| 幼愛 第二十六章 |
| 「大佐、車の用意できたっスけど」 ハボックがそう言いながらノックの音と共に執務室に入ってくる。ロイは読んでいた書類から目を上げるとハボックを睨んだ。 「全くお前は。一体いつになったらまともにノックをするということが出来るようになるんだ」 「ノックしたっスよ?」 「ノックをしたら相手の返事を待たなければ意味がないだろう?」 「大佐、いきなり入られたら拙いことでもしてるんスか?」 特に嫌味のつもりもなく純粋にそう聞いているらしいハボックにロイは言葉に詰まる。ハアと大きく息を吐くと言った。 「…まあ、いい。ああ、そうだハボック。今日の晩飯はいらないから」 「どうして?」 ロイの言葉にハボックがビックリして聞き返す。二人で暮らすようになってロイが家で食事を取らないのはそれこそ夜勤の時くらいのものだった。 「どうしても断りきれなくてな。なるべく早く帰るつもりだが先に休んでしまっても構わないぞ」 そう言われてハボックはムゥと黙り込む。不貞腐れた子供のような表情にロイは苦笑して言った。 「むくれるな、なるべく早く帰るから」 ロイはそう言って立ち上がるとハボックの髪をくしゃりとかき混ぜる。そうして執務室を出て行くロイの後を追いながら、ハボックは小さなため息をついたのだった。 カチャリと鍵を開けて家の中に入る。シンと静まり返った部屋はいつもと違って妙によそよそしくハボックの目に映った。考えてみれば一緒に暮らすようになってからは大抵ロイの方が先に家に帰っていた。自分はいつも夕飯の買い物を済ませてから家に帰るから誰もいない家に帰るというのは本当に数えるほどしかなかったのだ。 「あーあ」 ハボックはそうため息をつくとドサリとソファーに腰を下ろす。一人だと思うと食事を作る気にもなれなかった。 「ピザでも取ろうかな…」 ハボックはそう呟いて立ち上がると電話の横に置かれた電話帳を捲る。ピザ屋の番号を見つけると電話をかけ、ピザを注文した。暫くしてやってきた配達人からピザを受け取るとリビングのテーブルの上にトレイを広げ、熱々のそれを取り出す。大きな口をあけてガブリと噛み付けばとろりとチーズの味が口の中に広がった。 「………」 無言のままピザを食べていたハボックはだが、1切れだけ食べただけで手を止めてしまう。湯気を上げるピザは美味い筈なのになぜかちっとも味がしない。ハボックはトレイを押しやると汚れた指を舐め、ソファーの上にだらしなく横になった。 「大佐、何食ってんのかなぁ」 自分はこうして味のしないピザを食べているのにロイは自分の知らない誰かと一緒に旨いものを食べているのかと思うと何故だか妙に苛々する。その苛々の原因が一人旨いものを食べているロイに向けられているのだと思っていたハボックはふとどうもそうではないことに気付いて首を傾げた。 「誰と食べてるって言ったっけ?」 そういえばきちんと聞かなかったとハボックはソファーの上に起き上がる。断わりきれないほどの相手とは誰だろう。男なのかそれとも女なのか。ロイと一緒にいるはずの誰かを想像すればチクリと胸を刺す痛み。 「なにこれ」 ハボックはそれが何なのか判らず苛々と呟いた。その気持ちに急きたてられるようにソファーから立ち上がる。ウロウロと部屋の中を歩き回りながらガシガシと髪を掻き毟った。 「ああもうっ、なんなんだよ、これ!」 今まで感じたことのない傷みにハボックはそう声を張り上げると耐え切れずに家の外へと飛び出したのだった。 夜の街を当てもなく歩けばあちこちに酒場の看板が並んでいる。酒でも飲めばこの苛々も解消されるかと思ったが、何故だが酒を飲む気になれず、ハボックはため息をつくと俯きがちに足を進めた。川にかかる橋に行きつくとその中ほどまで行き欄干にに寄りかかる。黒く沈んだ川が街の明かりを反射して煌めくのを見れば、ロイの瞳を思い出した。 「たいさ…」 欄干に置いた腕の上に頬を寄せそう呟く。名前を口にすれば酷く顔が見たくなってハボックは身を起こすと橋を渡って川の反対側へと渡った。司令部から車でロイを店まで送り届けたからどこにいるかは判っている。帰りは先方が車を手配してくれることになっていたので戻ってしまったが、いっそ車に乗ったまま店の前で待っていればよかったとハボックは思った。 足早に歩いて辿り着いた重厚な構えの店の前に立つと入口を見上げる。顔をみたくなってやってきたはいいが、どうやって中のロイに取り次いでもらうかまでは考えていなかった。ハボックは迷った末、ままよと店の扉を押して入る。間をおかずにやってきた店の男はハボックを見てあからさまに嫌そうな顔をした。 「失礼ですがご予約は頂いておりますでしょうか」 それでも口先だけは丁寧に尋ねた男の目は「とっとと帰れ」と告げている。確かにGパンにTシャツ姿のハボックはこの店の客としては相応しくないだろう。それでもハボックは挫けずに男に言った。 「ロイ・マスタング大佐が来てるだろう?呼んでもらえないかな」 そう頼めば男は胡散臭そうにハボックを見る。頭のてっぺんからつま先まで3往復は見ると尋ねた。 「失礼ですがどちら様で?」 「オレは大佐の部下で東方司令部のジャン・ハボック少尉だ。そう言ってもらえれば判るから」 そうまで言って身分を証明するものを何も持っていない事に気付く。せめて軍服でも着ていればよかったのだろうが生憎もろに普段着だ。 「大変申し訳ございませんが、当店をご利用中のお客さまへのお取次ぎはよほどの場合でないとお受けできかねますので」 遠まわしに「帰れ」と告げる男にハボックはカッとなる。 「判った、もういいっ」 そう叫ぶと踵を返し、店を飛び出したのだった。 結局はどうすることも出来ず、ハボックは家に戻ってきていた。店の者に拒絶されたことがロイに拒絶されたように感じて悔しいやら悲しいやらわけの判らない感情がごちゃ混ぜになって、ハボックは低く唸った。 「チキショウ、大佐なんて肉喉に詰まらせて死んじゃえばいいんだっ」 子供のような憎まれ口を叩いて、ハボックはカッカと頭から湯気をあげるとクッションを拾い上げ投げつける。ひとしきりソファーをクッションで殴った後、部屋の隅に投げ捨ててハボックはため息をついた。 「シャワーでも浴びて寝ちゃおう…」 そう呟くと洗面所へと向かう。乱暴に服を脱ぎ捨てると中へと入りシャワーのコックを捻った。少し迷って、冷たい水のまま頭から被る。ザアザアとかかる冷たい水は、怒りに火照った体を沈めるどころかむしろ熱を煽るようだった。ハボックは暫くの間何もせずに頭から水を被っていたが、トンと背中を壁に預けると目を閉じる。長い脚の間に手を寄せると自身にそっと指を絡めた。 「ん……」 考えてみれば自慰など殆んどしたことがなかった。いつだって性欲を満たす為の相手はいたし、自慰というのはセックス最中相手を煽る為にするものだと思っていたくらいだ。 「アッ……んん……ぅふ…」 いつしかかかる水の冷たさすら感じなくなっていく。今ではハボックの手の中で、中心は高くそそり立ちとろとろと蜜を零していた。 「あん……アア…」 ぐちゅぐちゅと扱きながらハボックはもどかしげに腰を揺らす。男を迎え入れてイくことに慣らされた体は前への刺激だけでは物足りなくて、ハボックは空いている方の手を後ろへと回した。ひくつく入口を指で何度もなぞりそれからゆっくりと沈めていく。ハボックは後ろを指でかき混ぜながらそそり立つ前を扱いた。 「アッ…ふあっ……ア、イくッ………アッアッアッ……た、いさぁ…ッ!!」 ハボックはそう叫ぶと同時にびゅくびゅくと熱を吐き出す。ハアハアと荒い息をつきながら、ハボックはたった今自分が口走った名に呆然とした。 「な、んで…大佐のこと呼んでんの、オレ……」 誰かを思い浮かべて自分を慰めたことなんてなかった。だが、イく瞬間脳裏に浮かんだのはロイの黒曜石の瞳で。 ハボックは流れていく白濁を見つめたままズルズルと座り込む。考えれば考えるほど今の自分が判らなくなった。 「も、ヤダ……教えてよ、たいさ。もう、訳わかんない…ッ」 ハボックはそう呟くと膝を抱えて蹲る。ザアザアと降り注ぐ冷たい水を浴びながら、ハボックは涙を零していたのだった。 |
| → 第二十七章 第二十五章 ← |