| 幼愛 第五章 |
| 「もうやってられるか…っ」 ロイはそう呟きながら廊下をドカドカと歩いていく。時間ばかりかけて結局は何ら実のある結末を望めそうにない会議にロイは早々に見切りをつけて抜け出してきていた。あとでホークアイにお小言を食らうだろうが、くだらない言い合いを聞いているよりよほどマシだとロイは思う。司令室へ向かう廊下の角を曲がろうとした時、丁度その正面にあった窓から綺麗に晴れ渡った空が見えてロイはふと足を止めた。雲ひとつない空はハボックの瞳の色と同じで、それを目にした途端胸に湧き上がる痛みにロイは慌てて窓から目を逸らす。そのまま俯きがちに司令室まで辿り着くとカチャリと扉をあけた。 「あ、大佐。お疲れ様っス」 扉を開けると同時にかかる声にロイはギクリと体を強張らせる。俯けていた視線を上げればハボックが書類を手にニコニコとロイを見ていた。 「もう会議、終わったんスか? それとも自主終了?」 そう聞かれてロイは1つため息をつくと答える。 「時間の無駄なんでな、抜けてきた」 「やっぱり」 クスリと笑って言うハボックにロイは眉間に皺を寄せた。 「なんだ、やっぱりというのは」 「いや、途中でフケてくるかもなってブレダと言ってたんで」 予感的中だな、とブレダに話しかけているハボックを、ロイはじっと見つめていたがポツリと呟く。 「今日は寝不足じゃないんだな」 「へ?ああ、昨日はちゃんと早く寝たっスからね」 得意そうに言うハボックの様子にロイは小さく笑うと執務室へと入っていった。そのロイの様子にハボックは顔を輝かせるとブレダに言う。 「な?今日は怒らせなかっただろ?」 「んー?ああ、まあな」 「やっぱ早く寝て正解だったっ」 無邪気にそう言って笑うハボックに、なぜだか不安を覚えるブレダだった。 ロイは執務室に入ると閉じた扉に背中を預ける。目を閉じれば今しがたハボックが言った言葉が脳裏に浮かんで、ロイは思わず苦笑した。 (夕べは誰かと一緒じゃなかった、ということなんだろうか…) そう思えば知らず安堵の吐息が零れる。ロイは自分がそんなことを気にしていることが信じられず、緩く頭を振った。 (くそ…なんでそんな事ばかりが気になるんだ。気にしたところで私には関係のないことだろうに) 自分でも訳がわからぬ心の揺れに、ロイはただ窓の外の空を見上げるだけだった。 それでも数日経てばロイはハボックがまた同じように誰かと夜をすごしているのではと気になって仕方がなくなった。散々に迷った末、ロイはハボックを見た例の酒場へと足を向ける。カランとドアベルを鳴らして入ればそこは以前と同じく煙草の煙と酒の匂いが充満していた。ロイは店の中を見回しながらカウンターへと歩いていく。ハボックの姿が見えない事に安堵しながらスツールに腰をかけた。 (こんなところへ来て、もしハボックがいたとしたら私はどうしようというんだろう…) 例えハボックが誰かとセックスをしていたとしても所詮プライベートの話だ。ロイが口を挟む理由も権利もない。ロイがそう考えながらグラスに口をつけた時、カランとドアベルが鳴るのと同時にどやどやと男が数人店の中へと入ってきた。 「しつっこいな!アンタらとはもうヤらないって言ったじゃん」 「そんな事言うなよ、ジャクリーン。なんでもお前の好きなようにしてやるからさぁ」 聞き覚えのある声にロイが振り向けば、ハボックが嫌そうに茶色の髪の男の手を振り払ったところだった。ハボックは男の手を振り払うとテーブルの間を抜けようとしたが、男はハボックの体を背後から抱きこむとその首筋に口付ける。ズボンの上から股間を揉むように握るとハボックの耳元に囁いた。 「冷たい事言うなよ…お前だってこの間散々イイ思いしたろ?もっとよくしてやるぜ…?」 男はそう言うと店の客達の視線を気にもせずハボックの耳に舌を差し入れる。ビクンと震えるハボックの股間をギュッと握ればハボックの唇から熱い吐息が零れた。 「へへ…欲しくなってきたろ?」 そう言って体を弄る手にハボックは切なげに腰を揺する。 「…とに、この間よりよくしてくれるわけ?」 「ああ、思い切り啼かせてやるよ」 頬を染めて言うハボックに男はニヤリと笑って答えた。そんな二人のやり取りを見ていた客の一人が声を上げる。 「おい、俺も混ぜろよ」 「…いいよ」 伸びてくる手にハボックがそう答えれば茶色の髪の男が不満げな声を出した。ハボックは肩越しに自分を抱き締める男を見ると言う。 「大勢の方が楽しいじゃん。嫌なら帰れよ」 そう言うハボックの言葉に男は唇を歪めたがそれ以上何か言うことも帰りもしなかった。その様子に数人の客が立ち上がるとハボックを伺うように見る。ハボックが答えるように笑い返せば男達はハボックに群がるように寄ってきた。そのまま連れ立って2階へと上がっていこうとした時。 「待て」 怒りを漲らせた声が聞こえて男達は足を止める。声のした方を振り向けばそこには黒い髪に黒い瞳の男が怒りに顔を歪めて立っていた。 「たい…っ」 その姿を見た途端、ハボックは叫びそうになって慌てて口を押さえる。驚きに目を瞠る空色の瞳を見つめてロイは言った。 「ソイツを離して貰おうか」 「ああっ?なんだ、お前っ!」 「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞっ!」 ロイの言葉に男達がいきり立って口々に言う。中の一人がロイに殴りかかろうとした時、ロイの体からブワッと熱波の様なものが噴き出し男はそれに煽られて吹っ飛んでしまった。ギョッとした男達が怯む中、ロイはツカツカとハボックに近寄るとその手首を掴む。 「来い」 「ちょっ…大…っ」 グイグイと腕を引っ張られて、ハボックは店の外へと連れ出された。店の外へ出たところでハボックはロイの手を振り解く。ロイを睨みつけると言った。 「なんなんスかっ、一体!大体どうしてアンタがこんなとこに…っ」 どう考えてもロイが来るような店ではない。そんなところにロイがいたばかりか、これから楽しもうと言うところを邪魔されてハボックは酷く腹を立てていた。怒りのままにロイを睨みつければロイも同じように睨んでくる。その瞳にカチンと来たハボックが罵るより前にロイが口を開いた。 「お前はいつもああやって男を漁っているのか?」 「な、ん…」 「ああやってろくに知りもしない男達に体を開いているのか?」 「…アンタに関係ないでしょっ!プライベートにオレが誰とどうしようがアンタにとやかく言われる筋合いなんてないでしょうがっ!」 関係ないという言葉にロイはカッとなるとハボックの腕を掴む。グイとハボックの体を引き寄せると低く言った。 「小隊の部下どもとセックスに興じて…っ、訓練が遅れてるのはその所為じゃないのかっ?」 「な…ど、して、知って…」 部下達とセックスをしていることをどうしてロイが知っているのか、ハボックは驚きのあまり瞬間怒りを忘れてしまう。まじまじとロイを見つめればその黒い瞳が苦痛に歪んだ。 「やめろ…頼むからやめてくれ…っ」 そう振り絞るように言う声にハボックはポカンとしてロイを見る。その酷く幼い表情にロイは唇を噛み締めるとハボックの手を取った。そのまま促すように歩き出せばハボックは何も言わずについてくる。ネオンの光る通りを抜け、暫く行けばいくつも店が軒を並べるその中にぽっかりと開いた公園があった。ロイはその中に入ると手近のベンチに腰掛ける。ロイは自分の前に突っ立ったまま見下ろしてくる長身を見上げると尋ねた。 「どうしてあんなことをする?部下達だけじゃない、不特定多数の男達と乱交のような真似をして、どうしてもっと自分を大事にしないんだ?」 突然そんな事を尋ねられてハボックは目を見開く。「どうして」なんてそんな今まで考えたことも、ましてや誰かに尋ねられたことなどないことを唐突に聞かれて、ハボックは戸惑っていた。 「どうして、って…」 セックスをする理由なら判りきっている。 「気持ちイイから…」 「じゃあどうして一度に大勢を相手にするような真似を?」 「だって、一人選んでソイツがセックスがヘタクソだったらつまんないじゃないっスか。大勢いれば何人かは相性のあうヤツもいるかもしれないし」 ロイはハボックの言葉に一度口を噤んで視線を落としたが、もう一度ハボックを見上げると聞いた。 「それじゃお前が大勢の男とセックスをする理由は、ひたすら快楽を得る為だと言うのか?」 「そうっスよ。だって、セックスってそういうもんでしょ?」 ハボックはそう言うとにっこりと笑う。 「気持ちイイからセックスするんでしょ? それ以外にセックスをする理由なんて何があるって言うんスか?」 無邪気にそう言い切るハボックをロイは絶句して見つめたのだった。 |
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