幼愛  第二十二章


「よお、ジャクリーンじゃねぇか」
 夕飯の買い物をしていたハボックは突然背後からかかった声に驚いて振り向く。ニヤニヤと笑いを浮かべて立つ顔をどこかで見たことがあったようなと思いながら首を傾げれば男が不満そうに言った。
「忘れちまったのかよ、前に酒場の二階でイイ思いさせてやったろ?」
「あ、ああ……」
 そう言われてみればそんな事があった気がしてハボックは男の顔をマジマジと見つめる。だが浅黒い肌をしたその男と以前会ったことがあるのか、ましてやセックスをしたかどうかということを、ハボックは全く思い出せなかった。
「最近店の方に来てねぇだろ?どうしたんだろうって噂になってんぜ」
「ふうん」
 以前は3日と開けずに通っていた酒場にハボックはロイと一緒に住むようになってから全く顔を出さなくなっていた。それは単に色々とロイの家でやる事があるからと言う理由だけなのだが、意外とセックスをしないでも平気でいられることに気付いてハボックは首を傾げる。
「なぁ、今夜、これからどうだ?可愛がってやるぜ」
 男はそう言うとハボックの耳をカリと噛んだ。ぞくんと背筋を走る甘い痺れにハボックは自分にしては随分と長いこと性欲を満たす行為をしていない事に気付く。さっきまではまるで平気だったのにこうして仕掛けられればたちまち熱くなる体にハボックは震える吐息を吐いた。
「行こうぜ、ジャクリーン…」
 男もそんなハボックの変化を敏感に感じ取ってハボックの肩に手を回す。ハボックはその手に押されるようにフラフラと歩き出したのだった。


 以前は散々に通いつめていた酒場に入れば懐かしい酒と煙草の匂いが鼻腔を満たす。男はハボックの肩を抱くと席には向かわずに2階へ続く階段に足を向けた。
「飲まないの?」
 ハボックがそう言えば男はニヤリと笑って答える。
「久しぶりなんだぜ。酒よりお前を味あわせろよ」
 男はそう言うと2階に立ち並ぶ扉の一つを押し開けた。ハボックの腕を引くと諸共にベッドに倒れこむ。何か言うより早く重なってきた唇にハボックは目を見開いた。
「んんっっ」
 歯列を割って入ってきた舌に己のそれをきつく絡め取られてハボックは呻く。体を這い回る男の手に瞬く間に熱を煽られてハボックは切なげに身を捩った。シャツの裾から入り込んだ手が胸の突起を摘みくりくりと捏ねる。じんわりと広がる快感が中心に熱を集めジーンズを窮屈そうに押し上げるのを見た男が言った。
「今日は随分と早いな。禁欲生活でも送ってたのかよ、何でだ?」
 そう聞かれてハボックはロイの事を思い出した。
(オレが他のヤツとヤってると思っただけて嫉妬に狂いそうになるって言ってたっけ)
 だったら今こうしている事を知ったらロイはどうするのだろう。あの秀麗な顔をどす黒い怒りに歪めるのだろうか。そんなことを考えながら視線を動かせば部屋の入口辺りに投げ出された野菜の袋が目に入った。男に声をかけられた時、ハボックは買い物の途中だったからその時持っていたものがこの部屋に連れ込まれた時に手から離れて転がったのだろう。
(そういや夕飯の買い物してたんだっけ)
 ハボックが作らなければロイはまたピザのデリバリーを取るのだろうか。ふとそう考えたら何だか堪らなくなってハボックは男を押し返す。
「なんだよ、どうした?」
「オレ、やっぱ帰る」
「何で?これからが本番だろう?せっかくイイ思いさせてやろうとしてんのに」
「うん、そうなんだけど…」
 口ごもるハボックを男は引き戻すとボトムを剥ぎ取ってしまった。
「ちょっ…よせよッ」
「溜まってんだろ、お前だって。今更焦らすような真似すんな」
 男はそう言うとハボックの中心に指を絡める。
「アッ…やっ…」
 ビクッと震えて喉を仰け反らせるハボックに男は楽しそうに笑うと扱く手のスピードを速めた。
「あっ…ふっ、ンッ」
 馴染みのあるあの感覚が湧き上がってハボックの体を支配していく。男は喘ぐハボックの様子をじっと見つめていたが、ニヤリと笑うと戦慄く蕾の入口を指先で撫で回した。
「アッ…」
 ビクンと震えたハボックが快楽に霞む目をめぐらせれば再び投げ出された袋が目に入る。ハボックは大きく目を瞠ると今度こそ思い切り男を突き飛ばした。
「ウワッ」
 突き飛ばされた拍子にベッドから落ちて呻く男をそのままにハボックはベッドから飛び降りると剥ぎ取られたボトムを身につける。反応を示し始めていた己を無理矢理ズボンの中に収めると袋を拾い上げた。
「ごめん、やっぱオレ、帰るっ」
 ハボックはそう言うと男の返事を待たずに部屋を飛び出し、階段を駆け下りると店を飛び出て家へと向かったのだった。


「遅いな…」
 ロイはそう呟いて壁の時計を見上げた。いつも仕事の帰りに買い物に寄ってくるので仕事の都合で多少の早い遅いはあるもののここまで遅かったことは今までなかった。一緒に暮らすようになって意外にもすんなりと不特定多数の相手と過ごす事をやめてしまったハボックにロイは驚きを感じつつも酷く嬉しかった。相変わらずセックスの意味も好きの意味も判ってはいないようだったがそれでも自分の住むこの家にまっすぐに帰ってきてくれるのが嬉しかったのだ。だが。
「もしかして…いや、まさか」
 ふと頭をよぎった不安にロイは首を振る。疑ってはいけないと思いつつ、だがこれまでのことを思えばここまで何もなかったのが不思議なくらいなのだ。ハボックが自分の知らない誰かとセックスしてるのかもと思った途端、ロイの心に昏い火が灯る。まだ恋人同士でもないのだからこの嫉妬はお門違いなのかもしれないのだろうが、そうは思っても昏い嫉妬がわきあがって来るのを止める事などできなかった。ロイが苛々と立ち上がりハボックを探しに行こうと出て行こうとした時、ガチャガチャと鍵の開く音がしてハボックが帰ってきた。
「遅くなりましたッ」
「ハボック…」
 言って飛び込んできたハボックの姿にロイはホッと息をついたが、しかし次の瞬間ギクリと体を強張らせた。
「すみません、今すぐ食事の支度しますからッ」
 言って自分の横を通り抜けようとしたハボックの手首をロイは咄嗟に掴む。振り向く空色の瞳に浮かぶ艶にロイは表情を険しくした。
「今までどこで何をしていた?」
「えっ?」
 明らかにギクリと強張った体からは酒と煙草の匂いがした。そうしてそれらを持ってしても隠しきれない色香が。
「誰かと一緒だったのか?」
 そう言うロイの瞳に燃える昏い焔にハボックはゾクリと身を震わせる。思い描いていたよりずっとずっと昏く激しい焔。
「別に大佐に言う必要ないっしょ」
「ハボック…ッ!」
 こんな風に自分にその焔をぶつけられる事がゾクゾクと嬉しいと思ったことは今までにはなかった。あの焔の錬金術師と謳われた男が僅かに自分の上に残る男の影にこんな顔をして見せるなんて。
「やましい事、してないっスもん。むしろ途中でやめちゃったから体疼いてしょうがないんだから」
 そう言えばロイの顔が醜く歪む。ハボックはそんなロイを見つめてワクワクしながら言った。
「そうだ、誰かとしてくるなっていうならここで一人エッチしてもいい?」
「な…ッ」
 ハボックはそう言って笑うとボトムを脱ぎ捨ててしまう。ソファーに腰掛けると脚を大きく広げ既に緩くそそり立っている自身をロイの目に曝した。
「見て、たいさ…」
 ハボックはそう言うとゆっくりと自身を扱きだす。だがロイはズボンを拾い上げるとハボックに投げつけた。
「わっぷっ!」
 顔に被さるそれを首を振って落とすとハボックはロイを見上げる。ロイは怒ったようにハボックを見つめると言った。
「溜まってんならトイレで出して来い、馬鹿者ッ」
 それだけ言うとリビングを出て行くロイの背を、ハボックは目を丸くして見送ったのだった。


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