八雷神  第八章


「ちょっと待って。これを使おう」
 ハボックはそう言うとベルトに通したポーチの中から細長い棒状のものを取り出した。
「なに?」
「超小型投光器。フュリーの新作」
 そう言うハボックの手からミランダはそれを取り上げる。
「投光器?随分小さいのね。でも、さっきまでは使わなかったじゃない」
 必要あるの、と聞くミランダにハボックは答えた。
「レールの上は別に前が暗くてよく見えなくても困ることはないけど、河の上はそうは行かないだろう?岩やら流木やらあるかもしれないし。それにこの河、流れが急だしな」
「でも、灯りを点けたら見つけてくれと言っているようなものだわ」
「河の上を灯りもなく行く危険とどっちをとるかって言われたら、オレは迷わず灯りをつけるよ」
 そう言われてミランダはハボックの顔を見る。暗闇の中でグレーに見える瞳を見つめてにこりと笑った。
「判った、灯りをつけましょう。これ、どのくらいもつの?」
「1時間チョイかな」
「下りだしてから点けたほうがいいわね?」
「ああ」
 ミランダからライトを返してもらうとハボックは一度それをポーチに収める。力を合わせて川岸までボートを運ぶと二人は河の流れを見つめた。
「思ったよりかなり急ね」
「昨日、雨が降ったろ?増水してる」
 ハボックはそう言ってミランダを見た。
「乗って。河まで押すから」
 ミランダは情けなさそうに顔を歪めると天を仰ぐ。
「神頼みする軍人なんてサイテーだわ」
 そう言いながらもなにやら二言三言呟いてミランダは船に乗り込んだ。ハボックからライトとオールを受け取ると河を見つめる。
「いつでもいいわよ」
「オッケ」
 ハボックは肩を船のヘリに当てるとグイと押し込んだ。ずるずると河岸を滑った船は、段々と勢いを増して河へと滑り落ちていく。ハボックは体を起こすとヘリを掴んだまま数歩走り、そのまま船に飛び乗った。
「落ちるぞっ」
「私、絶叫マシンは嫌いなのっ!」
 ミランダがそう叫んだ途端、ふわりと船が宙に浮いて。
「キャアアアッッ」
 バシャアアアアン―――ッッ!!
 盛大な水しぶきを上げて船は河へと飛び込んでいった。


「うそっ!浮いてるっ!!」
 船のヘリにしがみ付いていたミランダは流れに乗って走り出すそれに驚きの声を上げる。オールを手にしたハボックは思い切り嫌そうに顔を顰めた。
「船なんだから浮いて当然だろっ!そんなことより灯りっ!」
「ああ、はいはい」
 ミランダは答えてライトのスイッチを入れる。闇の中、灯りに照らされた河の流れが黒く浮き上がって見えた。
「凄い、早いわね、このまま追っ手を振り切れるんじゃないの?」
「そう上手く行けばいいけどね」
(途中蛇行してるからな。まっすぐ車で行く相手とどっちが早いか)
 ハボックは河の流れを見つめながらさっき見た地図を思い出して考える。目の前に岩が迫ってハボックは器用にオールを突くと、岩を避ける流れに船を乗せた。
「大佐もきっとこっちに向かってくれてるはずだから」
 ハボックが言うとミランダが意外そうに目を瞠る。
「あら、大佐が先頭きって乗り込んでくるの?それって拙いんじゃない?」
 ミランダの言葉にハボックが苦笑して答えた。
「そういう人なんだ」
 ハボックの脳裏にロイの黒い瞳が浮ぶ。
(早く大佐のところへ帰るんだ)
 ハボックはそう考えて急流の中、オールを動かし続けた。


「ヤツらが乗ってたトロッコがありました!」
「探せ!何か痕跡があるはずだっ!!」
 銀髪の男はそう叫んでギリと唇を噛み締めた。
「あの、若い錬金術師め…っ」
 自分が打ち込んだ砲弾を雷撃で爆破した上、爆発から身を守る為、闇の中雷のカーテンを描き出した金髪の軍人の姿を思い起こして、男は腸が煮えくり返るような気分になる。
「ぶっ殺してやるっっ」
 銀髪の男がそう呻いた時、部下のテロリストの声がした。
「ここに錬成陣が!」
 声のするほうへ走っていけば足元にはチョークで書いた錬成陣が残されている。男はしゃがんで錬成陣に目を走らせていたが、すっと立ち上がり昏い川面を見つめると言った。
「地図を持って来い」
 そうして差し出された地図を調べると部下達に声をかける。
「先回りするぞ。今度こそ捕まえる!」
 男の言葉にそれぞれに頷き、テロリスト達は車に乗り込むとハボック達の後を追って闇の中、走り出していった。


「中尉。ここを見てくれ」
 ロイは広げた地図の1点を指していう。ホークアイはその指差す先を見た。
「この河、途中暫く蛇行しているんだ。その蛇行が終わるのがこの辺り。河の流れも穏やかになってくる」
「ここで合流するんですか?でも少尉にはどうやって連絡を?」
「ハボックも必ずそこで合流しようと考えるさ」
 ロイはそう言ってホークアイを見る。
「テロリスト達もな」
 その言葉にホークアイが僅かに目を瞠った。
「誰が一番早くつくか、時間との勝負だ」
 ロイはそう言うとシートに体を預け腕を組むと目を閉じたのだった。


「きゃっ!うわっ!やんっ!!」
 ミランダは船の上で跳びはねる体をへりにしがみ付いて必死に留めながらライトを川面に向け続ける。ドオンという水音と共に船がふわりと宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には波と波の間に沈んでいた。
「ちょっと、凄い事になってないっ?!」
「蛇行してるからな、仕方ないよっ」
 ハボックは最後の言葉を吐き出しながらオールでガツンと流木を突く。ちらちらと動くライトの灯りが照らす先を必死に見つめながら息を吐いた。
「よく沈まないもんだわ、少尉の錬金術も大したものよ」
「ははは、そりゃどうも」
 素直に喜んでいいものか悩んだものの、ハボックはとりあえずそう答える。もういい加減、オールを握る手は痺れ、船底に踏ん張る足は疲れてきていた。
「演習の中にボートの操作っつうのも入れたほうがイイかも…」
「え?なに?」
「いや、こっちの話」
 ハボックはそう答えると、オールをグッと握りなおしたのだった。


→ 第九章
第七章 ←