果てなき恋のバラード  第三十七章


 薄汚れたアパートは狭い入口から上へと階段が続いている。二人並ぶのがやっとという狭い階段をロイが先陣切って上っていこうとするのを、ハボックが慌てて引き留めた。
「ちょっと!なに先に行こうとしてんスか、アンタ」
「早くしないと逃げられてしまうだろう?」
「だからってアンタが先に行かんでください」
 この狭い階段で上から攻撃されたらハボックとて多少のダメージは覚悟しなければならない。そんな場所でロイを自分より前に行かせる訳にはいかなかった。
「ほら、アンタは後ろに下がって」
 ハボックはロイの腕をグイと引いて言う。不満げに見つめてくる黒い瞳を見返してハボック続けた。
「オレならアンタの盾代わりになるっしょ」
「ハボック!」
 さらりとハボックが口にした言葉にロイは思わずそう口にしてしまって慌てて口元を押さえる。もの凄い目つきでロイが睨んでくるのにクスリと笑って、ハボックはロイの髪をパフパフと叩いた。
「行きましょ。オレも早く帰りたい」
 ハボックは言ってロイの背後に目をやる。そうすれば何か言いたげなカイと目があって、ハボックはにやりと笑った。
「言いたい事は後にしてくれ」
「……ああ、後でまとめて聞いてやる」
 カイは肩を竦めて言う。傍らに立つロイを見てカイは言った。
「まあ、コイツがやられても俺がいるから」
 にこりと笑って言ったものの、あからさまにロイに無視されカイは情けなく眉を下げる。それに構わずロイはハボックを促した。
「早く行こう。三階だったな」
「ええ」
 ロイの言葉にハボックは頷き階段を上り始める。幸い何事もなく階段を上りきると、狭い通路を聞き出した部屋に向かって足早に向かった。
「ここっスね」
 ハボックが扉の前に立って言う。ドアノブに手を伸ばそうとして一瞬迷ったように手を引っ込めたハボックをロイは尋ねるように見た。
「どうした?」
「いや……」
 眉間に皺を寄せてハボックはドアノブを見つめる。それを見たカイが苛々として言った。
「なにしてんだ?さっさと開けろよ」
 カイは言うなりノブに手を伸ばす。
「ちょ……っ、待てッ」
 慌てたハボックが止める間もなくカイが握ったノブをグッと回した。その次の瞬間。
 ドンッ!と大きな音を立ててドアが吹き飛ぶ。一瞬早くハボックがロイを床に引き倒すようにして庇った。
「カイっ?!」
 ロイがハボックの腕の中から這い出すようにして呼ぶ。カイは狭い通路を挟んだ壁際に蹲るようにして倒れていた。腕を真っ赤に染めているカイの姿に息を飲んだロイは、グイと腕を引かれてすぐ側に立つ男を振り仰いだ。
「怪我、ないっスか?」
「私は平気だ。それよりカイが───」
「だから待てって言ったのに」
 そう言って眉を顰めるハボックにロイがハッとする。
「お前、気づいてたのか?」
「相手は爆弾魔っスよ、あれくらい当然っつうかもっとデカい奴でなくてよかったっつうか」
 音の大きさの割に爆弾の威力はさほど大きいものではなく、カイも気を失っているようだが命に別状はなさそうだ。
「ヤン、そいつを頼む。キム、行くぞ」
「「はいっ」」
 二人同時に答えてヤンはカイの具合を確かめキムはハボックと共に破壊された扉をくぐって部屋の中へと入る。それに続いてロイも入ってくるのを見て、ハボックはため息をついた。
「ヤンと一緒に残って、って言っても聞かないっスよね」
「判っているなら言うな。時間の無駄だ」
 言われてハボックは肩を竦めて歩き始める。あんな爆発のあった後、身を隠したところで意味はないので不意打ちにだけ備えて、ハボック達は狭いアパートの部屋を片っ端から見て回った。
「隊長、来て下さいっ」
 隠す相手もいなくなったとキムがいつもの調子でハボックを呼ぶ。寝室のベッドを剥いで調べていたハボックが急いでキムのところへ行けば、キムが散らばる工具類を指して言った。
「隊長、これ!」
「あの野郎……っ」
 そこに残されたリード線やらタイマーやらを見ればチャンがここでなにを作っていたか一目瞭然だった。
「爆弾を作ったのか」
「大佐」
 背後から聞こえた声にハボックが振り向く。
「奴はどこだ?」
「逃げたんでしょうか」
 ロイの質問にそう答えたハボックはロイの背後でチラリと動いた影に、咄嗟にロイに飛びかかった。
「危ないッ!」
 二人諸共に床に倒れ込んだその上を銃弾が通り抜ける。ギャッと上がった悲鳴に視線を向ければ、キムが肩を押さえて倒れるところだった。
「クソッ!!」
「ハボック!!」
 口汚く罵って、逃げ出すチャンの背を追うハボックをロイもまた慌てて追いかける。壊れた扉を飛び出して逃げるチャンに続いてハボックとロイも玄関を飛び出した。
「待てッ!!」
 と言われて待つ人間などいないと判っていてもついそう叫んでしまう。ハボックはチッと舌を鳴らすと階段を駆け降りるチャンの後に続かず二階の通路へと入っていった。
「ハボックっ?」
「先回りしますッ!」
 呼ぶロイに肩越しに怒鳴ってハボックは二階の通路を走っていく。通路から下を覗けばチャンが入口から走り出てくるのが見えて、ハボックは廊下の手すりに手をかけるとトンと床を蹴り通路の外へと身を踊らせた。ダンッと大きな音と共に飛び降りたハボックは地面についた手をバネにして立ち上がる。突然目の前に降ってきた男に、チャンがギョッとして足を止める前に立ちはだかってハボックは言った。
「ここまでだ、チャン。観念しろ!」
「くそ…ッ」
 行く手を塞がれてチャンが呻く。キョロキョロと辺りを見回して逃げ道を捜したものの見つからないと判ると、ポケットから四角い小さな塊を取り出した。


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