| 幼愛 第二十九章 |
| 「さあて、今日は何にしようかなぁ…」 そう呟きながらハボックは夕時の買い物客で賑わう市場を歩いていく。 「そういやこの間ハンバーグが食べたいとか言ってたっけ。じゃあ今夜はハンバーグにしよう」 ハボックはそう言うと肉屋を目指して歩いていった。途中で付け合せ様の野菜や缶詰を買いながらハボックはフフと笑う。誰かが喜ぶ顔が見たくて誰かのことを考えて食事を作るなんてことは、ロイと一緒に暮らすようになるまでやったことがなかった。それがこんなに心を満たし安心させ、幸せに思えることだなんて思ってもみなかった。セックスでは満たされなかった心の中に出来た隙間が埋められて、ハボックは無意識のうちに幸せな笑みを浮かべていたのだった。 「よし、後は焼くだけ」 ハボックはそう言うとハンバーグの形に丸めたひき肉を冷蔵庫の中へしまう。缶詰のコーンと玉ねぎで作った簡単コーンスープの火を止めると時計を見た。 「どうしたんだろう、遅いな」 ハボックが演習から戻った時、ロイは席を外していていなかった。待っていて一緒に帰ってもよかったのだが、どうせ買い物もあるし一足先に帰ってしまっても構わないだろうと先に帰ってきてしまったのだが。 「今日はメシいらないって言ってなかったよな」 先日の淋しい夜のことを思い出してハボックはそう呟く。だがそんな覚えはなくて、ハボックは苛々と部屋の中を歩き回った。 「もう、食事の支度が遅いと腹減ったとかなんとか煩いくせに、何やってんのさ」 ハボックはそう言うとドサリとソファーに腰を下ろす。近くに放り出されていた雑誌を手に取るとパラパラとめくる。だが字面を目で追うものの、中身は全く頭の中に入ってこず、ハボックは雑誌を放り投げた。 「残業になっちゃったのかな…」 だが突発で残業が入ったとしても連絡くらいしてくるはずだ。ハボックが家で食事の用意をして待っていることは判っているのだから。 「電話してみよう」 こんなことでと思いはしたがただ待っているだけでは苛々が募るばかりだ。ハボックは受話器を取ると空で覚えている番号をまわしコードを告げて司令室へと回してもらった。 「もしもし、ハボックっスけど」 『あ、ハボ?お前さ、大佐の隠れ場所どっか見当つかねぇか?』 電話に出たブレダに用件を言う前にブレダがそんな事を言う。ハボックは目を丸くすると聞いた。 「隠れ場所、って大佐いないのか?」 『気がついたらフケっててな、中尉カンカンだし俺もサイン貰わねぇと帰れねぇし』 「いないって…だってオレが帰る時には大佐、もういなかったぜ?だったらすげぇ時間たってるじゃん!」 『え?いやでも…』 「とにかくそっちに行くっ!」 ハボックはそう怒鳴ると受話器をフックに叩きつける。そのまま玄関を飛び出すと司令部へ向けて一目散に駆けていった。司令部につくとその勢いのまま司令室へと向かう。叩きつけるように扉を開ければブレダ達が一斉に振り向いた。 「ハボ!」 「大佐はっ?」 「それが、お前があんまり騒ぐから心配になって警備兵に確認したら、どうも外に出て行ったらしいんだ」 「一人でっ?」 「たぶん」 ブレダの答えにハボックは慌ててホークアイを見る。ホークアイは綺麗な顔に苛立ちを滲ませて言った。 「発火布を持って出ているから即座に危険が迫るということはないと思うの。でもこのままにしてはおけないから今、警備兵を探索に当たらせてるわ。少尉も探しに行ってくれるかしら」 「アイ、マァム!」 「俺も行って来ます!」 ハボックとブレダは敬礼すると司令室から飛び出していく。もうすっかりと暮れてしまった街へ、困り者の上司を探しに出ていったのだった。 ブレダに「ハボックは大佐を好きかもしれない」などと言われたロイは思いがけない言葉に珍しくもうろたえてしまった。とてもそのまま仕事をする気になれず司令室から抜け出したロイは、柔らかな夕暮れの風に誘われるまま外へと足を向ける。出入口に立つ警備兵ににこやかに手を振ると通りへと出た。 「さて、どうするかな」 せっかく出てきたのだから気に入りの喫茶店にでも行こうかと歩き始める。すると少しも行かないうちに泣き声が聞こえてロイはきょろきょろとあたりを見回した。 「あそこか」 ロイはまだ5、6歳の子供が泣きじゃくっているのに目を止めると薄っすらと微笑む。ゆっくりと歩いていくと少女のすぐ傍に片膝をついた。 「どうしました?小さなレディ」 にっこりと笑ってそう言えば少女は驚いたように目を見開く。ロイが優しく笑っているのを見ると木の枝を指差した。 「ジェシーが下りられなくなっちゃったの」 そう言う少女が指し示す枝を見上げれば小さな黒い塊りが枝の上に蹲っている。 「レディ、もう泣かないで。私がすぐジェシーを助けてきますから」 ロイはそう言って立ち上がると手近の枝を選んで木に登り、あっという間に仔猫を連れて下りてきた。 「どうぞ、ジェシーは大丈夫ですよ」 ロイが仔猫を差し出せば少女は嬉しそうに笑う。 「ありがとう、お兄ちゃん」 仔猫を大事そうに抱き締める少女のまだ涙に濡れた頬をロイは優しく拭ってやった。それから少女の傍に跪いて言う。 「もう日が暮れる。暗くなる前に帰りなさい。ママが心配するよ」 だが、少女はロイがそう言った途端顔を曇らせて俯いた。 「ママ、お仕事だもん。帰ってくるの、いつも遅いの」 「遅い?じゃあ食事は?」 「ママが帰ってきたら作ってくれるの。だからそれまではジェシーとお留守番してるの」 ちょっとおなかすいちゃうけど、と言う少女にロイはちょっと考える仕草をしたが、やがてにっこりと笑って言う。 「私は今からそこの喫茶店でケーキを食べるところなんだ。もしよかったらジェシーと一緒に食べに行かないかい?」 そう言えば少女が驚いたように目を見開いた。それからちょっと悩んで、ロイのことを見ると言った。 「でも、私、お金持ってないわ」 「かわいいレディ達とお知り合いになれた記念にご馳走するよ。私はロイ・マスタング。東方司令部で働いているんだ」 「私はメイよ。この子は」 「ジェシーだね。よろしく、メイ」 ロイがそう言って手を差し出せば少女が嬉しそうにその手を取る。ロイは少女の手を引くと数メートル先の喫茶店へと入っていった。 「こんにちは、マスター」 「いらっしゃい、大佐。おや、今日はまたかわいいお嬢さん連れで」 ロイは面白そうに言うマスターに手を振ると少女を連れてテーブルへとつく。メニューを広げると少女に差し出した。 「何でも好きなものをどうぞ」 ロイがそう言えば少女は目をキラキラさせてメニューの写真を覗き込む。苺とクリームがたっぷり載ったケーキを選ぶと指差した。 「これが食べたい」 「飲み物は?オレンジジュース?それともアップル?」 「オレンジジュース!」 ロイは少女に頷くと自分の分も合わせて注文する。ジェシーにはミルクを注文してやった。少ししてテーブルに届いたケーキを前にロイを見つめる少女に「どうぞ」と促せば嬉しそうに食べ始める。ミルクを舐めるジェシーと話しながら楽しそうにケーキを食べる少女の姿に、今一緒に暮らしている青年のことを思い出した。 (きっとハボックもこんな風にケーキを食べるんだろうな) 意外にも幼い表情を見せるハボックの事を思い浮かべてロイは薄っすらと笑う。 (今度一緒に食べに来よう) ロイはそう思いながらケーキを口に運んだのだった。 思いがけず引きとめる形になってしまった少女を、日が暮れてから一人で帰すのもはばかられてロイは少女を家へと送り届けた。それから司令部への道を足早に歩きながら眉間に皺を寄せる。 「拙いな、すっかり遅くなってしまった…」 ほんのちょっとの息抜きのつもりが司令部を出てから優に2時間は立っている。司令部の入口まで戻ってきたもののどう言って言い訳すべきか悩んでいたロイの耳にハボックの声が飛び込んできた。 「大佐ッ?!大佐ッ!!」 「ハボック?」 その血相を変えた顔にロイがキョトンとして振り返ればハボックが駆け寄ってくる。両腕を伸ばしてギュッとロイの体を抱き締めて言った。 「どこ行ってたんスかっ!どんだけ探したと思って…ッッ!」 「えっ?探し…」 「アッ、大佐っ!!見つけたのか、ハボッ!」 驚いて問い返そうとしたところにブレダの声がしてドスドスと駆け寄る足音がする。どれだけ探し回ったかと口々に言う部下達に恐らく司令室で目を吊り上げて待っているであろう優秀な副官の姿を思い浮かべて、このまま司令部には帰らずにすませたいと思うロイであった。 |
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