果てなき恋のバラード  第四十章


「大佐……よかった、探したんスよ」
 ロイが気づいたのとほぼ同じタイミングで、不意に己の前に現れたロイの姿に気づいたハボックがホッとした表情で言う。だが、その声に弾かれたようにハボックに背を向けて走り出すロイに、ハボックはギョッとして慌てて追いかけた。
「ちょ……ッ?大佐っ?!」
 人の間を縫うようにしてロイは通りを走る。追いかけてくる足音を背後に聞きながら、ロイは泣きそうに顔を歪めた。
「来るなッ!」
 そう叫んでロイは手当たり次第角を曲がる。もう自分がどこを走っているのか、いい加減判らなくなった頃パッと曲がった角の先が行き止まりになっていることに気づいて、ロイは足を止めた。
「……」
 薄汚い建物の壁に手を当てて、ロイはハアハアと息を弾ませる。ここまで来ればもう追ってはこないだろうと思ったその時、ザリと地面を踏む音がしてロイはパッと後ろを振り向いた。
「大佐……」
 殆ど呼吸を乱す様子もなく、ハボックはロイを見つめる。その足がゆっくりと己に向かって踏み出そうとするのに気づいたロイが、壁に背をすり付けるようにして叫んだ。
「来るなッ!!」
 その声にハボックが空色の瞳を見開く。ロイはその瞳から顔を背けるようにして言った。
「お前が迷惑に思ってることくらい判ってる……だから何も言わないでくれっ」
 その口ではっきりと拒絶されたら胸が張り裂けてしまう。ロイはキュッと唇を噛んで続けた。
「お前に私の気持ちを押しつけるなんてこと、するつもりはない。お前が他の部署に移りたいというなら……止めるつもりもない。だから……だから、もう何も言わずに放っておいて───」
「大佐」
 吐き捨てるようにいいかけた言葉を間近から遮る声にロイは息を飲む。そのまま顔を背けていれば、いつの間にか近づいてきていたハボックがロイの腕を掴んだ。
「勝手にオレの気持ち決めつけないでくださいよ、大佐。アンタ、オレの気持ちの何が判ってるって言うんスか?」
 ハボックは言って腕を掴んでいるのとは反対の手でロイの顎を掬い上げる。半ば強引に自分の方を向かせて、ハボックは言った。
「決めつける前に、もう一度聞かせてください、アンタの気持ち」
「ハボック……」
「聞かせて、大佐」
 言って真っ直ぐに見つめてくる空色の瞳をロイは見返す。クシャリと顔を歪めて言った。
「聞いて……どうするんだ?嘲笑うか、ハボック?」
「大佐」
 そう言えば目を見開くハボックを見ていれば気持ちが溢れて止まらなくなる。ロイはこみ上げてくる涙をどうすることも出来ないままハボックを見つめて言った。
「男の私がお前の事が好きで堪らなくて……ッ、好きで好きで、でも打ち明ける事も出来なくて……ッ、夢にまで見てッ、お前を想って自分を慰めてッ、嘲笑うなら笑えばいいッ!!こんな気持ち、お前が迷惑だと思ってる事くらい、百も承知───、ッ?!」
 激情に駆られてロイは激しく言い募る。ボロボロと涙を零してハボックに言葉をぶつけていたロイは、不意にハボックに抱き締められて息を飲んだ。
「大佐」
 ハボックは涙に濡れるロイの頬を己の広い胸に押しつける。その艶やかな黒い髪を優しく撫でて言った。
「オレが迷惑だと思ってるなんて、どうして決めつけるんスか?そんなの、判らねぇっしょ?」
「でもッ」
「大佐」
 否定の言葉を言いかけるロイを呼んでハボックは黙らせる。ロイを抱き締めていた腕を少し弛めて涙に濡れた顔を覗き込むようにして言った。
「あのね、大佐。アンタはオレが迷惑してるって言うけどそんな事全然ないんスよ?っていうか……嫌じゃねぇんス、これっぽっちも」
「……え?」
 ポカンとして見上げてくる幼い表情にハボックは困ったようにガシガシと頭を掻く。僅かに顔を赤らめ、宙に視線をさまよわせて言葉を探しながら言った。
「アンタに好きだって言われて、そりゃびっくりしたけど嫌じゃなかったっス。これまで男にコクられた事、何度かありましたけどそん時は冗談じゃねぇって鳥肌たったのに今回はそうじゃなかった。それどころかアンタとの間にあったこと色々思い出して」
 ハボックはそう言うとロイに視線を戻す。まんまるに見開いて見上げてくる黒曜石を見つめて言った。
「ねぇ、大佐。オレの気持ち、まだアンタには程遠いかもしれないけど……でもオレ、アンタの事好きかも」
 ハボックの言葉にロイの目が零れ落ちそうなほど大きく見開かれる。ハボックはその瞳を見つめながら続けた。
「こんなあやふやなとこから始めるんじゃダメっスか?オレ、結構自信あるんスけど。アンタの事もっともっと好きになる自信」
 そう言った途端、限界まで見開かれたロイの瞳がクシャリと歪む。途端、ボロボロと涙を零して泣き出すロイにハボックがギョッとして言った。
「えっ?!ちょ……大佐ッ?……あ、やっぱダメ?こんなんじゃ」
 今の自分の気持ちを精一杯伝えたつもりだったが、ダメだったろうか。おろおろと慌てるハボックにロイはふるふると首を振った。
「そっ……そうじゃないッ、……だってっ、だって絶対ダメだと思ってたから…ッ、気持ち悪いって突っぱねられてッ、……そんな風に言って貰えるなんてこれっぽっちも思ってなかっ……ッ」
「大佐……」
 ヒクッヒクッと泣きじゃくりながら涙に掠れた声で告げるロイをハボックは目を見開いて見つめる。その様を見ていれば自然と愛しさが沸き上がって、ハボックはロイをそっと抱き締めた。
「泣かないで、大佐」
 ハボックは言って大きな手のひらでロイの頬を拭う。
「好きっスよ……もっともっと、アンタのこと好きにさせて?」
「ハボック」
「でもって、オレのことももっと好きになって」
 ね?と笑うハボックにロイは涙に濡れた瞳を吊り上げた。
「これ以上好きになれるかッ、バカぁ…ッ」
「大佐」
 一体どれほど好きだったと思っているのか。鈍感な男の胸をロイはドンッと拳で殴る。ハボックはクシャクシャと顔を歪めて叩いてくるロイの手を掴んで言った。
「好き……大佐」
 ハボックは笑みを浮かべてそう囁くとロイにそっと口づけた。


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