| 幼愛 第四章 |
| ベッドから身を起こすハボックに、その金色の髪を撫でていた男が不満の声を上げる。 「おい、もう少し、いいだろう?」 そう言って腕を引く男の手を振り払ってハボックは言った。 「昨日も寝てないんだよ。今日はもう帰る」 そう言ってベッドから下ろした脚を伝う残漿にハボックは顔を顰める。 「くそ、直接出しやがって。サイテー…」 ブツブツとそう言ってハボックは部屋の片隅にあるシャワールームへと入った。ぬるい湯を浴びながら中に注ぎ込まれた物をかき出すと、体を拭き手早く服を身につけていく。部屋を出て行こうとするハボックに男の一人が言った。 「なあ、今度はいつ来るんだ、ジャクリーン」 そう聞かれてハボックは肩を竦める。扉を開けながら肩越しに振り向くと言った。 「さあね。でも来たとしてもアンタらとはもうヤらねぇ」 「えっ?なんでだっ?!」 「テクは悪くなかったろっ?!」 ベッドから転げ落ちそうになりながら喚く男達にハボックは顔を顰める。 「オレ、中出しされんの、嫌いなの。気持ちワリィ…」 「えっ?だったら次はちゃんとつけるから…」 「ヤダ。もう、ヤんない」 「おいっ、ちょっと待てって!おいっ!!」 喚く男達を尻目にハボックは乱暴に扉を閉めた。駆けるように階段を下りると、まだ賑わっている店内をすり抜けていく。扉に辿り着く間にも誘うように体に触れてくる手はあったが、ハボックは全て無視すると扉を開けて店の外へと出た。 「あーあ…」 大きく息を吐くと冷たい空気を吸い込む。そうすればさっきまで気だるく体を支配していた快感の余韻が全て抜け去ってハボックは夜の街を歩き出した。煙草を取り出して咥えると火をつける。ポケットに手を突っ込んで背を丸めると足早に家へと歩いていった。 アパートの階段を駆け上がり部屋に入るとホッと息をつく。歩きながら靴を脱ぎズボンを脱ぎ捨てると寝室へ入り倒れ込むようにベッドの上に身を投げ出した。ぼんやりと暗い闇を見つめているとふとロイのことが頭に浮かんだ。 「せっかく忘れてたのに…」 ハボックはそう呟くと眉を顰める。ゴロリと仰向けになると天井を見上げた。 「なんで怒ってたのかなぁ…」 やはり何度考えてもハボックには判らない。カパアと大欠伸をした口を押さえると思った。 「そういや何度も大佐の前で欠伸したっけ…」 他の上司に比べて格段と鷹揚で細かい事を気にしないロイではあったが、やはり何度も目の前で大欠伸などされたら不愉快になるのかもしれない。 「早く寝ようっと…」 せめて明日はロイの前で眠そうな顔は見せまいと、ハボックはキュッと目を瞑る。そうすれば襲ってくる睡魔にハボックは瞬く間に眠りの中へと引き込まれていったのだった。 「おはよ、ブレダ。…大佐は?」 椅子に腰掛けながらそう聞けばブレダが答える。 「今日は朝から会議。途中でフケてくるかもだけどな」 ブレダがそう言えばハボックは「なあんだ」と言う顔をした。そんなハボックにブレダが言う。 「また大佐怒らすようなことすんじゃねぇぞ」 「するかよ。今日はちゃんと寝てきたもん」 「は?なんじゃそりゃ」 ハボックの言葉に訳が判らんとブレダが首をひねった時、ノックの音と共にゴルツが司令室に入ってきた。 「隊長、先日頼まれた資料をお持ちしましたっ」 「ん? ああ、サンキュ」 ハボックは気のない返事でゴルツから書類を受け取ると、見もせずに机の上に置く。書類を渡しても出て行かず、じっと自分を見つめるゴルツに気がつくと言った。 「何? まだ他にもあるのか?」 「えっ、いや…その、何も…」 「書類なら後で見とくから」 「は、はい…その…失礼します」 ゴルツはそう言うと肩を落として司令室を出て行く。そんなゴルツを黙ってみていたブレダが眉を顰めると言った。 「おい、ハボ」 「ん?」 「お前、小隊長になった時、俺と約束したこと、覚えんてんだろうな」 「約束?」 きょとんとするハボックにブレダは眉間の皺を深くした。 「小隊の連中とはヤるなって言ったろ? まさか忘れたとか言うんじゃ…」 「ンな訳ないだろっ、覚えてるって! ヤッてません!」 (司令部の中じゃ) とハボックはこっそり付け加える。 (シャワー室での、アレ。あんなのはヤッたうちには入んねぇよな…) やべぇ、とハボックが心の中でこっそり舌を出している事に気付いたか気付かないか、ブレダはハボックをじっと見つめると言った。 「士官学校の時みたいの、二度とごめんだからな」 「あ、うん…。わかってるって、ブレダ」 へへ、と笑うハボックにブレダはひとつため息をつく。 「本当に大丈夫だろうな。ソッチの件についてはいまいち信用できねぇんだよな、お前」 そう言われてハボックは決まり悪げに目を逸らした。ブレダはガシガシと頭を掻くと言った。 「お前さぁ、男でも女でもいいから誰か一人ホントに好きな相手っていねぇの?」 「ホントに好きな相手?」 「凄く気になって仕方ない、とか。その人に悪く思われたくないとか、そういう相手。そういう人がいればお前のそのフラフラしてんのも納まるって気がすんだけどな」 「んなこと言われても…」 気になって仕方ないとか、悪く思われたくない相手。そんな人物が自分にとっているだろうかと考えてハボックは首を捻る。正直、ハボックにとっては例え体を繋げた相手だとしてもその場限りの一時的な関係でしかなく、それ以上何か思ったことなどなかった。敢えて言うなら目の前の相手くらいだ。そう思って口にすればブレダは思い切り顔を顰めた。 「友人としてなら俺もお前のこと気になるけどな。つか、ガキのころから知ってるし、あんまりバカしてっと気になってほっとけないつぅか…。でも色恋の相手としてはぜっっったいパスっ!!」 「うわ、ひでぇ…」 「人の趣味までどうこう言うつもりはねぇけど、俺は女がイイのっ」 ブレダはそう言うと「仕事すっぞ」と書類を手に取る。「うん」と頷いて同じように書類を手にしたハボックだったが、目が文字を辿るだけで中身は頭に入ってこなかった。 (女かぁ…。そういや、オレ、どうして男のほうがいいとか思ってんだろ) 生来そういう嗜好だったのかといえばよく判らない。気がついたときには男とヤッていたし、別にそれが嫌だとも特に女とヤりたいとも思わなかった。 (最初にヤッたのが女だったらソッチの方が好きだったのかな) そう考えてハボックは僅かに顔を顰める。 (でも、めんどくせぇ…。避妊とかしなきゃだろうし。それに男とヤるの、キモチイイし…) ハボックはそう考えてひとつ息を吐いた。 (まあ、いいや。別に今のままで何も困ってないんだから) 何より快楽を与えてくれるのだから男とのセックスだって悪くない。ハボックはもうそれ以上その事を考えるのはやめて目の前の書類に取り掛かったのだった。 ブレダは向かいの席で書類を睨みつけているハボックを盗み見るとそっとため息をついた。 (素直でいいヤツなんだ、基本的には) ただ、とブレダは思う。 (貞操観念ってもんがなぁ) 所謂性的な節操という考え方が欠けているハボックがブレダは心配でしょうがない。セックスに快楽を求めることが悪いとは言わないがそれにしてもあまりに奔放すぎるハボックをブレダは気になって放ってはおけなかった。 (士官学校のアレだってかなりヤバかったろ…) と、ブレダは数年前のことを思い出して首を竦める。本人に自覚がないだけに気がついたときには大ごとになりかねず、しかもそうなったところでハボック自身にはどうしてそんな事になっているかが全く判らないのだ。 (まあ、ハボのアレもあいつの所為ばかりじゃねぇけど) ブレダは更に記憶をさかのぼってそう思う。あの出来事を思い出せばブレダとしては無力だった自分を多少なりとも責めずにはいられないのだ。たとえ幼い自分にはどうすることができなかったとしても。 (誰かコイツを本気で愛してぶつかってくれる相手がいればハボだって変わるんだ、きっと) 今このハボックに必要なのは「友人」ではないと思う。例えどれ程心から心配していたとしても「友人」ではハボックを彼が嵌り込んでしまった闇から救い出すことなど叶わないのだ。 (誰でもいい、ハボックを助けてやってくれ) ブレダは幼い頃からの友人を思って、心の底からそう願うのだった。 |
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