果てなき恋のバラード  第四十三章


「大佐!お帰りなさいっ!」
「お帰りなさい、大佐」
 司令室に入ると次々と声がかかる。ロイがそれに笑みで答えて執務室の扉を開ければ、ホークアイがロイを待っていた。
「お疲れさまでした、大佐」
「ああ、中尉。留守中ご苦労だったな」
 ロイは言って椅子に腰を下ろす。ホークアイは手にしていたファイルをロイの前に置いて言った。
「こちらの書類に至急サインをお願いします」
 今回の潜入捜査の内容を話す間もなく差し出された書類にロイは思い切り顔を顰める。
「帰ってきたんだと実感するよ」
 うんざりとため息をついてそう言った時、ハボックが軽いノックの音と共に入ってきた。
「中尉、お手柔らかに願いますね。結構大変だったんスから」
「ちっとも連絡を入れてくれないから大変なのか判らなかったわ」
 ロイを庇うように言えばホークアイにそう返されてハボックが苦笑し、ロイが顔を顰める。そんな二人にホークアイは笑って言った。
「お疲れさまでした。無事チャンを拘束出来てなによりです」
「ありがとう、中尉」
 ロイは答えて書類に目を通し始める。そうすればホークアイは執務室を出ていった。
「大佐、疲れたっしょ?無理しないでくださいね」
「お前こそ、疲れただろう?大丈夫か?」
 ハボックの言葉にロイは書類から目を上げて言う。互いに目が合えば思わず顔を赤らめて、照れくさそうに笑った。
「コーヒー淹れてきますね」
「ああ、ありがとう」
 ロイは答えて執務室から出ていくハボックの背を見送る。なんだかとっても幸せで、自然と笑みが浮かぶ顔を必死に引き締めていたロイは床の上でキラリと光る銀色のものに気づいて立ち上がった。
「ライター……落としていったのか」
 何かの拍子にポケットから零れたらしい。ロイはそれを拾うと執務室の扉を開けた。
「ハボック」
「大佐?ごめんなさい、ちょっとコーヒー待って」
 給湯室へ行こうとして電話がかかってきてしまったらしい。ハボックは送話口を押さえてロイに言うと、電話の相手に二言三言言って電話を切った。
「コーヒー、今淹れますから」
「そうじゃない、これ」
 待ちきれなくて出てきたと思ったらしいハボックに、ロイは手を差し出す。キョトンとしながらも手を出したハボックの手のひらにライターを落とそうとして、ロイはハボックのそれをじっと見つめた。
(大きい手だな……)
 思わずそんな事を考えていれば手元が狂ってライターを落としてしまう。「あっ」と慌ててライターを拾おうとしゃがんだが、ライターはカツンと跳ねて机の下に入ってしまった。
「ごめん!」
「いいっスよ、オレが」
 二人してライターを拾おうと同時に机の下に腕を突っ込む。思いがけず近い距離にハッとして今度は慌てて腕を抜こうとして、腕を捻ったロイが顔を歪めた。
「ごめ……いたッ!」
「ッ?大丈夫っスかっ?!」
 床に座り込んで腕をさするロイの側にハボックも正座してロイの腕に手を伸ばす。ギュッと腕を掴めばカッと顔を赤らめるロイに、ハボックもハッと顔を赤らめて手を離した。
「すっ、すんませんッ!」
「い、いや!こっちこそ、ごめんッ」
 赤い顔で言い合って互いに見つめあうと、今度は照れくさそうに笑い合う。床に座り込んでそんな事をしている二人を気味悪そうに見つめてフュリーが言った。
「どうなさったんですか?お二人とも」
「なんかちょっと雰囲気が……」
 フュリーに続いてファルマンも言う。
「いやあ、別に……ね、大佐」
「う、うん!」
 そう言ってえへへと笑う二人からは明らかに今までとは違うオーラが立ち上っている。色に例えるならピンク色以外に当てはまる色がないそれに、ブレダが眉を跳ね上げた。
「もしかして……大佐?」
 あまりかかわり合いたくない気もしたが思い当たるところがある身としては無視する訳にも行かない。おそるおそる尋ねてみれば顔を上げたロイが照れくさそうに笑うのを見て、ブレダは片恋で終わるかに見えたロイの気持ちが友人に通じたのだと察した。
「そりゃおめでとうございます」
 一応そう言いはしたものの二人の様子を見ていれば沸き上がる不安を押さえきれない。
(もしかしてこれからずっとこんな感じ、とか……?)
 ブレダがそう思っているとフュリーが眼鏡の奥の瞳に好奇心をいっぱいにたたえて尋ねてくる。
「……知らない方が幸せだったということもあるんだぜ、フュリー」
「ええっ、一体なんです?」
 教えてくれと騒ぐフュリーを適当にあしらいながら、げんなりと肩を落とすブレダだった。


「ああ、疲れた……」
 アパートに戻るとハボックはソファーにドサリと体を投げ出す。久しぶりに帰った我が家は狭いながらものんびりと落ち着けた。
「やっぱ家はいいな」
 そう呟いたもののすぐについ昨日まではすぐ側にいた人の不在が気になる。ハボックはハアとため息をついてロイの事を思い浮かべた。
「なんでこう、まともに話せないんだろう」
 意識する前までは普通に話していたのに人の気持ちとは不思議なものだ。とはいえ、いつまでもこのままでは困るとどうしたらいいのか考えたハボックは、ロイの好きな相手が判ったら絶対ぶん殴ってやると決めていた事を思い出した。
「やっぱケジメはつけないとダメだよな」
 とはいえ自分で自分を殴るわけにいかない。
「ここはやっぱり」
 と、ハボックはある男の姿を思い浮かべた。
「オレの代わりに殴って貰おう」
 自分を殴ってケジメをつければ一つ先に進める気がする。
 ハボックはそう考えると「よし」と拳を握り締めた。


 数日後。ハボックは司令室に入ると、ここ数日潜入捜査の事後処理でバタバタしていて実行に移せなかった事を実行するべくブレダに声をかける。
「ブレダ、頼みがあるんだけど」
 そう言えば不思議そうな顔をして見つめてくるブレダにハボックは口を開いた。そして。


 ムスッとして書類を書いているブレダをハボックはチラチラと見る。その目の回りに見事なまでの青あざが浮かんでいるのを見れば申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(ごめん、ブレダ)
 ハボックは首を竦めてそう思う。後でもう一度謝っておこうと思ったハボックは執務室の扉を見てフニャンと顔を弛めた。
(大佐)
 執務室から飛び出してきてくれたのが堪らなく嬉しい。ふにゃふにゃと顔を弛めていれば「ぅ、ぅんッ!」とブレダの咳払いが聞こえてハボックは背筋を伸ばす。それでも。
(これで少しは変われるかも)
 自分なりにケジメをつけて少し前に進んだ気がするハボックだった。


ブレダの目に青あざが出来た経緯はこちらをご覧ください。


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