ハイムダール国物語  第四十七章
 
 
ギュッと抱きしめてくる腕に体を預けていたロイだったが、ふと聞こえてきた足音に慌ててハボックを押し返す。それに
逆らわずハボックがロイから身を離したとき、廊下の角を曲がってブレダが顔を出した。
「お」
並んで立つ二人を見るとニッと笑って足早に近づいてくる。順繰りに二人の顔を見ると言った。
「とりあえず丸く収まりそうでよかったな。」
そう言えばハボックとロイも頷く。ロイはブレダを見つめると嬉しそうに言った。
「ファルマンを私の補佐役につけて貰える事になったんだ」
「へえ、そりゃ良かった」
ブレダは目を丸くすると笑う。ちらりとハボックを伺えばそ知らぬ顔をしているその様子に思わずクスリと笑った。
「あのスルトって男もそう悪いヤツじゃなさそうだし、時間かければみんな判ってくれるさ」
「ああ、判ってもらえるように頑張る」
頷くハボックが随分と逞しくなったように思えてブレダはなんだか嬉しくなる。自分も負けずに頑張らないとと思いながら
言った。
「事件も解決したし、お祝いとこれからの景気づけに街に行かないか?」
「え? なんかそれ、頑張るっていうのと矛盾してないか?」
「頑張りだしたらそれこそ城抜けて街になんて行けないだろ?」
な? と悪戯小僧のような笑みを浮かべる従兄にハボックもつられて笑う。
「そうだな、ちょっとだけ」
「そうそう、ちょっとだけ」
そう言って笑いあう二人にロイは呆れた顔をして言った。
「いいのか? そんな事して。自覚が足りないって怒られるぞ」
「ちょっと息抜きに街を歩いてくるだけっスよ。良かったらロイも一緒にどうっスか?」
笑って言うハボックに、だがロイは首を振る。
「いや、ちょっと疲れたから私は休むよ」
そう言えばハボックが心配そうにロイの顔を見た。
「傷、痛むんスか?」
「いや、そうじゃなくて。やっぱり色々あったから疲れたみたいだ」
心配そうに頬を撫でてくるハボックにロイはにっこりと微笑む。
「大丈夫、少し休めば平気だから。お前達は街に行って来い」
「でも」
「その方が私も気楽だ」
そう言われてハボックは1つ息を吐いた。
「じゃあ、部屋まで送りますよ」
「別に部屋に行くくらい一人で――」
「ロイ」
名を呼んで見つめてくる瞳にロイは僅かに目を見開く。それから微笑むと頷いた。ハボックはそんなロイに頷くと肩を抱く。
「それじゃブレダ、あとで」
「おう、お大事に、ロイ」
そう声を掛ければ笑って頷くロイを引き寄せるようにして歩き出すハボックの表情にブレダは目を見張った。
「あれ、もしかして…」
廊下を歩いていく二人の背を見送りながらブレダは浮かんだ考えににっこりと笑ったのだった。

「ホントに傍にいなくて大丈夫っスか?」
心配そうに言うハボックにロイは苦笑する。
「大丈夫。傷はもう殆んど痛まないし、疲れただけだから。何かあったらフュリーを呼べば事足りる」
そうまで言われてハボックはため息をつくとロイに言った。
「判りました。じゃあちょっと出かけてきますけど、なるべく早く帰りますから。そうだ、何か欲しいものとかあります?」
「そうだな、それじゃ茶葉でも買ってきてくれるか?」
ロイの言葉にハボックは頷く。「気をつけて」と言うロイの手を取るとハボックは言った。
「後で行きますから、ロイ」
「茶葉なら別に明日の朝でもいいぞ」
「そうじゃなくて」
そう言えばキョトンとするロイにハボックは苦笑する。
「後で行きますから」
もう一度同じ言葉を繰り返すとロイに軽くキスをした。するりと頬を撫でると部屋の中へ入るよう促すハボックに、部屋へと
足を踏み入れれば背後でパタンと扉が閉まる。肩越しに振り向いたロイの脳裏にハボックの言葉が浮かんだ。
『後で行きますから』
その後に続いたキスと頬を撫でる指と。
「…え?」
ロイは不意に撫でられた頬が熱を帯びたように感じて手のひらで頬を押さえる。
「え?え?」
ロイは俄かに高鳴ってきた鼓動に頬を紅く染めながらハボックが閉めた扉を見つめていたのだった。

「遅いぞ、ハボ。何やってたんだよ」
城の裏手の人目につかない廊下の影で身を潜めていたブレダが、足早にやってくるハボックの姿をみつけて姿を現す。
唇を尖らせてそう言えば、ハボックが何度か瞬いた後言った。
「ごめん、じゃあ行こうか」
そう言って木戸をそっと開けるハボックの様子がなんだかおかしいように思えてブレダは首を捻る。木戸を通り、そっと
城から抜け出して暫く道を行くと言った。
「ハボ、お前、なんか機嫌悪くないか?」
「え…?あ、いや、そんな事ないけど」
聞かれてムスッと口を噤んでいたハボックは慌ててそう答えるとまた黙りこくって歩いていく。ブレダは少しの間何も言わ
ずに歩いていたが、再びハボックの名を呼ぶと別のことを尋ねた。
「なあ、もしかしてロイと上手くいった?」
「え?」
きょとんとして立ち止まるハボックにブレダはもう一度言う。
「さっきお前らの様子見てて思ったんだけど、もしかしてロイに好きとか言われたのかな、と」
真正面から見つめられてハボックはしばし黙っていたが、突然真っ赤になると視線をウロウロと彷徨わせた。そのあまり
の変わりようにブレダは内心「おもしれぇ」と思いながらニヤニヤと笑って聞く。
「やっぱそうか。なんか雰囲気甘くなった気がしたんだよな」
そう言えばハボックが照れたように額を掻いた。尋ねる視線にハボックはますます顔を紅くすると答える。
「んと、オレのこと、好きだって…」
「言ったのか? ロイが?」
念を押すように聞けばハボックが恥ずかしそうに小さく頷いた。ブレダは満面の笑みを浮かべると従弟の背を叩く。
「そっか。よかったな。これでホントに何もかも上手くいったってわけだ」
「うん。でも、みんなにも良かったって思ってもらうためには、これからもっと頑張んないとだし」
「大丈夫さ、お前とロイなら」
絶対上手くいく、と何度も頷くブレダにハボックも嬉しそうに笑ったのだった。

疲れた体をベッドに横たえて少し眠ろうと思ったロイだったが、一向に訪れない眠りに仕方なしにベッドに体を起こす。
視線をめぐらせると今は出かけて主のいない部屋へ続く扉を見つめた。暫くの間そうしていたがやがてベッドから下りる
と戸棚に近づきその扉を開ける。中からハボックに貰った短剣を取り出すとじっと見つめた。鞘を引き抜き見事な装飾の
施されたそれを見つめれば屋根の上での出来事が思い浮かぶ。ロイを傷つけようと振りかざされた短剣は、それを握る
男の手を焼き結果的にロイを守った。
(この剣に宿る精霊の魂が私を認めてくれたということだろうか)
代々この国を治める者へと引き継がれてきた短剣。自分にはその世継ぎを産むことは叶わないがそれでも認めてくれた
ということだろうか。ロイは短剣を鞘に戻すと胸元に引き寄せ両手でギュッと握り締める。
(どうか私を、ハイムダールを見守ってくれ)
ロイはそう精霊に願うと短剣にそっと口付けたのだった。
 
 
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