| ハイムダール国物語 第四十六章 |
| コンコンと軽くノックすればティワズが顔を出す。 「若なら来てますよ」 ハボックがいるかと聞くより先にそう言われ見透かされたように思えて、ロイはムッとして眉を寄せた。だが口にはださず に促されるまま部屋へと入った。 部屋の中ではハボックが椅子に馬乗りになるようにして跨がっていた。ロイの顔を見ると懐いていた背もたれから慌てて 身を起こす。 「ティワズも一緒に聞いてくれ」 ロイは勧められた椅子に腰を下ろすと言う。こちらを見てくる二対の瞳を順番に見返すと言った。 「ファルマンのことなんだが陛下の許可を得て、私の補佐役とする事になった」 そう言えば見開く空色の瞳に構わずロイは続ける。 「正式発表はまだだが早晩にも補佐としてついてもらうつもりだ」 「なんでファルマンなんスかっ?!他にも補佐を出来るヤツならいるでしょうっ」 ロイの言葉に噛み付くように言うハボックにロイは答える。 「彼はクセのある男だがその知識はたいしたものだぞ。監禁されてた時話したが本当に色んな事を知っていた。彼なら きっと私の知らないことを何でも教えてくれるだろう」 「知らないことならオレが教えますよっ」 「だからと言って補佐役を置かない訳にはいかないじゃないか」 「だったらファルマンじゃなくてもいいでしょっ」 「他に適当な人間を知らないからな」 「だったらっ」 ハボックは肩を竦めるロイにますます声を荒げた。 「他に適当なヤツ紹介しますよっ、だからファルマンを補佐にするのはやめてください!」 ムキになるハボックにロイは眉をひそめる。 「なんでそんなにファルマンを目の敵にするんだ? そりゃ彼は事件の関係者だが悪意がなかったのは明らかだろう?」 「だって…っ」 ロイに言われて顔を歪めるハボックに、今まで黙って聞いていたティワズが言った。 「若、いい加減つまらないヤキモチを妬くのはやめなさい」 「ティっ」 「さっきいい加減にしないと嫌われるって話をしたばかりでしょうが」 「だって…っ」 泣きそうに顔を歪めて俯くハボックの髪をティワズがくしゃりとかき混ぜる。そうされて僅かに落ち着きを取り戻した様子の ハボックに今度はロイが面白くなさそうに言った。 「そんなにファルマンを補佐役にするのが気に入らないならお前こそティワズを傍に置くのをやめろ。そうしたらファルマン を補佐役にするのはやめる」 「なっ…、そんなこと出来るわけないでしょう!ファルマンとティワズじゃ全然違いますよ!」 「どこが違うんだっ?大体お前こそ何かって言うとティワズ、ティワズって大概にしろっ!」 「なんスかっ、それ!」 ギャンギャンと言い争いを始める二人にティワズは目を丸くする。暫く呆気に取られて見ていたが、やがて大きなため息 を付くと言った。 「いい加減にしてください、二人とも!」 ティワズはそう言ってロイを見る。 「大体ロイ様、私にそんなヤキモチは必要ありませんから」 「だっ、誰がヤキモチなんかっ」 ティワズの言葉に赤くなって言い返すロイにティワズが言った。 「ヤキモチでなくてなんだというんです? もういい加減素直になったらどうなんですか。若を好きなら好きと素直に認め ればいいでしょう?」 ティワズがそう言えばハボックがパッと顔を輝かせる。ハボックの表情にロイは慌てると言った。 「別に私はハボックの事なんて好きでもなんでもないんだからなっ」 そう喚くロイにハボックが傷ついたように目を伏せた。ティワズは紅い瞳を細めると言う。 「わかりました。そうまで仰るなら私が若を慰めてもよろしいですね?」 「えっ?」 「側室は女でなければいけないわけじゃないし、一人である必要もない。私も子供は生めませんからそれは女性に任せ るとして、若を慰めることくらいできます」 ティワズはニッコリと笑うと続けた。 「幸い私は若を幼い頃からよく知ってますし、若の好みもよく判る。それに年も上ですしね、それなりに経験もありますから 若を悦ばせるなんて簡単ですよ…?」 ティワズはそう言うとハボックの頬を撫でる。空色の瞳を大きく見開くハボックにうっすらと笑うと言った。 「若、あんなツレナイ正妻より私の方がよっぽど若を――」 「ハボックに触るなっ!ハボックは私のものだっ!」 固まってしまっていたハボックの唇にティワズのそれが重なろうとした瞬間、ロイはそう叫ぶと二人を力任せに引き離す。 ハボックの頭をギュッと抱き締めると言った。 「ハボックは私のものだっ!いくらティワズでも渡すものかっ!」 そう叫べば腕の中の金髪が身じろぐ。ハボックはロイを見上げると恐る恐る聞いた。 「あのう…それってオレのこと好きって事っスか?」 抱き締めた腕の中から聞こえる声にロイはギョッとして手を離す。 「ロイ…?」 期待を込めて見つめてくる空色の瞳にロイの顔がボンッと火がついたように赤くなった。 「なっ…あっ…いや、そのっ」 しどろもどろにそう言うとロイは数歩後退る。口をパクパクと動かしたかと思うとクルリと背を向け部屋を飛び出していった。 「ロイっ」 その後を追い掛けてハボックが飛び出していく。バタンと扉が閉まるとティワズはやれやれとため息をついた。 「まったく世話の焼ける…」 そう呟いたティワズは今度こそ二人が想いを通じ合わせることを願うと同時に、一抹の淋しさを感じていたのだった。 「ロイっ!待ってください、ロイっ!」 ハボックはそう言って前を行くロイの腕を掴む。グイと引くとその顔を覗き込んだ。ロイは紅く染まった顔をハボックの視線 から逃れるように背ける。腕を振りほどこうとしたものの力強いハボックの手はびくともしなかった。 「ロイ。教えて下さい、アンタの気持ち。ティが言ったこと、本当っスか?」 そう聞かれてロイは必死にハボックの手を振りほどこうとする。ハボックは離すまいと掴む手に力を込めると言った。 「オレはアンタが好きっス。最初にアンタに会ったあの時からずっとずっとアンタが好きだった。ねぇ、ロイ。オレと一緒に ハイムダールを守り育ててくれるって言ったでしょ? それはただの正妻としての義務だからっスか? それとも」 ハボックはロイの瞳を覗き込むようにして続ける。 「オレのこと、少しは好きになってくれたから? もしそうならはっきりそう言って欲しいっス」 そんな風に言われてロイは言葉に詰まった。自分はハボックを好きなのだろうか、まだ彼の何も知らないのに。そう思っ てハボックを見たロイはその蒼い瞳に息を飲む。真っ青な空を切り取ったかのような瞳。敵に向かう時にはガラスの光 の中に強い意思を宿し、好きだと告げる時には曇りない空の色に限りない情熱を湛える瞳。ロイはふとそれを知っている だけでも十分なのではないかと思う。この瞳の向かう方へ一緒に歩いて行きたいと思い、その瞳にずっと見つめられ たいと願うそれこそが好きなのだということなのではないかと。 ロイは体の力を抜くと正面からハボックを見つめる。ロイが逃げようとしなくなった事に気付いて、ハボックもロイの腕を 離すとその黒い瞳を見つめた。そうやって暫くの間まっすぐに見つめ合っていたが、ロイは1つ瞬くと視線を落とす。それ からもう一度ハボックを見つめなおすと口を開いた。 「ハボック、私は――」 そう言えばハボックの顔が俄かに緊張するのがわかる。そんなハボックの様子にロイはうっすらと笑うと言った。 「私はお前が好きだと思う。…いや、好きだ、ハボック。少なくとも他のヤツにとられたくないと思うほどには」 そう告げればハボックがグイとロイを引き寄せ思い切り抱き締める。 「すげぇ、嬉いっス…っ」 震える声でそう囁いてハボックはロイの頬を撫でた。 「好きです、ロイ。だいすき…」 そう熱く囁いて重なってくる唇を。 ロイは喜びと共に受け止めたのだった。 |
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