「ねぇ、大佐。オレからチョコレート欲しいっスか?」 「――は?」 突然そんな事を聞かれて、私は書類を受け取ろうと手を差し出した姿勢のまま固まる。数度瞬いて、ハボックに尋ねた。 「チョコがなんだって?」 ハボックが言っているチョコレートというのは恐らくバレンタインデーのチョコレートの事だろう。何故なら一週間後の今日が丁度バレンタインデーだからだ。とは言え、そんな事を聞かれる理由は全く判らず、私は困ったように首を傾げた。 「だから、オレからチョコレートが欲しいかって聞いてるんです」 ハボックは初めに口にした言葉を繰り返す。私は差し出した手を下ろすのも忘れて考えた。 正直なところを言えば私はハボックからのチョコレートが欲しい。何故ならこのちょっと不遜なところがあるこの部下に、私は部下に対する好意以上のものを抱いているからだ。有り体に言えば私はハボックが好きだ、女性に対する恋愛感情と同じ気持ちを抱いている。ハボックが私にバレンタインチョコレートをくれると言うなら喜んで貰うだろう。だが。 「突然何を言い出すんだ」 いきなりハボックがそんな事を聞いてきた理由が判らない。探るように尋ねればハボックがもう一度同じ質問を繰り返した。 「だから、オレからチョコレート欲しいっスか?」 「欲しいと言ったらくれるのか?」 正直に答えて呆れられたり気持ち悪がられたりしたら、私の繊細な心臓は耐えられない。なによりハボックと気まずくなる事を考えたらチョコレートが欲しいなどと言わずに済ませた方が良いように思えた。 「質問に質問で答えないで下さいよ」 ハボックは苛立たしげに言って私を見つめる。何より惹かれた空色に見つめられて、私はどぎまぎしながら引きつった笑みを浮かべた。 「オレからチョコレート欲しいっスか?」 ハボックは四度同じ質問を繰り返す。正直に欲しいと言うべきか、それとも笑って誤魔化すか。どちらにするか決め倦ねている私の耳にハボックの声が聞こえた。 「ブブーッ!時間切れっス」 「え?」 思いがけない言葉に私は目を丸くする。 「おい、ちょっと待て、答えないとは言ってな――――」 慌てて言う私にハボックは急かすように言った。 「サイン、早く下さい。急ぎの書類なんです」 「え?あ、ああ」 言われて私は慌てて書類にサインを認める。そうすればハボックが引ったくるように私の手元から書類を奪った。 「ありがとうございました、それじゃあ」 ハボックはそれだけ言って執務室を出て行ってしまう。私はハボックが出て行ったまま開け放たれた扉を呆然として見つめた。
「大佐、顔にチョコレート欲しいって書いてありますぜ」 不意にそう言う声が聞こえて、私はハッとして声がした方を見る。そうすればブレダ少尉が扉に凭れるようにして立っていた。 「聞いてたのか?」 悪趣味だなと眉を顰めれば少尉が苦笑する。 「ドア、全開でしたからね。聞きたくなくても聞こえますよ」 言われてみればハボックが入ってきた時から開けっ放しだったようだ。やれやれと背もたれに体を預けて、私はこの見かけによらず聡い部下を見上げて言った。 「どういう意味だと思う?」 どうやらブレダ少尉には私の気持ちがバレているらしい。それなら貰える意見は貰った方が利口だ。そう思って尋ねれば、少尉はうーんと首を捻った。 「アイツ、普段は凄く判りやすいんですけど、こういう特はさっぱりなんですよねぇ」 幼い時からハボックを知る男は困ったように言う。少し考えたブレダ少尉は私を見つめて言った。 「正直に欲しいって言ったらどうです?」 「言って、あれは深い意味はないと言われたらどうするんだ。“マジっスかぁ?大佐”とか言われたら立ち直れんぞ」 「見かけによらず繊細ですね」 不敬罪に問えない事もない事を平気で口にする辺り流石ハボックの友人だ。普通の人間なら竦み上がるような視線で睨んだが、ブレダ少尉はまるで気にした風もなかった。 「俺が言うのもなんですけど、正直が一番だと思いますよ」 少尉はそれだけ言うと行ってしまう。 「正直ね……」 長年こんな生活をしていたお陰で、正直になるにはどうすればいいのか忘れてしまった。私は深いため息をつくと窓の外の青空を見上げた。
正直になる方法を忘れてしまったからと言って正直になりたくない訳じゃない。なによりハボックの言葉の真意が気になって気になって、私は仕事が手に着かなくなってしまった。 「大佐、こちらの書類は今日までにとお願いしたはずですが」 「あー……そうだったかな」 ははは、と笑って頭を掻く私を鳶色の瞳が冷たく見下ろす。私は冷や汗を掻きながら書類に手を伸ばすと捲りながら言った。 「明日君が来るまでに君の机に置いておくよ」 「――――よろしくお願いします」 なんとかそれで手をうってくれたらしい。中尉はファイルを閉じると執務室から出て行った。その背中を見送った私は手にした書類を机に置く。さっさと取りかからなければならないのは判っていたが、私の頭の中はハボックが言った言葉で一杯だった。 『オレからチョコレート欲しいですか?』 あれから何度もあの言葉の意味を考えたがどうしても判らなかった。仕方がないから何度も直接聞こうと思ったが、結局聞けずに今日まで来てしまった。そして今日はバレンタインデーだ。果たしてハボックは誰かにチョコレートをあげたのだろうか。それともどこかの可愛い女の子からチョコレートを貰ったろうか。 『オレからチョコレート欲しいですか?』 もしも正直に「欲しい」と言ったなら。 「くそっ」 堂々巡りの考えはなんと非生産的なのだろう。乱暴に椅子に背を預け書類が乗った机の上に脚を投げ出した時、ノックの音がしてブレダ少尉が入ってきた。 「中尉に見つかったら撃たれますぜ」 そう言いながら差し出された書類を引ったくり、宙でサインを認める。皺の寄った書類を突き返せば少尉が呆れたように私を見た。 「まだ悩んでるんですか?」 「煩いな」 「素直じゃないっスね」 「悪かったな」 ムスッとして睨めばブレダ少尉が苦笑する。書類の皺を伸ばしながら少尉は私を見ずに言った。 「もし俺がハボックにチョコレートくれって言ったらくれると思います?」 突然そんな事を言い出す少尉を私は驚いて見上げる。 「結構くれそうな気もするんですけどね」 「――おい」 強ちないとは言い切れず私は少尉を睨んだ。 「小隊の連中にも聞いてみろって言ってみますかね、チョコレートくれって」 「――君は私以上に性格がひねくれているな。知らなかったよ」 「長年大佐の部下やってますからね」 そう言う部下を私は思い切り睨みつける。そうすれば少尉が苦笑して言った。 「いい言葉教えてあげましょうか?」 「聞いてやる」 「正直者は救われる」 「馬鹿を見るんじゃないのか?」 「見ませんよ。正直者の頭には神様が宿るともいうじゃないですか。神様が正直者を救わない筈はないんですから」 少尉の口から出てきた言葉に私は軽く目を瞠る。それからクッと笑って少尉を見た。 「なるほど」 そうしてゆっくりと立ち上がる。明朝までの書類はまだ手付かずだったが徹夜でやれば何とかなるだろう。なにより私は救われたかった。 「どんな形になるにせよ、とりあえず救われてくるよ」 「ご武運を」 お節介な部下はそう言って敬礼を寄越す。私は書類とブレダ少尉を残してハボックを探しに部屋を出た。
あちこち探して最後に屋上に上れば、手摺りに凭れて煙草をふかすハボックの姿があった。沈みゆく夕日に金髪を色濃く染めて空に上っていく煙を見送るハボックの隣に並ぶ。そうすればハボックが顔を動かさず視線だけ投げて寄越した。 「この間答え損ねた質問の返事だがな」 「時間切れだって言いませんでしたっけ?」 私に終いまで言わせずハボックが口を挟む。そんな風に言うのを聞けば、どうしてあの言葉の意味が判らなかったのだろうと可笑しくて堪らない。私に負けず劣らず素直でない男にクスクスと笑えばハボックがムッとして私を睨む気配を感じた。 「お前のチョコレートが欲しいんだが。くれたら一割増しで返してやる」 「――――なんスか、一割増しって」 私の言葉にハボックが訝しげに言う。私はニヤリと笑ってハボックを見ると言った。 「私の方がお前の事を好きだからな」 「――――なにソレ」 きっぱりとそうつげればハボックが顔を赤らめる。プイと顔を背けたハボックの耳朶が真っ赤に染まっているのを見ながら言った。 「で?時間切れだからくれないのか?」 「まだ時間切れじゃないっしょ?」 まだバレンタインデーなんだからとハボックは呟くように言う。それから上着の内ポケットに手を突っ込んで中から小さな包みを取り出した。 「オレからチョコレート欲しいっスか?」 「ああ、勿論」 私がそう答えて手を差し出せばチョコレートの包みが置かれる。 「よかった、アンタが貰ってくれなきゃ自分で食わなきゃいけないとこでしたよ」 「他のヤツにやろうとは思わなかったのか?」 「なんでアンタ以外の奴なんかに」 私の言葉にハボックが鼻に皺を寄せた。その子供っぽい表情にクスリと笑って私はハボックを引き寄せる。 「大佐?」 「チョコの返事だ」 私はそう囁いてハボックに口づける。チュッと合わせた唇を離すとハボックが言った。 「普通返事はホワイトデーにくれるんじゃねぇ?」 「これは余分の割増分」 だからいいんだと言えばハボックがクスクスと笑う。 「好きっス、大佐」 「ああ、私もお前が好きだよ、ハボック」 鼻先をくっつけて囁きあうと、私たちは何度も口づけた。
いつも遊びに来て下さってありがとうございます。拍手、やる気貰ってます、嬉しいですvv
バレンタインデーですね。もー、いい加減ネタがない(苦笑)一体何度目のバレンタイン?何度告れば気が済むんだ、お前ら……な気分です(笑)とりあえず間に合ったからオッケってことで〜v
以下、拍手お返事です。
なおさま
「獣」ふふふ、ゴールデンハボック可愛いと言って下さって嬉しいですvそりゃあもう、ロイ、離れられませんって(笑)「セレスタ」いやあ、なおさまに発狂して頂けるよう、頑張りますよッ(笑)
おぎわらはぎりさま
うおう、ストーブ前が定位置v可愛いなぁvv愛あるイジメ、お待たせしてすみません(苦笑)とりあえず鬼畜メガネを近いうちにお届けできればと思いますv
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