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| 果てなき恋のバラード 第四十一章 |
| ブラインドの隙間から射し込む光にロイはゆっくりと目を開ける。ここ数日で漸く見慣れてきた天井をぼんやりと見上げていたが、不意に蘇った記憶にロイはガバッとベッドの上に身を起こした。 『オレ、アンタの事好きかも』 ずっと好きだったのだと告げれば、ハボックから返ってきたのはそんな言葉だった。信じられない思いで見つめた己の耳に飛び込んできた言葉が次々と頭に浮かんでロイの周りをふわふわと飛び回る。 『好きっスよ……もっともっと、アンタのこと好きにさせて?』 『好き……大佐』 続いて降ってきたキスを思い出して、ロイはボンッと火が噴いたように紅くなった。 「嘘みたいだ……」 絶対に叶わぬ恋だと思っていた。必死に諦めようとしてでも諦めきれなくて、辛くて辛くてそれでも想う事をやめられなかった。ハボックに気持ちを知られて今度こそ本当に諦めなくてはいけないと思ったのに。 「ハボックの唇がここに……」 昨日ハボックと交わしたキスを思い出して、ロイはそっと唇に触れてみる。そうすればハボックがいつも吸っている煙草の香りと僅かな苦味のあるキスが蘇った。 「う、わ……どうしよう……ッ」 途端、ドキドキと高鳴る心臓にロイは狼狽える。なんとか落ち着こうとスーハーと深呼吸を繰り返していれば、コンコンとノックの音が聞こえてロイはベッドの上で飛び上がった。 「大佐……?もう起きてます?」 「おっ、起きてるッ!!」 そう答えればカチャリと扉が少し開く。その隙間からハボックが顔だけ覗かせて言った。 「その……もうすぐ朝飯の用意、出来るっスから。ヤンとキムもそろそろ来ると思うし、飯にしましょう」 「わっ、判った。すぐ行く」 胸元まで引き上げたブランケットに顔を半ば埋めるようにして答えれば、ハボックが頷く。扉が閉まってハボックが行ってしまうと、ロイはホッと息を吐いた。 「びっくりした……」 たったこれっぽっちの会話にドキドキしてしまう。ロイはふるふると頭を振ってベッドから降りると急いで着替えを済ませた。サッと顔を洗って歯を磨きダイニングへ行けば、丁度ハボックがサラダの皿を持ってキッチンから出てきたところだった。 「あ……、おはようございますっ、大佐」 「……おはよう…ッ」 何故だか照れくさくて真っ直ぐに互いの顔を見られないまま朝の挨拶を交わす。ハボックが忙しげにキッチンとダイニングを往復して食事の支度を整えていることに気づいて、ロイは慌てて言った。 「すまん、手伝う」 「え?いいっスよ、座ってて」 「いいからっ、手伝うッ!」 ロイは言ってハボックの手からパンの籠を奪おうとする。その拍子に籠ではなくハボックの手を掴んでしまって、ロイは「ワッ!!」と悲鳴を上げた。 「ごっ、ごめんッ!!」 「えっ?いや、その…ッ!」 慌てて手を離したロイにつられてハボックも思わず籠から手を離してしまう。そうすれば当然の結果として支えをなくした籠は重力に引かれて床に落ち、パンがコロコロと転がった。 「あっ?!ゴメンッ!!」 「や、平気っス!」 二人は慌ててしゃがみ込むと転がったパンを拾い集める。最後の一個を拾おうと手を伸ばしたハボックは、一瞬早くパンを掴んだロイの手をギュッと握ってしまった。 「ッ?!」 「うわわッ!!」 ハボックの大きな手でいきなりギュッと手を握られてロイは真っ赤になって目を見開く。その幼い表情にハボックは飛び退るようにしてパッと手を離した。 「すんませんッ!!」 互いに己の手を握り締めたままハボックとロイは見つめ合う。そうすれば何故だか急に恥ずかしさがこみ上げて、二人の顔がカーッと紅くなった。 (うわ、なに紅くなってんのっ、オレっ!手、握っちゃっただけじゃんッ) まるで十代の少年のような己の反応にハボックは狼狽える。 (た、大佐があんな顔するから……) そう思いながらチラリとロイを見れば、丁度同じように視線を寄越したロイと目があって、ハボックは慌てて目を逸らした。 (うわーっ、なんでーッ) ドキドキと高鳴る心臓を押さえてハボックはパニックに陥る。そんなハボックからほんの少し離れた場所ではロイもまたパニックに陥っていた。 (なにをこんなに狼狽えているんだ、私はッ!!ハボックに変に思われるじゃないかッ!!) そうは思うもののドキドキと心臓が飛び跳ねるのをどうすることも出来ない。どうしようと互いに相手の様子をチラチラと探っていれば、ドンドンと玄関の扉を叩く音がした。 「ヤ、ヤンたちだッ」 その音に弾かれたようにハボックが立ち上がり玄関に突進する。バンッと勢いよく開いてくる扉に、外に立っていたヤンとキムが目を丸くしながら言った。 「おっ、おはようございます」 「おはようッ!!」 叫ぶように言うハボックをヤンはまじまじと見つめる。燃えるように真っ赤になっているハボックに不思議そうに首を傾げた。 「どうかしたんですか?顔が紅いですけど」 「いやっ、ちょっと暑くてなッ!」 ハボックはひきつった笑みを浮かべて答えると中へと戻る。それについて部屋に入ってきたヤンとキムは、パンの籠を手に紅い顔で立っているロイを見て挨拶の言葉をかけた。 「おはようございます」 「ぅおはようッ」 妙に上擦った声で答えるロイにヤン達は顔を見合わせる。それでもいつものように席についた二人は、明らかに挙動不審な上司達に眉を顰めた。 「たいさっ、パンにジャム塗ります?」 「あ、ああ」 「じゃあ、こ、れ…ッ、うわあッ!」 「ごめ…ッ、アアッ!」 たかだかパンにジャムを塗るだけの事に、パンを転がしジャムの瓶を取り落とし挙げ句の果てにはコーヒーのカップをひっくり返す。どう見ても様子がおかしい二人に、キムが遠慮しながらも尋ねた。 「あの……お二人ともどうかしたんですか?顔、真っ赤だし、さっきからなんかおかしいですよ?」 「「えッ?!」」 聞かれてハボックとロイは二人同時に飛び上がる。互いに紅い顔を見合わせたと思うと、ブンブンと首を振った。 「べっ、別におかしいところなんて…ッ!ねぇ、大佐ッ?」 「そっ、そうだとも!私たちはいつも通りフツウだぞッ!」 ね、と顔を見合わせたと思うとそのまま互いの目を見つめ合う。二人の間に醸し出される一種独特なオーラに、最初に音を上げたのはキムだった。 「す、すみません……ちょっと傷が痛むんで」 「えっ?あ、そう言えば傷、どうだったんだっ?」 夕べは突然の展開に食事も喉を通らず早々に休んでしまった。病院から戻ったキムの様子もろくに聞いていなかったことに気づいて、尋ねるロイにキムが答えた。 「大したことありません。掠っただけですから」 キムはそう言って「ごちそうさま」と立ち上がる部屋に戻るとキムの言葉に、ヤンも慌てて立ち上がった。 「じゃあ、俺も一緒に戻りますッ、怪我して一人は不便だろうしッ!」 ヤンとキムは「出かけるときには呼んでくれ」と言いおいてそそくさと帰ってしまう。バタンと扉が閉まる音がして取り残されたハボックとロイは紅い顔を見合わせていたが、やがてハボックがガタガタと立ち上がって言った。 「い、急いで片づけちゃいましょうか。カイの具合も気になるし、陳大人のところにも挨拶行って、出来れば今日中になんとか終わらせたいですしッ!」 「そっ、そうだなッ!」 ハボックの言葉にロイも慌てて立ち上がり、食事の後片づけを手伝おうとする。だが。 「アッ?!」 「うわっ?!」 二人してガチャガチャガチャンと食器を取り落とし、いつもの倍片づけに時間がかかってしまったのだった。 |
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