろう?」 「まぁそうっスけど」 髪をかき混ぜられてくすぐったそうに目を細めてハボックが答える。細めた目でロイを見上げて言った。 「また虹が出たら一緒に探しに来てくれます?」 「そうだな、自転車をもう一台用意してくれたらな」 荷台は尻が痛くてかなわんとぼやくロイにハボックが尋ねる。 「宝箱には何が入ってるんスかね」 「錬金術の古文書とかだといいがな」 「えーっ!必死に自転車漕いでそんなの、絶対イヤっス」 「そんなのとは何だ、そんなのとは!」 自分としては一番嬉しい宝物を一言の下に否定されてロイが目を吊り上げた。 「じゃあお前ならなにがいいんだ?」 「そうっスね……最上級の酒とか?」 「そんなものなら我が家の棚にいくらでも入ってる」 「うわーッ!嫌みな高給取りッ!」 フンと鼻を鳴らして言うロイにハボックが声を上げる。見上げてくる空色を見返してロイが言った。 「そもそも宝箱に入っている酒なんかより、私の方がよっぽどお前を酔わせてやれるだろう?」 言うなりズイと顔を寄せてくるロイにハボックは顔を赤らめる。己の顔を覗き込んでくる黒曜石を睨んで、ハボックは言った。 「アンタって、よくそんな恥ずかしいこと平気な顔で言えるっスね」 「恥ずかしいも何も本当のことだろう?」 ニヤリと笑ってかがみ込んでいた体を起こしたロイが言う。空を見上げる端正なロイの横顔を、赤らんだ顔でじっと見上げていたハボックが、ふと思い出したように言った。 「好きっスよ、大佐」 「────ッ」 唐突にサラリと言われ驚きに見開いた黒曜石で見つめられて、ハボックはクスクスと笑う。そんなハボックを悔しそうに見つめてロイが鼻を鳴らした。 「お前こそ恥ずかしげもなくサラリとまぁ」 「本当のことっスもん。大佐もオレのこと、好きっしょ?」 「────まぁな」 くそぅと呟いて差し出してくるロイの手を掴んでハボックは立ち上がる。 「また一緒に宝箱探しに来ましょうね」 「そうだな」 虹が消えた空を見あげて並ぶ二人の間を初夏の爽やかな風が吹き抜けていった。
遊びに来て下さるみなさま、どうもありがとうございます。ご無沙汰しておりましたがお元気でお過ごしでしょうか? 一体いつぶりだって感じの日記更新ですね、一応今日は拙宅の誕生日だもんで、あははは(汗) 以前拍手で「羯磨」と言うタイトルで虹絡みの話を書いたことがありまして、その時はロイとハボックそれぞれが一人になって虹を見に行く話だったので、今回はお誕生日なので二人仲良く虹を見に行く話にしてみました。なーんか似たような話を書いた気がしなくもないけど、もう忘れちゃったし!(滝汗) ともあれまだこっそりとハボックラブを抱えております。久々書いたらやっぱり楽しかった。書くの、まだまだ好きかも、へへへ。今年こそロイハボの続きを!(爆) まぁ、こんな拙宅ではありますが、気が向かれた時にふらりとお立ち寄り頂けたら嬉しいですv 一応毎年恒例なので、無配本申し込みページ開けておきます。えっと、気長〜〜〜〜にお待ちいたくことになりそうですが、それでもいいよと言う方がいらっしゃいましたら是非どうぞ。新刊はありません。本代送料ともに無料となっております。 無配本申し込みページはこちら→ ☆
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