| 幼愛 第十二章 |
| 「そりゃもう、すっげぇショックだったですよ」 ブレダはそう言って苦笑すると手にしたグラスを握り締める。まるで昨日のことのように浮かぶ光景に緩く頭を振ると続けた。 「ハボックはどっちかって言うと幼かったから。あれくらいの年になると女の子に興味を持ってくるヤツは結構いますけどハボックは釣りしたり虫を捕まえたり、友達とぎゃあぎゃあ喚きながら遊ぶことの方が多かった。それがいきなりあんなこと…」 「確かにそれはショックだったろうな」 少年だったブレダの心情を慮ってロイは言う。ついこの間まで一緒に遊んでいた友人が、こともあろうに伯父に犯されて喘いでいる場面に出くわしてしまったのだ。その時のショックたるや想像に難くない。 「それで、どうしたんだ?」 「どうするもこうするも、とても誰にも相談できなかったです。自分の親には勿論ですけど、ハボックの母親にだって…。アンタの息子が伯父に抱かれてましたなんて、とても言えることじゃないでしょう?」 「…そうだな」 渋々頷くロイにブレダが言った。 「その後は最悪でしたよ。ハボックときたらオナニー覚えた猿みたいに盛っちまって…俺もどうやって止めたらいいのか判んなくて。でも、流石に学校の教師がハボに手出してんの見たらキレちゃいましてね」 そう言って顔を歪めたブレダの心はあの幼い日に帰っていく。目を閉じればまるで今見ているかのようにその光景が目の前に浮かんだ。 人気のない教室で下肢をむき出しにしたハボックを教卓に腰掛けさせ、その中心を咥え込んでいた中年の教師。ハボック自身を唇で嬲りながらその奥を指で犯していた。それを見た瞬間、ブレダは教室に飛び込み教師を殴っていたのだ。顔を殴られた教師は、流石にブレダを咎めることもせず逃げるようにその場から立ち去った。ブレダがとろりと蕩けた表情を浮かべたままのハボックの頬を思い切り引っ張ればハボックはきょとんとしてブレダを見返す。その何も判っていない無邪気な顔にブレダはボロボロと涙を零したのだ。 「やめてくれ、って言いましたよ。あんな風にセックスの意味も判らず体を投げ出すハボックがたまらなかった。そりゃあ俺だってまだガキでしたから、本当のセックスの意味なんて知りゃしませんでしたけど、少なくともハボックのやってる事が褒められたことじゃないってことくらいは判りましたし。大泣きする俺にハボックも“もうしない”って言いましたけど、でも結局その後も触らせるぐらいのことはやってたみたいです。それに家に帰りゃあの伯父さんとかいうのがいましたしね」 そう言ってため息をつくブレダにロイは酒をすすめる。流石に飲まなければ話す気にもなれないようで、ブレダは勧められるままに杯を重ねた。 「親にも誰にも相談できないでいるうち、それでもアイツ、俺が誘えばまた一緒に遊ぶようになりました。そうやって遊んでる間はそんな事が起こる前と変わったとこなんてなくて。だから俺、毎日毎日必死んなってハボと遊んでましたよ。でも、夜になれば家に帰っていってそういうことヤッてる。一度アイツが家に帰るときくっついて行った時があったんです。そうしたら伯父さんってのが出てきて、まるで俺にあてつけるみたいにハボックの肩抱いて引き寄せて。そりゃもう、腹立ちましたけどどうすることも出来なくて」 「ハボックの母親はどうしてたんだ?お前が直接言わないにしろ家の中でのことにいつまでも気付かないはずはないだろう?」 幼児ではないにしろ、まだ完全に親の手を離れてはいない年頃の子供のことだ。母親が黙認していたとは思えず、ロイがそう聞けばブレダはガシガシと頭を掻いた。 「ああ、それ!俺も随分経ってから偶然ハボの母親と顔合わす機会がありましてね。俺、直接会うまではとてもハボの事言えやしないだろうって思ってたんですよ。でも、実際顔見たら見た瞬間怒鳴ってましてね。“なんでハボックを放っておくんだ”って。そうしたら…」 「…そうしたら?」 そこまで言って言いよどむブレダをロイは促す。何となく事情を察せられない事はなかったが、それでもはっきりと知りたかった。 「その伯父って言うのはハボの母親の兄だったんですけど…子供の頃、実の妹だったハボの母親をレイプしたらしいです。結局母親は兄の前から逃げてハボの父親と出逢って結婚したんですけど…」 「追ってきたのか?」 言いにくい事実を引き出すように継ぎ足せばブレダが頷く。 「ええ。俺に詰られて母親もヒステリー起こしちまって詳しい事は判んなかったですけど、追ってきた兄に関係を迫られて拒んだら今度はハボを出せって言われたみたいで。結局わが身可愛さに自分の息子を差し出したってことなんでしょうね」 吐き捨てるように言うブレダにロイも顔を歪める。本来なら守ってくれるはずの母親も、見守ってくれるであろう伯父も、自分の欲望を優先した。母親は自分を守る事を、伯父は己の欲を満たす事を。そして、ハボックの不幸は自分を守ってくれる存在がいなかったことではなく、彼らが優先した欲望がハボック自身の存在より実際にはずっとちっぽけだという事を知る機会がないまま、ボタンを掛け違ってしまった事なのだろう。ハボックは愛情と言うものも、そこから派生する筈のセックスというものも知らぬままにただ快楽を求める事だけを覚えてしまったのだ。 「結局どうにも出来ないまま時間が過ぎていって、進路を決めなきゃいけなくなった時、俺がハボックを士官学校に誘ったんですよ。とにかくここにいちゃ行けないって、どこか子供の俺らでも出て行けるところっていやそこくらいしか思いつかなくて…。どうにも志願する理由としちゃ不純なんですけどね」 そう言って苦笑するブレダは、それでも友人を助けたい一心だったんだろう。ハボックにたった一つ幸運があったとしたら、きっと事情を知っていてすら見捨てようとはしなかったブレダという友人の存在だったのかもしれない。 「まあ、入ったら入ったでもしかして間違ったかもって思いましたけどね。なんせ、発情期のガキどもの群れでしたから」 「だろうな」 その時のブレダの苦労を思えば同情するしかない。ブレダはフォークで皿の上の肉をつつきながら続けた。 「1年のうちはね、まだよかったんです。意外にも手出ししてくるヤツは殆んどいなくて。でも、2年になった時、異動してきた教官がね」 ブレダはそう言ってポツリポツリと数年前のことをロイに話し出した。 「ブレダー、これ教えてっ」 ハボックは二人部屋の扉をノックもせずに開けるなりベッドに腰掛けて本を読んでいたブレダに言う。ブレダは本から顔を上げると目を吊り上げて言った。 「お前さぁ、ノックくらいしろよな。親しき仲にも礼儀ありっつうだろっ」 「いいじゃん、別に。今更なに見られたって平気だろ?オレ、ブレダのケツのほくろの数だって知ってるぜ」 笑いながらあっけらかんと言うハボックに悪気はない。それでも今までの事情があるだけにその言葉の裏を考えてしまう自分がブレダはちょっと嫌だった。 「で、なに?」 ブレダは読んでいた本を脇に置くとハボックを促す。ハボックは持っていたプリントをブレダに差し出すと隣に腰を下ろした。 「これこれ」 「ああ、戦略概論」 「オレ、こういうの嫌い」 ハボックはそう言うとボスンとベッドに倒れこんだ。ブレダは唇を尖らせて天井を睨んでいるハボックの様子にくすりと笑う。 「お前、戦術の方は結構いけるのにな」 「戦場全部のことなんてブレダみたいのがやればいいんだよ。オレは下っ端で十分。それにアイツがさぁ…っ」 そこまで言ってハボックはガバリと起き上がるとブレダを見る。垂れた目を思い切り吊り上げると言った。 「今年からここに来たフォルベック!アイツ、すげぇオレの事目の仇にしてんだもん。オレ、なんかした?」 ハボック達が2年に進級すると同時に異動してきたフォルベックは黒髪に緑の瞳の偉丈夫だった。軍人としてもかなりの才があったらしいが、先の戦争で脚をやられて第一線を退き後進を育てるべく士官学校の教官に身を転じたのだ。 「お前がやたらやる気のない言動して見せるからじゃねぇの?あの人、なんかお前に期待してるみたいだし」 「過度の期待は迷惑だっての。オレ、別に戦場で手柄を立てたいとか、英雄になりたいとか思ってねぇもん」 そもそも士官学校に入った動機が動機だ。ハボックにしてみれば士官学校は食事と寝る場所を与えてくれるところにすぎない。それでもここ最近成長して体格的にも恵まれてきたハボックは本人が自覚している以上に兵士としての勘に群を抜いたところがあり、一部の教官からは結構期待されていたりするのだが。 「オレ、学校やめようかなぁ」 「おいっ」 「っていうと、ブレダが怒るからやめないけど」 ギョッとするブレダにハボックはそう言って笑うとベッドの上で膝を抱える。膝の上に頬を載せると呟いた。 「なんか面白い事ないかな…」 「今度の休みに許可とって街に出るか?」 「そういうんじゃなくて…」 ハボックはそう言うとため息をつく。日々の訓練の中、意外にもその大部分をのらりくらりとこなしてしまっていたハボックが、刺激のない生活にいい加減倦み始めていた事にブレダはまだ気付いていなかった。 |
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