| ハイムダール国物語 第四十八章 |
| コンコンと言うノックの音にうつらうつらとしていたロイはハッとする。一瞬自分がどうしていたのかが判らなくてきょろきょろ と視線を巡らせていれば、扉の向こうから声が聞こえた。 「ロイ?」 「うわっ、はいっ!」 ハボックの声に慌てて返した声は自分でもそうと判るほど上ずっていて、ロイはそうと気付くと同時に顔が火照るのを感じる。 「入るっスよ?」 声と共に開いた扉にロイは思わずブランケットを引き上げた。カチャカチャと茶器のぶつかる音を立てながら部屋に入って 来たハボックはテーブルにトレイを置くとベッドへと近づいていく。ブランケットに潜り込むロイを覗き込むように顔を近づけ ると言った。 「眠ってたっスか? 調子、よくない?」 そう聞かれてロイは慌てて顔を出す。 「ちょっとうとうとしてただけだ。もうなんともないっ」 そう叫ぶように返すとロイはガバリと飛び起きた。その様子にハボックは驚いたように目を見開いたが、次の瞬間くすりと 笑う。ロイの額に手を伸ばすと言った。 「熱はないみたいっスね。少しは眠れたっスか?」 「あ、ああ。もう大丈夫」 ロイは触れてくる手にドギマギしながらそう返す。ハボックはロイの頬を優しく撫でると立ち上がってテーブルへと歩いて いった。ポットを取り上げ、茶の用意を始めるハボックにロイは僅かに目を瞠る。ベッドから足を下ろしてきちんと腰掛ける と聞いた。 「お前、そんな事できるのか?」 茶を淹れるなんてことはフュリーに任せきりなのだとばかり思っていたのに、手ずから茶の用意をするハボックにロイは 驚きを隠せない。ハボックはチラリとロイを見て笑うと言った。 「昔シグナに教わったんスよ。茶を淹れるのは心を落ち着かせる役に立つし、それに自分の大切な人と一緒の時間を 過ごすなら茶ぐらい淹れられるようになっておけ、って」 ハボックはそう言いながら丁寧に茶を淹れていく。大きな手が細心の注意を払って茶器を扱うさまを、ロイは何だか不思議 なものを見るように見つめていた。 「はい、どうぞ」 ハボックはそう言いながらロイに茶の入ったカップを差し出す。 「ありがとう」 ロイは両手でカップを受け取ると素直に礼を言った。そっと口をつければいい香りが口中に広がる。その爽やかな香りを 楽しむように口の中で転がして飲み込むとホッと息を吐いた。 「旨いな…」 「ノルンの店で買ったんスよ。今年出来たばかりのお茶だって言ってたっス。」 ロイはハボックの言葉に以前会った少女を思い出す。やはり一緒に行って色々話を聞けばよかったとほんの少しロイが 後悔したとき、ハボックが言った。 「今度は一緒に茶葉を選びに行きましょうね」 まるで自分の心を見透かしたような言葉に驚いてカップの中身を見つめていた視線を上げれば、ハボックがこちらを見て いた。その瞳に浮かぶ愛情に何だか照れくさくなって慌てて視線を戻す。ガブリと飲み込めば思いがけない熱さにロイは 目を白黒させて必死に茶を飲み込んだ。 「あ、つぅ…っ」 「大丈夫っスかっ?」 ハボックは口元を押さえるロイの手からカップを取り上げるとテーブルの上に置く。ロイの前髪をかき上げると言った。 「意外とドジっスね。そんないっぺんに飲んだら熱いに決まってるじゃないっスか」 「う、うるさいっ、お前がいけないんだっ」 突然お前の所為だと決め付けられてハボックはきょとんとする。前髪をかき上げた手を押すようにしてロイの顔を覗き込む と言った。 「なんでオレの所為なんスか」 「お前がこんな熱いのを飲ませるからいけないっ」 子供のようなことを言うロイにハボックは呆れた顔をする。それでもしょうがないと言うように苦笑するとロイに言った。 「もう…ちょっと口あけて」 「…なんで?」 「どうなってるか見てあげますから」 ロイは少し迷ったが「ほら早く」と言われて仕方なしに口を開く。ハボックはロイの顎に指を当てると上向かせるようにクイ と押し上げて言った。 「よく見えないっスね。もうちょっと口あけて、舌、出して」 そう言われてロイは目を閉じると口をもう少し開き舌を差し出す。そのまま暫くじっとしていたが何も言わないハボックに 「どうだ」と問いかけようとした時、顎を押し上げていた指がロイの顎をグイと掴んだかと思うと噛み付くようにキスされて いた。 「…っっ!?」 驚いたロイが思わず身を引けば、それを追いかけるようにハボックが圧し掛かってくる。気がついたときにはベッドに 倒れこんでハボックのことを見上げていた。 「なっ…あ…」 まん丸に見開く黒い瞳にハボックはクスリと笑う。ロイの頬を優しく撫でると言った。 「ホント無防備っスね。アンタ、オレが昼間言った意味、ちゃんと判ってなかったでしょ?」 くすくすと笑って低く囁く声にロイの背筋がゾクリと震える。目を逸らしたくて、だが逸らすことも出来ずにただ凍りついた 様に見上げてくる瞳にハボックはうっとりと笑った。 「好きです…ずっとずっと好きだった。アンタがやっとオレを好きだって言ってくれた時、オレがどんなに嬉しかったか、 想像できます?」 そう言って見つめてくる瞳に愛情と情欲の焔を見て取って、ロイはごくりと唾を飲み込む。探るように誘うように頬を滑る 指にゾクゾクと感じる体をどうすればいいのか判らなくて思わず目を閉じれば、再びハボックの唇が降って来た。 「ぅんっ…んっ…」 深く唇を合わせたハボックの舌が歯列を割ってロイの口中へと忍び入ってくる。舌をきつく絡め取られ、歯茎をなぞられ 口中をくまなく舌で嬲られて、ロイの唇からは含みきれない唾液が糸を引いてシーツへと零れていく。息をつくことも儘 ならなくて、ロイは息苦しさにハボックの襟元を震える指で掴んだ。長い口付けが終わってようやく唇が離れれば、なだれ 込んでくる空気をロイは必死に吸い込む。だが、十分なそれを体内に取り込む前に再び唇を塞がれて、ロイの意識は ぼんやりと霞んでいった。縋る指にも力は入らず、ただただハボックが望むままに貪られるだけ。気がついたときには シャツは乱されハボックの唇がロイの首筋に押し当てられていた。きつく吸い上げられて鮮やかな朱色がその白い肌に 浮かぶ。ハボックはロイの耳元に唇を寄せると愛しい人の名を呼んだ。 「ロイ…」 情欲に掠れた低い声にロイはゾクリと身を震わせる。ぴちゃりと耳に舌を差し込まれて、ロイは首筋を仰け反らせて喘いだ。 「あ…っ」 ぞくんと体の中心に熱が集まる様でロイは小さく首を振る。このままでは自分が自分でなくなってしまいそうな、そんな 恐怖が湧き上がってロイは小さく身を縮める。 「や、ヤダッ…いやっ」 そう小さく叫べばハボックが1つ息を吐くのが聞こえた。 「目、開けて下さい、ロイ」 そう声が聞こえたが、ロイはふるふると首を振るばかりだ。小刻みに震える体をハボックは優しく抱き締めると言った。 「好きです…ロイ。大好き…お願いだからアンタのその目を見せて…?」 囁いて優しく頬を撫でる手に、ロイは恐る恐る目を開ける。覆い被さってくるハボックを見上げれば、蒼い瞳がホッとした ように細められた。 「やっと見てくれた…」 そう言って笑うハボックの幸せそうな笑みにロイの胸に暖かいものが広がっていく。ロイはそっと手を伸ばすと金色の睫 に縁取られた瞳に触れた。愛しそうにその目元を何度も撫でればハボックがくすぐったそうに目を細める。いつしかロイの 唇にも幸せそうな笑みが浮かび、ロイはハボックの首に手を回すと囁いた。 「私もお前が好きだ…。多分もう、ずっと前から…。お前が好きだ、ハボック」 そう言って微笑めば目の前の顔が泣き出しそうに歪み、次の瞬間ロイは乱暴に唇を塞がれていたのだった。 |
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