幼愛  第二十七章


「すっかり遅くなってしまったな」
 ロイはそう呟きながら家の扉を開ける。もう休んでしまったろうかというロイの考えとは裏腹に、浴室から微かに聞こえた水音にロイは目を細めた。リビングに入ると食べ途中で放り出されたピザのトレイに目を見張る。ため息をつくと言った。
「まったくしょうがないな」
 ロイはそう言いながらピザを摘んで一口食べる。冷めたピザはチーズが硬くなってあまり美味しいとは言えなかった。
「大体ほとんど食べてないじゃないか」
 ロイが摘んだ一切れを除けばハボックが食べたのは一切れだけのようだ。ロイはやれやれとため息をつくとソファーにドサリと座り込む。そのままハボックが出てくるのを待ったがいくら待っても出てくる気配は全くなかった。
「何をしてるんだ、アイツは」
 よく考えてみればロイが帰ってきてからずっと水が流れる音がしている。
「まさか倒れてるんじゃないだろうな」
 ロイはふと不安になって立ち上がると急ぎ足でリビングを出た。浴室の扉を開ければ大きくなる水の音。脱ぎ散らかした服を跨いでロイはその奥の扉を開けた。
「ハボック?!」
 ザアザアと降り注ぐ水に風呂場はひんやりと冷えきっていた。ロイはシャワーの滴を受けながら床に蹲っているハボックの姿を見て目を丸くする。大声でハボックの名を呼ぶと濡れるのも構わず中へと入っていった。
「大丈夫かっ、ハボック?!」
 そう叫んでうずくまるハボックの肩をむんずと掴む。その拍子に仰向いたハボックの顔を濡らすのが水なのか涙なのか判らず、ロイは一瞬ドキリとした。
「たいさ…?」
「どうした?気分でも悪いのか?!」
 そう尋ねればハボックがくしゃくしゃと顔を歪める。
「胸が苦しいっス」
「えっ?!いつからだっ?」
 ギョッとしてロイが尋ねたがハボックは答えなかった。ギュッとロイの濡れたシャツを掴むと呟く。
「寒い…」
 そう呟いたハボックの体は小刻みに震えていた。ロイはチッと舌を鳴らすと言う。
「当たり前だ。この季節とはいえ、一体いつから水を浴びてたんだ。冷えて当然だろうっ」
 ロイはそう言ってシャワーに手を伸ばすと湯へと切り替えた。ハボックの体にかかるようにフックにかけておくと、濡れた服を動きにくいと強引に脱ぎ捨てる。湯船に湯を張ろうと背を向けたロイにハボックは背後からしがみ付いた。
「たいさ、オレのこと抱いてよ」
「ハボックっ?」
「オレのことセックスしたいほど好きって言ったっしょ?だったら、シよ、セックス」
 そう言ってしがみ付いてくるハボックの熱い息遣いが首筋に当たってロイはゾクリと背筋を震わせる。だが、ハボックの腕を振り解くと言った。
「ダメだ、ハボック」
「どうしてっ?オレとセックスしたいって言ったじゃないっスかっ」
「ハボック…」
 ロイは責めるように見つめてくる空色の瞳を見返してため息をつく。今ではシャワーから降り注ぐ湯のおかげで、浴室はもうもうと湯気が篭っていた。
「私はお前が好きだよ、ハボック」
「だったらなんでセックスしないんスかっ?」
「私はお前と性欲を満たす為だけのセックスはしたくない。私がしたいのは気持ちを確かめ合う為のセックスだ。気持ちの伴わない、欲を満たす為だけのセックスは嫌なんだ」
 ロイはそう言ってハボックをまっすぐに見る。
「私はお前を好きだが、お前はそうじゃないだろう?ハボック」
 ロイの言葉にハボックの瞳が大きく見開かれた。その瞳からボロボロと涙が零れるのを見てギョッとしたロイがハボックの名を呼ぼうとするより一瞬早く。
「たいさのバカァッ!!」
 ハボックはそう怒鳴るとロイを思い切り突き飛ばす。
「えっ…ウワワワッッ!!」
 ロイはよろけた弾みに背後の湯船に脛をぶつけ、そのまま湯の入っていないそれへ背中から倒れこんだ。
「イ…ッ、……テテテッッ」
 咄嗟に頭は庇ったものの思い切り打ち付けた腰をさすっているロイをそのままにハボックは浴室を飛び出していってしまう。
「ハボックっ?!」
 物凄い勢いで階段を駆け上がっていく足音を聞きながら、ロイは湯気の立ち込める浴室で呆然としていたのだった。


 ハボックは2階に駆け上がると自分に宛がわれた寝室へと飛び込み鍵をかける。濡れそぼたれた体のままベッドに飛び込むと枕を抱き締めた。
「たいさのバカッ」
 ロイに言われた言葉が酷くショックだった。理由は判らないままにただ酷くショックで悲しくて、ハボックはポロポロと涙を零し続ける。子供のように泣きじゃくりながらハボックはいつしか眠りに落ちていった。


「くそ…一体何がなんだか」
 ロイはそう呟きながら立ちあがるとシャワーを止め、浴室を出る。体を拭いて廊下へ出ると階段を見上げた。ロイにはハボックが突然セックスをしようと言い出した理由も、その涙の意味も全く判らなかった。ロイはキッチンへ行くとハーブティのボトルを取り出してグラスに注ぐとそれを飲む。ハアとため息をつくと軽く頭を振った。
「一度じっくり話をすべきなんだろうな」
 そうは思うものの流石に今すぐと言う気にはなれず、ロイはグラスを手にしたままリビングへ入りソファーに腰を下ろす。深く腰掛けて体を預けると天井を睨みつけた。ここまで誰かの気持ちを量りかねたのは初めてだ。正直、ハボックにセックスを強請られた時はそのまま抱いてしまいたいとも思った。だが、そうしてそのままただのセフレの一人として数えられるのは真っ平だ。ロイは深いため息をつくとそっと目を閉じたのだった。


 ハボックは夢を見ていた。キッチンの扉を開ければそこにはいつものように母親がいて夕飯の支度をしている。ハボックは躊躇った末中に入ると母親に聞いた。
「ねぇ、母さん。伯父さんっていつまでここにいるの?」
 そう尋ねれば母親の背中がギクリと強張る。恐る恐ると言うようにハボックを振り向くと自分とよく似た息子の顔をじっと見つめた。何も答えてくれない母親にハボックが焦れてもう一度尋ねようとした時、背後から伯父の声がする。
「ジャン、こっちへ来なさい」
 その声にハボックは振り向くとふるふると首を振った。そうすれば伯父の顔が不愉快そうに歪む。
「私の言ったことが判らないのか、ジャン。こっちへくるんだ」
 その言葉にハボックが「嫌だ」と言おうとすると、母親がハボックに手にした包丁を突きつけた。
「行くのよ、ジャン」
「母さん?」
「行って!でないと私が…ッ!」
 そう言って母親が手にした包丁を突き出せば、ハボックの喉にチクリと痛みが走る。その痛みに押されるようにハボックがよろよろと後ずさると伯父の腕がハボックの体を引き寄せた。
「見ているといい、お前の代わりにお前の息子がどんな風に私に抱かれているかを」
 伯父は楽しそうにそう言うと、ハボックのズボンと下着を剥ぎ取り母親が料理用にと出しておいたオリーブオイルを手に取る。それをハボックの秘所にとろとろとかける。ビクッと震えて逃げようとする細い体を引き戻して、伯父はハボックの蕾を解し始めた。
「んっ…アッ!……アアッ…ハア…ッ」
「いい子だ、ジャン。いつも私にどうされてるか、母さんによく見せてあげなさい」
「ヤダ……あんっ…アアッ」
 伯父は楽しそうにハボックの蕾を解すと己を取り出し少年の脚を大きく開く。食い入るように見つめている母親の目の前で伯父はゆっくりとその凶暴な楔を少年の体に埋めていった。
「アアアアアッッ!!」
 ハボックは背筋を仰け反らせて嬌声を上げる。ゆっくりと突き上げられてあられもなく身悶えた。
「アンッ…アッアッ……ひゃあんッ」
「気持ちイイだろう、ジャン。ほら、はっきり言いなさい」
「アアッ…き、もち、イイっ…も、ヤァッ!」
 強制的に快楽を教え込まれた少年はなす術もなく翻弄される。快楽に霞んだその視線の先で、母親が嫌悪に顔を歪めた。
「ヤ……イヤッ…アアッ……イヤアッ!!」
 母親の冷たい視線が身悶えるハボックの心を抉る。ハボックはただ、泣きながらその身を伯父に犯され続けるしかなかった。


 ロイはひとつ息を吐くとグラスをテーブルに置き、階段を上がる。このままウダウダしているのは性に合わなかった。
「判らないなら聞くまでだ」
 どう悩んだところで自分はハボックを好きなのだ。そうであるならその心を引き寄せる努力をするしかない。ロイがそう思いながら階段を上りきった時、かすかな悲鳴が聞こえた。ギョッとしてロイはハボックの寝室へと走るとドアノブを回す。ガチリと鍵に阻まれてロイはチッと舌を鳴らすと自分の部屋から発火布を持ち出し、手につけると指を鳴らした。ボンッと音がして鍵が壊れる。ロイは部屋に飛び込むと魘されるハボックの体を抱き上げた。
「ハボックッ?!起きろっ!起きるんだ、ハボックッ!」
「ヤッ、ヤダァ……ッ」
「ハボックッ」
 軽く頬を叩けばハボックの瞳がロイを見る。互いに目を見開いて見詰め合えばハボックが言った。
「たいさもオレのこと、汚いと思ってんスか?だからオレを抱かないの?」
「何を言ってるんだ、ハボック」
「セックスすると気持ちイイって、だからそれに溺れればいいって伯父さんが言ってた。でも、母さんはオレが伯父さんに抱かれるの、凄い気持ち悪そうに見てた。セックスって何?気持ちよくなるのはいけない事?好きになるってどういうこと?もう、訳判んない。すっごい苦しい。大佐のこと考えると苦しくて息が止まりそう。もうヤダ。何も考えたくないッ!」
「ハボックッッ!!」
 ハボックはそう怒鳴るとがむしゃらに暴れる。必死に押さえ込もうとするロイを力任せに突き飛ばした。そのまま一糸纏わぬ姿で階段を駆け下りて玄関を飛び出していってしまう。
「なんッ……あの、馬鹿ッッ!!」
 そのまま自分も飛び出そうとしてバスローブ一枚であることにロイは気がついた。
「ああ、クソッ!」
 とりあえずズボンを引っ掴むと転びそうになりながら脚を突っ込む。バスローブの裾を腰の辺りで縛るとロイはハボックを追いかけて家を飛び出した。
「これじゃまるで情事の最中に逃げられたみたいだ……」
 ロイは情けなくそう呟くとハボックの後を追ったのだった。



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