果てなき恋のバラード  第三十九章


 クーロンから戻るとハボック達はカイを病院に送り届け、キム共々医師に治療を任せる。チャンを捕らえたとはいえこのままコミュニティを去るわけには行かず、とりあえずアパートに戻った。チャンを拘束し直した上で椅子に縛り付けヤンに見張りを任せる。そうした上でロイを休ませようと思ったロイは、肝心のその姿が見えない事に気づいて慌ててアパートを飛び出した。
「もうっ、どこ行ったんだ、あの人!」
 クーロンほどの危険はないとはいえロイを一人にする訳にはいかない。ハボックは人で賑わう通りをロイの姿を探して走り回った。
『お前になにかあったら、私は……生きていられない……ッ』
 不意にロイの言葉が脳裏に浮かんでハボックは足を止める。頬を染めたロイの顔を思い浮かべた途端、ハボックはドキドキ言い始めた心臓をギュッと押さえた。
「うわ……どうしよう」
 ハボックはそう呟いて人通りのただ中にも関わらずしゃがみ込んでしまう。心臓の鼓動にあわせるように赤くなる頬を両手で押さえてハアとため息をついた。
 初めてロイに好きな相手がいると気づいた時、正直酷く驚いた。あのロイにあんな顔をさせるのが誰なのか、何故だがやたらと気になって仕方なく、ロイの好きな相手への真摯な想いが垣間見えるにつれロイを悩ます相手に腹が立って、その相手が判った暁には絶対にぶん殴ってやろうと思っていた。それなのに。
(相手、オレだって……?でもっ、今までそんなそぶり一度も……)
 ロイにそれとなく気持ちを匂わされた記憶はなく、これほど近くにいながらロイの気持ちに全く気づかなかった。
(いや、ただ単にオレが鈍感だってだけか?)
 そう思えば時折ロイの視線が何かもの言いたげだった事を思い出す。それと同時にこれまでのロイとのやりとりが次々と頭に浮かんできた。アーケードの喫茶店で嬉しそうにチョコレートケーキを食べるロイの顔。甘いものが欲しいと言いつつほんのちょっとしか砂糖を入れなかったハボックのコーヒーに山盛りの砂糖を放り込んで笑っていたことを思い出せば余計に胸がドキドキした。
(今考えればアレって……)
 端から見たら一体自分達の姿はどう映っていたのだろう。
(アレだけじゃねぇ)
 ろくに食べるものがないと聞けば家に上がり込んでパスタを作った。ロイの調子が悪かったときも家に押し掛けて世話を焼いた。
(そういやオレ……大佐の裸、見た)
 物音のしないシャワールーム、もしや倒れているのではと扉を開ければタオル一枚手にしたロイが立っていた。ポカンと目を見開く妙に幼いロイの顔と白く滑らかな肢体を思いだし、ハボックはプシュウと顔から湯気を噴き上げた。
(ヤバイ……オレ、どうしたんだろ)
 その時はなんの気なしに過ごしてしまった出来事が、思い返せば一つ一つが大きな意味を持っているように感じられる。そしてなにより。
(嫌じゃねぇんだよ、オレ……)
 ロイが自分に異性に対するのと同じ部類の好意を抱いていると知っても、驚きこそすれ嫌悪感は全くなかった。むしろどこかで「ロイが自分を」と喜んでいる。
(それにあの人……階級を盾に関係を強要したりしなかった)
 軍の階級社会は絶対的なものだ。たとえその要求が理不尽なものであろうと上司の命令に否はない。ロイがもし階級を盾に関係を迫ってきたら、ハボックに拒否する権利などないのだ。
(ああ、くそう……ッ)
 ハボックはしゃがみ込んだ脚を抱えるようにして顔を埋める。
(どうしたらいいんだろう)
 どうにも気持ちの整理がつかずしゃがみ込んでいれば背後からバコンと尻を蹴飛ばされた。
「イテッ!!」
「邪魔だよ、ニイチャン!悩むならどっか別の場所で悩みな!」
 蹴飛ばされた勢いで両手を地面について見上げれば、男がそう言いながら通り過ぎていく。周りの人々も呆れたような、迷惑そうな視線を投げかけて来ていることに気づいて、ハボックは決まり悪そうに顔を赤らめた。パンパンと手に着いた汚れをはたいてハボックは立ち上がる。
(こんなとこで悩んでても仕方ないや。とにかく大佐探すのが先だ。探して……もう一回ちゃんと聞こう)
 そうすれば自分の気持ちもはっきりするに違いない。ハボックはそう決めるとロイを探すために歩きだした。


 ロイは賑わう通りをとぼとぼと歩いていく。数歩歩く度自然とため息が零れるのを止められなかった。
 ハボックがチャンの体を縛り上げ、ヤンに今後の指示を与えているのを横目に見ながらアパートをこっそりと抜け出した。ハボックに自分の気持ちを知られてしまって、とても側にはいられなかった。羞恥と後悔と罪悪感がない交ぜになって、ハボックの顔を見ることなど絶対に出来ないと思えた。
(きっと気持ち悪いと思ってる……)
 ハボックが根っからのノンケだというのはよく判っている。幾ら自分が男にしては線も細く女性的な顔立ちをしているとはいえ、男である限りはハボックにとって恋愛対象にはならないだろう。
(戻ったら異動申請だしてくるだろうな)
 ロイがこんな気持ちを抱えていると知った以上、一刻も早く離れたいと思うのは当然だ。むしろ、申請を出される前に自分の元から出してやるというのが、ハボックに対して唯一してやれる事かもしれない。
(でも……側にいたい……)
 たとえ好きになって貰えなくても、最悪嫌われていてもハボックの側にいたいと思う。
(我儘なのは判ってる、でも……ッ)
 ずっと好きだった気持ちを封じ込めるなどそう簡単にできるものではない。ロイが何度目か判らぬため息をついて顔を上げたその視線の先。
人混みの中、ロイを見つめて立ち尽くすハボックの姿があった。


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