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| 果てなき恋のバラード 第四十四章 |
| けじめを付けた気にはなったもののそう簡単に状況が変わるわけではない。なにより長期の不在は日々の業務を滞らせる事に直結して、ハボックとロイはそれぞれに超多忙な毎日を送っていた。 「……もしかしてこの書類、五分経つと分裂するんじゃないのか?」 処理しても処理しても一向に減る気配のない書類を前にロイが呟く。半ば本気で言っているらしいロイに、ハボックは苦笑して答えた。 「そんな事ないっスよ。さっきも一山フュリーが持っていってくれたし、ちゃんと減ってますって」 だから頑張ってとコーヒーを差し出しながらハボックが言うと、ロイはため息混じりにペンを持ち直す。チラリと見上げれば優しく笑い返してくれる空色に、ロイが内心『よしっ、頑張ろう』と思った時。 「失礼します」 ノックの音がしてホークアイが執務室に入ってくる。両腕いっぱいに抱えた書類をドンッと机の上に置いて言った。 「大佐、こちらの書類も本日中にお願いします」 「えっ?!」 「それから午後一番でお願いしてあった書類はどうなりましたか?」 山盛りの書類に思わず文句を言いかけたロイは、続くホークアイの言葉に口を噤む。鳶色の瞳でジロリと見られて、ロイは慌てて目の前の書類を指さした。 「今やってるところだっ、あと五分もすれば!」 「ではちゃっちゃと済ませてください」 「判っているともッ」 言われてロイはガリガリとペンを走らせる。それを気の毒そうに見つめているハボックにホークアイは視線を移して言った。 「少尉、演習の時間なのではなくて?」 「えっ?うわ……こんな時間ッ?」 「早く行きなさい」 「アイ・マァム!」 ハボックはそう言いながらもロイを心配そうに見つめる。それに縋るような視線を向けるロイを見て、ホークアイはこめかみをひきつらせて言った。 「さっさと行きなさい、少尉。大佐、よそ見なさらないでください」 平坦な声の裏に潜む怒気に飛び上がり、ハボックは執務室を飛び出しロイは書類にペンを走らせる。その様を見て、ホークアイはため息をついた。 (まったくもう) どういう経緯があったのかは判らないが、潜入操作を終えて帰ってきたハボックとロイは所謂恋仲になっていた。お互いにすっかりメロメロで顔を見合わせる度頬を染める姿は十代の少年のようで初々しいと言えなくもないが、正直この職場では鬱陶しいことこの上ない。二人が発するピンクのオーラに周りがすっかり毒されて士気が下がりまくりのこの現況に、ホークアイは眉を顰めた。 (むしろさっさと出来上がってしまえばいいんだわ) 察するにどうやら気持ちは確かめ合ったもののそれ以上の進展はないらしい。 (ここは一つそういう状況にしてあげるのがいいかも) 快適な職場の環境を取り戻すため、ホークアイは書類を書き込むロイの長い睫を見つめながらそう考えたのだった。 (大佐、今日も残業なんだろうな……) 演習を終えて司令室への廊下を歩きながらハボックは考える。せっかく両想いになったというのにちっとも二人きりの時間が持てないでいることに、ハボックは深いため息をついた。 (せっかくブレダに殴って貰って……ないけど) あの後『倍にして殴ってくれていいから』とブレダに言ったものの、ブレダからは素っ気なく『もう関わりたくない』と言われてしまった。ブレダ以外ハボックを殴ってくれる人物も思い浮かばず、結局壁にゴンゴンと頭を打ちつけていれば心配して飛んできたロイに渋々理由を話したところ。 『そんな事してくれなくていい、ハボック。だって……私は今十分幸せなんだから』 そう言って笑うロイが愛しくて思わずギュッと抱き締めれば恥ずかしそうに名を呼ばれ、心臓が跳ね上がった。そこが司令室のど真ん中でさえなければそのままロイを押し倒していたのだが。 (ああ、くそう……ヤってから帰ってくればよかった) コミュニティにいたときの方がよほど時間があった気がする。思い切りロコツな事を考えながらハボックが司令室の扉を開ければ、中にいたホークアイが振り向いた。 「えと……演習終わったんで」 見つめてくる鳶色に思わず言い訳めいた事を口にしてハボックは自席に向かう。ホークアイが視線で動きを追ってきている事に気づいて、ハボックは内心ドキドキしながら腰を下ろした。 (オレ、なんか拙いことしたか?) とりあえず演習には何とか間に合ったし、責められる理由が判らない。ダラダラと背中に冷や汗を流しながら表面上は何でもない顔をして書類に手を伸ばしたハボックに、ホークアイが声をかけた。 「少尉」 「ッ?な、なんスかっ、中尉っ」 ビクッと肩を揺らしてハボックはホークアイを見る。ひきつった笑みを浮かべて見つめてくるハボックを、暫し見つめてからホークアイはにっこりと笑った。 「ここのところちょっと仕事を詰め込み過ぎてしまったから、今夜は大佐に定時で上がって貰う事にしたわ。大佐を家に送り届けてゆっくりさせてあげてくれるかしら?」 「えっ?おわッ、りょ、了解っス!」 奇妙な声を上げながらピシッと敬礼するハボックにホークアイは満足そうに笑う。『よろしくね』と言いおいてホークアイが出ていってしまうと、ハボックは敬礼の為にあげていた手をそろそろと下ろした。 (大佐を家に送り届けて……) (二人でゆっくり……) (大佐と二人きり……) そんな考えが頭に浮かんでハボックは手を握り締める。 「ィヤッタ───ッッ!!」 思わず場所も忘れ、拳を突き上げて雄叫びをあげるハボックだった。 「はあ……今日も残業か……」 ロイはそろそろ定時を指そうとする時計を恨めしげに見上げる。何時になったらハボックとゆっくり過ごす時間が持てるのだろうと、いっそもう一度コミュニティに行きたいなどととんでもないことを考えているとコンコンとノックの音がしてハボックが顔を出した。 「大佐」 呼んでニッと笑う男らしい顔にロイの心臓が跳ね上がる。ドキドキと高鳴る心臓を必死に宥めていれば、ハボックが近づいてきて言った。 「中尉からのお達しで、今日は大佐を早く帰らせてゆっくり休ませてあげるようにって」 「え?」 「最近忙しすぎたから一息入れなさいって、大佐」 一瞬ハボックの言っている意味が判らずロイはポカンとしてハボックを見上げる。ハボックはそんなロイの表情にクスリと笑って、黒髪をクシャリと掻き混ぜた。 「今日はもう帰っていいんスよ、大佐」 「ほ、ホントに?」 「本当に。中尉から直々に言われたんスから、オレ」 そう言えばロイの顔がパアッと明るくなる。そんなロイを可愛いと思いながらハボックは言った。 「仕事、キリつきそうっスか?もう帰れる?」 「待てっ、これだけ終わればっ」 ロイはそう言うと目の前の書類に超スピードで目を通す。ガリガリとサインを書き込んで『出来たっ』と言えばハボックが書類を取り上げた。 「じゃあこれ、出してきちゃいますから。大佐は帰り支度して玄関で待ってて」 「わ、判った!」 コクコクと頷くロイにクスリと笑って、ハボックはポンポンとロイの頭を叩いて執務室を出ていった。 |
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