果てなき恋のバラード  第三十八章


「そこをどけッ!でないとこれを爆発させるぞッ!」
「そんな事をすればお前もただじゃすまんだろうが」
 手にした四角いものを突き出して言うチャンにハボックが言い返す。だが、チャンはニヤリと笑って言った。
「お前らに捕まるくらいなら爆弾で吹き飛んだ方がましだ。それにコイツはもう一つの爆弾にも連動してんだ。これを押せば俺の部屋にある爆弾も爆発する、アパートごと吹き飛ぶ」
「な……ッ」
「死なば諸共だッ!!」
 悪鬼の形相でそう怒鳴る男をハボックは睨めつける。こんなアパートに隠れ住んでいる連中などどうなろうと正直知った事ではないが、アパートにはまだカイ達が残っている。なによりアパートが崩れればまだ出てきていないロイも巻き込むのは確実で、アパートの中を確認仕切れずに飛び出した事をハボックは心底後悔した。
「くそ……ッ」
 下手に手を出せばチャンは即座にスイッチを押すだろう。懐の銃すら出していなかった己を内心激しく罵りながらハボックはどうすればいいか必死に考えた。チャンが一歩進めばハボックが一歩下がる。己の優位を確信した男が下卑た笑みを浮かべるのを忌々しい思いでハボックが睨んだ時、ロイがアパートの出入口から飛び出してきた。
(大佐っ)
 チャンの背後に飛び出したロイは対峙する二人の姿に気づいて無言のまま足を止める。チャンが手にしているのが爆弾と気づいて眉を顰めた。
(どうする?)
 発火布は正体がバレる危険を減らす為に持ってきていない。攻めあぐねているらしいハボックを見て、ロイは足下に落ちているガラスの欠片をそっと拾い上げる。右手で持ったそれを睨みつけるとグッと唇を噛み締め、左の手のひらに切りつけた。
「ッッ!!」
 痛みをこらえて傷つけた皮膚から滲み出る血で手のひらの上に錬成陣を浮かび上がらせる。何とか描き終えたそれをハボックに示せば空色の瞳が大きく見開かれた。
「っ?」
 ハボックの表情の変化で背後に誰かいることに気づいたチャンがロイを振り向く。その一瞬の隙にハボックがチャンに飛びかかった。ダダッと走る音に慌ててハボックに向き直るチャンの腕をハボックが蹴り上げる。思わぬ衝撃にチャンの手から離れた爆弾めがけてロイが錬成陣を描いた手をパンッと合わせた。血の滴を纏った焔が合わせた手のひらから迸り爆弾を飲み込む。その間にハボックはチャンを殴り倒し地面に押さえ込んだ。
「畜生ッ!!」
 頬を地面に押しつけられたままチャンが怒鳴る。ハボックは逃げようと暴れるチャンの首筋に手刀を叩き込み昏倒させると、ポケットから取り出したテープでチャンの腕と足を縛り上げた。
「大佐ッ!」
 逃げられないようにした上でハボックはチャンを放り出しロイに駆け寄った。
「ハボック」
 手首を押さえて蹲るロイの側にしゃがみ込みロイの手を取る。白い手のひらを汚す鮮血にハボックは顔を歪めた。
「なんて事するんスかっ、アンタっ!!こんな……こんな……ッッ!!」
「こうする以外方法を思いつかなかった。無駄に時間をかければチャンがなにをするか判らなかったし」
「だからって自分を傷つける事ないっしょ?!」
 ロイの手首をテープできつく巻いて止血しながらハボックが怒鳴る。ロイは血が滲む手のひらをギュッと握り締めて言った。
「お前が傷つくのを見るよりずっとマシだっ!あのまま放っておけば絶対無茶しただろう?お前に何かあったら私は……生きてられない……ッ!!」
 感情が高ぶるままに一気にまくし立てるロイにハボックは目を見開く。ハッとしたロイが慌てて口を押さえたが、零れた言葉を取り消す事は出来なかった。
「大佐……?それってどういう……」
 驚きに目を見開いて尋ねられ、ロイはカアアッと顔を赤らめる。己の手首を掴むハボックの手を振り払い、ロイは立ち上がるとアパートの入口に向かって歩き出した。
「大佐っ」
「カイ達の様子を見ないとッ!チャンも捕まえたしこんなところさっさと───」
「大佐!」
 早口に言いながら逃げるように足早に歩くロイの腕をハボックが掴む。グイと引いてロイの体を半ば強引に振り向かせて言った。
「大佐、今アンタが言ったのって」
「早くカイ達のところに───」
「そんなのどうだっていいよッ!!」
 ハボックから視線を逸らして言い募るロイの言葉を遮ってハボックが怒鳴る。その声の大きさにビクリと震えて見開く黒曜石を覗き込んでハボックは言った。
「もしかして、その……アンタが好きなのって」
 オレ?と囁くように尋ねられてロイの顔が火を噴いたように真っ赤になる。その様につられたように顔を赤らめたハボックが何か言おうとした時。
「隊長!」
 カイを背負ったヤンと肩を簡単に止血したキムが走ってくる。思わず弛んだハボックの手から逃れて、ロイは二人の方へ向き直った。
「カイは?」
「命に別状はありません、傷も出血の割には大したことなさそうです」
「キム?」
「俺も大したことありません、それよりチャンは?」
 尋ねられてロイは後ろを振り向きながら答える。
「取り押さえた」
 ロイの言葉にヤンとキムが顔を見合わせる。ニッと笑って頷き合った二人は、呆然として立っているハボックに気づいて言った。
「隊長?どうかしたんですか?」
「……え?」
「顔、赤いですけど?」
 首を傾げて尋ねられ、ハボックはポカンとして二人を見る。次の瞬間慌てて両手を顔の前で振って言った。
「や、なんでもないッ!い、行くぞッ!こんなとこに長居は無用だッ!!」
 ハボックは早口に怒鳴ると地面に転がるチャンの体をかつぎ上げる。そそくさと逃げるように歩き出すハボックの背を、ロイはじっと見つめていた。


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