果てなき恋のバラード  第四十二章


 いつでもここを引き払えるよう、出かける前に身の回りを片づけておこうとそれぞれに部屋に入る。パタンと閉じた扉に背を預けて、ハボックはハアアとため息をついた。
「なにやってんだろ、オレ……」
 ロイに好きだと告げて一晩たって改めてロイと向かい合うと、何故だが恥ずかしくて照れくさくてたまらなかった。ロイの顔が直視出来ないくせにやたらとロイの存在が気になって仕方ない。
「昨日はキスだってしたのに……」
 己の気持ちを素直に話せばボロボロと泣き出したロイに愛しさがこみ上げて、自然にロイを引き寄せてキスしていた。あの時はちっとも恥ずかしくなんてなかったのに、どうして今朝はこうなってしまったのだろう。
「可愛すぎるんだよなぁ、あの人……」
 白い頬を桜色に染めて僅かに目を見開いて見上げてくる様が堪らない。ふわふわの毛をしたウサギのようで、可愛くて可愛くてしょうがないのだ。
「うわー、末期ってカンジ……?」
 ついこの間までこんな風にロイを見たことはなかったのに気持ちの持ちようでここまで違うとはと、ハボックはやれやれとため息をつく。それでもこんな気持ちが決して嫌ではないのだから、やはり結局は自分も知らずロイを好きだったのだろうと思えた。
「ほんっと、可愛い……」
 自分より年上の、それも上官をつかまえて言う台詞でないのは重々承知でハボックは呟く。片づけようとして手にしたシャツをギュウッと抱き締めて何度目かのため息をついたハボックは、ハッとして顔を赤らめた。
「なにやってんだ、オレ……さっさと支度しなきゃ」
 そう呟いてハボックは大急ぎで荷物をバッグに詰め込んでいった。


「なにをやっているんだ、私は……」
 荷物の整理をするために部屋に入ったロイは、図らずもハボックと同じ言葉を呟く。紅く染まった頬を両手で押さえてホッと息を吐いた。
「でも、ハボックと両想いになったんだと思うと……」
 照れくさくて恥ずかしくてドキドキしてしまう。初恋の相手にすらこんな風にドキドキした事はなくて、ロイはこうなるのは相手がハボックだからだと思った。
「だって……ハボック、カッコいい……」
 幾ら鍛えても最低限の筋肉しかつかない己と違い、逞しい筋肉に覆われた上背のある姿は惚れ惚れするほどカッコいい。そんなハボックに空を切り取ったような瞳で見つめられてドキドキするなと言う方が無理だ。
「手……大きかったな」
 パンを拾い集めている時、偶然手を握られた、そのハボックの手を思い出してロイは己の手を胸元で握り締める。ハアとため息をついたロイは、次の瞬間ハッとして首をふるふると振った。
「こんな事考えてる場合じゃない。さっさとやることを済ませなくては」
 そもそも今はまだ任務中だ。こんな風に浮かれている場合じゃないと、ロイは急いで荷物をまとめていった。


「それじゃあ、ヤン。後は頼む。カイの様子を見て陳大人に挨拶したら終わりだから」
「はい、こっちは任せてください」
 捕らえたチャンの見張りをヤンに任せて、ハボックはロイとキムと共にアパートを出る。最初、ヤンの代わりに残ると言い張ったキムが何故だかどんよりとした空気をまとっていることに気づいて、ハボックが言った。
「どうした、キム。傷が痛むのか?」
 怪我人にチャンの見張りを任せる訳にはいかないとキムを連れてきてしまったが、もしかして傷の具合が悪いのかと心配して尋ねるハボックにキムは顔をひきつらせて答える。
「いや、傷の方は大丈夫です」
「そうか?辛かったらすぐ言えよ」
 ハボックはそれだけ言うと並んで歩くロイの方へ顔を向ける。ニコッと笑いかければ頬を染めて笑い返すロイの横顔を後ろからついて歩きながら見たキムは、見てはならないものを見てしまったような気がして目を逸らした。
(ちょっと待てよ、もしかして隊長と大佐っていつの間に?!いやでもそんなはず、でもこの雰囲気わッッ!!)
 理性は否定したがっていても目の前の二人が醸し出す空気がそれを許さない。なにより朝の二人の様子を見たヤンも同じように感じていたことが朝食後の短い時間で確認済みだった。
(チクショー、ヤンの奴!上手い具合に逃げやがって!)
 今日は一日ハボックとロイの甘い空気に浸されるのかと思うと、泣きたくなってくるキムだった。


 病院の受付でカイの病室を聞き、階段を上がる。三階の角の部屋の明るい陽射しが射し込むベッドの上で、カイは腕や胸に包帯を巻いて横たわっていた。
「来てくれたんだ、ローラ!」
 ロイの顔を見るなりパッと顔を輝かせて言うカイの、痛々しく包帯を巻かれた様子を見てロイが眉を顰める。
「傷の具合はどうだ?カイ」
 心配そうに聞くロイにカイは笑って答えた。
「大丈夫。大した爆弾じゃなかったし。それよりローラこそあの後大丈夫だったのか?」
 俺が守ってあげられなくて、とカイは手を伸ばしてロイの手を取る。ロイはにっこりと笑って答えた。
「うん、コイツがいたから。なにも心配なかった」
 そう言ってロイはうっとりとハボックを見上げる。その様子に目を瞠ったカイは、次の瞬間さらに目を剥いた。
「そりゃあアンタを守るのがオレの役目っスから」
 ハボックは言いながらロイの手を取るカイのそれをビシッと叩いて弾くとロイの手を自分のそれの中に取り戻す。ギュッと握られて顔を赤らめるロイと、慌ててパッと手を離して「ヘヘヘ」と照れくさそうに笑うハボックの様子を見て、カイはふるふると震えた。
「おい、お前」
 明らかに以前と違う雰囲気の二人の様子に嫌なものを感じてカイは言う。
「なにやってんだ、この…ッ」
「はあ?なにってなんだよ」
 睨んでくるカイを眉を寄せて見やったハボックは、ロイを見て目尻を下げる。互いに照れくさそうに微笑んで見つめあうハボックとロイを見ていたカイは、ハッとしてキムに視線をやった。げんなりとした雰囲気をまとって微妙に視線をさまよわせているキムの様子に、カイは認めたくない事実に気づいてしまった。
(もしかしてもしかしてそうなのかーッ?!)
 婚約者同士としてはあまり甘い雰囲気のなかった二人だったが、どう言うわけか一気にその仲が進行してしまったらしいとカイは悟る。
(こっ……コノヤローーーーッッ!!)
 あらぬところまで想像して、ギリギリと歯軋りするカイだった。


 カイの見舞いを終えて、三人は陳のところへ挨拶に向かう。探していた人物を無事発見したのでコミュニティを出ると告げれば椅子に腰掛けた陳が言った。
「任務は終わられましたかな、マスタング大佐」
「……気づいていたのですか?」
 陳の言葉に咄嗟にロイを護るように前に出たハボックの腕を掴んでロイが言う。肩越しに視線を寄越すハボックに頷いて陳の前に出れば、コミュニティを取り仕切る男は笑みを浮かべて言った。
「私を見くびられては困る」
「カイは見張り役?」
「あれは全く気づいていなかったがね」
 やれやれとため息混じりに言う陳にロイが言う。
「貴方には一つ借りが出来たということか」
「いつか返して貰いますよ」
「お手柔らかに」
 笑みを浮かべて言う陳にロイもまた笑って返すと胸元で拳を手のひらに当てる独特な礼をした。
「では、失礼します」
 ロイはそう言うとハボックとキムと共に部屋から出る。途端にハボックが顔を顰めて言った。
「ムカつくオヤジっスね」
「そういうな。あの男が目を瞑ってくれたから上手くいったんだ」
 ロイはそう言ってハボックとキムを見る。
「とにかくこれでもう終わりだ。帰るぞ、二人とも」
「「はいっ」」
 ロイの言葉にハボックとキムは顔を見交わして元気よく答えると、ヤン達を迎えにアパートへと向かった。


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