ハイムダール国物語  第46.5章
 
 
「後で行きますから」
そう告げて閉めた扉にハボックは背を預けてホッと息を吐く。ずっとずっと思い続けて、ようやく相手も同じ気持ちを抱いて
くれていることを知って、ハボックの心は温かく満ち足りていた。
「嘘みたいだ…」
勿論ロイも同じように想ってくれることをずっと願ってはいたけれど、実際そうなってみてもなんだかすぐには実感として
湧いてこなかった。もしかして「好きだ」と告げたロイ自身ですらまだ実感として感じてないのかもしれない。先ほどの
ロイのきょとんとした顔を思い出してハボックはクスクスと笑う。
「あれ、オレが言った意味、ちゃんと判ってなかったよな」
互いに実感として湧いていないからこそ、こうして別の時間を過ごそうなどと思えるのかもと思ってハボックは苦笑した。
「でも、この方がいいかもな」
ハボックはそう呟くと扉から背を離し、ブレダとの待ち合わせ場所へと廊下を歩き出す。ここまで来るのにかかった時間を
思えばほんの数時間なんてきっとあっという間だ。互いに気持ちが落ち着いたところできちんと向き合った方がいいに
決まっている。ハボックはそう考えてうっすらと笑った。
「それにしてもティがあんなこと言わなきゃ、ロイだってまだ言ってくれなかったかもしれないんだよなぁ」
そう言って先ほどのやり取りを思い出したハボックは唐突に足を止める。ティワズの言葉を思い出して眉を寄せた。
『年も上ですしね、それなりに経験もありますから』
『若を悦ばせるなんて簡単ですよ』
「それなりに経験もありますから…?」
ぽつりとティワズの言葉を繰り返せば眉間の皺が深くなる。
「経験って…誰と?」
そう呟いたとたん、ハボックは方向を変えて廊下を駆け出したのだった。

窓辺に寄りかかるようにして書類を読んでいたティワズはいきなりバンッと物凄い勢いで開いた扉に驚いて視線を上げる。
入口のところで肩で息をして立っているハボックを見ると目を丸くした。
「どうしました、若?」
まさかあそこまでしてやったのにもしかしてロイと上手くいかなかったのかとふと心配になって、ティワズは書類を置くと
ハボックへと歩み寄る。だが、ティワズが傍に近寄るよりも先に扉を閉めるとハボックはズイとティワズに詰め寄った。
「ティ。聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?改まって」
ロイとのことが気にはなったがどうにも聞く雰囲気でもなくて、ティワズはとりあえずハボックに座るように促す。ハボック
は椅子に腰掛けると膝の上に置いた手をじっと見つめていたが、上目遣いにティワズを見ると聞いた。
「ティってさ、男の人と経験あんの?」
「…は?」
「さっき言ってたよね、それなりに経験あるって。オレに内緒で誰かとシたことあんの?」
「え?いや、ちょっと待って下さい、若」
ティワズは唐突に言い出すハボックを押し留めるように言ったが、ハボックはそんなティワズの言葉など聞きもせずに
続けた。
「ティってもしかすると男の人好きだったことあるの?シた事あるってことは誰か男の人が好きだったことがあるって事
 だよね?」
「や、いや、そういう訳じゃ…っ」
「もしかしてオレよりその人のことのほうが好きだった…?」
「いや、あの、若、さっきのは言葉のあやで――」
「つか、オレのティに手出したの誰だよっ!!」
ダンッと拳でテーブルを殴るハボックにティワズは目を丸くして息を飲む。ハボックはゆらりと立ち上がるとティワズを見た。
その目がすっかりと据わっているのにティワズは引きつった笑いを浮かべる。
「若、落ち着いて私の話を聞いて下さい。いいですか、さっきのはただの――」
「…誰?オレのティに手、出したの…っ」
「いや、だからっ」
煮え切らないロイをたきつける為に言ったことがこんな誤解を招くとは思いもよらず、ティワズは必死にハボックを宥め
ようとした。だが、ティワズの言葉などまるで耳に入っていないハボックは突然ハッと目を見開くとジロリとティワズを見る。
「もしかして…マニ?」
「はあっ?!」
「そう言えばこの間もマニ、ティの部屋に泊まってたよね。まさかあの時も…」
ハボックはそう呟くと思い出したように目を見開いた。
「そういやあの朝、ティ、やけに眠そうだった…くっそうっ、マニのやつ…っっ」
ギリッと歯を食いしばるとハボックは拳を握り締める。
「チキショウッ、よくもオレのティに…っ!ぶん殴ってやるっっ!!」
「ちょっ…、若っ?!」
そう叫んで部屋を飛び出していってしまうハボックの背に、ティワズは空しく手を伸ばす。あっという間に走り去ってしまった
ハボックを見送ってティワズは伸ばした手をダランと下ろした。
「…すまん、マニ」
ぽつりとそう呟いて、ティワズは呆然と立ち尽くしていたのだった。


2008/5/20
 
第四十六章をアップした後、K様から非常に楽しいコメントを頂きました。内容は例のティワズの「私が慰めて差し上げます」ってセリフについて。
一つ目はもしハボがあの時「うれしい、オレもだよ」と返してきたらどうするのか(笑)これはフツウに怯みそう、と。そしてもう1つが上の46.5章です。
「我に返ったハボックにこう言って迫られて困ればいい」というコメントに思わず大ウケして書きたいなーと思っていたところ、ちょうどK様からもそんなコメントを
追加で頂いたので調子に乗って書いてしまいました。ハボ、「オレのティワズ」を連発してますがとりあえず恋愛感情はない…筈(おい)ハボにとってロイとは
違った意味でティワズは特別なんです。そんなところが書けたらいいと、本編終わらぬうちに寄り道話を書いてしまいました(苦笑)47章でハボの様子がちょっと
変だったのは怒りに任せてティワズの部屋を飛び出してきたからなのでありました(笑)
ちょっと息抜きになれば、と。Kさま、楽しいネタをありがとうございましたv
 
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