八雷神  第七章


「おいっ、何をしているっ!とっとと起きろっ!!」
 銀髪の男は近くに倒れている仲間達を蹴りつけると怒鳴る。呻き声と共によろよろと起き上がった男達に、銀髪の男が言った。
「ぐずぐずするなっ!後を追うぞっ!!」
「…むちゃ言わんでくださいよ。大体あんな錬金術師がいるなんて話、聞いてませんぜ」
 不服そうに言う男に周りにいた数人が頷く。銀髪の男は弱気になっているテロリスト達をジロリと睨むと言った。
「あんな錬金術師の一人くらいいたからなんだというんだ。大体相手は二人だぞ。アイツらが持っているディスクを手に入れられれば軍に大きな痛手を負わせることが出来るんだ」
 銀髪の男はテロリスト達の顔を見渡すと言葉を続ける。
「判ったらさっさと後を追いかけるぞ。車のチェックをしろ!イーストシティに近づく前に捕らえるんだ!」
 その声と共にテロリスト達はバラバラと散らばった。車の破損箇所をチェックし、準備を整える。
「行くぞっ!!」
 そうしてテロリスト達はハボック達の後を追って闇の中を走り出したのだった。


「ねぇ、この後はどうするの?きっとまた追ってくるわよね」
 ミランダが赤みがかった茶色の髪を束ねながら尋ねる。ハボックはポケットの中から地図を取り出すと、バサバサと風に煽られるそれを台車の床に押さえつけながら言った。
「さっきちょっとした丘を回って線路がカーブしてたろ?たぶん、それがこの辺。あれから10分程度走ってるから、今はこの辺だと思うんだ」
 ハボックは地図の中を指差す。
「ここに河があるだろう?あと5分ちょいで線路が一番その河に接近する」
「河を下るの?でも、船がないわよ」
 ミランダはそう言うとハボックの顔を見た。
「…まさか船を錬成するって言うんじゃないでしょうね」
「…錬成するって言ったら?」
 ハボックの言葉にミランダが大きく息を吸う。その息と共に大声を出してミランダはハボックの提案を却下した。
「あのね、陸だったらいいわよ、たとえ車の底が抜けてもそこは地面だから。でも、水の上ではそうはいかないわ。失礼だけど、少尉、物質錬成はあまり得意じゃないんでしょう?水に浮かべた途端沈むような船に乗るのはごめんだわ」
 言いにくいことをズバズバと言ってのけるミランダにハボックは苦笑する。
「でも、線路の上をこの台車でチンタラ行くより河の上をボートで行ったほうが早い。このままだと追いつかれるのは時間の問題だし、さっきはたまたま上手くよけられたけど、今度はどうなるか判らないし」
 ハボックの言葉にミランダは綺麗な眉を顰めた。それからハボックのことをじっと見つめる。
「沈まない船を錬成してくれるんでしょうね」
「オレも一緒に乗るんだからさ」
 沈む時は一緒デショ、と言うハボックにミランダは大袈裟にため息をついた。
「もう、こんな事になるなんて、中佐から聞いてないわ。帰ったらとっちめてやるんだから」
 そう言ってミランダは前方の闇を透かした。
「そうと決まったらさっさとしましょう。もうそろそろ少尉が言っていた地点に差し掛かるでしょう?」
「ああ、それでさ、もう1つ相談なんだけど」
「なに?」
 不安そうに聞くミランダにハボックはにっこりと笑う。
「この台車、ブレーキついてないんだ」
「…錬成しなさいよっ!」
「ちょっと難しいかなぁって」
 頭をかきながらへらりと笑うハボックにミランダが思い切り顔を歪めた。
「サイッッテーーーッッ!!」
 レールを走る台車の軋む音すらかき消すように、ミランダの叫び声が響き渡った。


「中尉、地図を見せてくれ」
「はい」
 ロイに言われてホークアイは地図を差し出す。ロイはガサガサとそれを広げると薄闇の中、じっと見つめた。
「少尉は列車のレールを使ってこちらに向かってくるのではないのですか?」
「うむ…」
 ロイはホークアイの言葉に相槌を打ちながら考える。もし、自分がハボックだったらどうするだろう。追っ手のかかる中、レールの上をただひたすらイーストシティに向けて走ってくるだろうか。たとえハボックが車両のようなものを上手く錬成できたとして、だがそれはおそらく至極簡単なものであるはずだ。そうなるといつまでも追っ手の先を走っていられるとは思えない。遅かれ早かれ追いつかれ、そうなれば逃げるのは至難の業だ。そう考えた時、ロイの視線が地図の中の一点で止まった。
「河がある」
 そう言ってロイが指差す先をホークアイも覗き込む。
「おそらくハボックは途中までレールを使ってきた後、この河の流れに乗ってくるはずだ」
「確かに河の上ならエンジンがなくてもある程度のスピードで進めますね。この河は流れが急なことでも有名ですし」
「それだけに危険も伴うがな」
 だが、ハボックならきっとこの河を使うはず。ロイはそう思うとホークアイに言う。
「この河に向かってくれ。ハボックと合流できそうな地点を探す」
「判りました」
(待ってろ、ハボック)
 ロイは地図に目を落とすと一刻も早くハボックを助け出せる場所を探そうと食い入るように地図を見つめたのだった。


「いてててて…」
 ハボックは呻き声をあげると腕の中のミランダを見る。動こうとしないミランダの赤みがかった茶色の髪をかき上げるとその顔を覗き込んだ。
「生きてる?」
「…死んだ方がマシかも知れないわ」
 ぼそりと怒りのこもった声で答えるミランダにハボックはホッと息をつく。
「もう、あっちこっち痛くて堪んないわ。セントラルに帰ったら特別手当を要求するわよっ!」
 ミランダはそう言うと呻きながら立ち上がった。
「テロリスト達にも一発お見舞いしてやらないと気がすまないわ。で、少尉。船を錬成するのに何が必要なの?」
 髪をかき上げながら緑色の瞳をキラキラと輝かせてそう言うミランダは本当にタフで魅力的だとハボックは思う。ブレーキのない台車から飛び降りると言った時、ミランダは文句を言いはしたが臆することはなかった。
「あっちに低木の繁みがある。あそこで調達しよう」
 ハボックがそう言えばミランダが頷く。二人はあちこち打撲を負いながらもそれでもしっかりとした足取りで繁みへと近づいていった。
「枝とか蔓とか、そんなもの集めてくれる?」
「わかった」
 ハボックの言葉にミランダは頷くと腰のホルダーからナイフを引き抜く。二人で手早く作業を続け、小山になる程度の材料を集めた。ハボックは平らな場所を見つけるとチョークで錬成陣を描く。
「ええと、どうだっけな…」
「ちょっと!浮かべた途端沈むようなの、錬成したら承知しないわよ」
「少しは泳げるんだろ?」
「あのねぇ」
 むぅと唇を突き出すミランダにハボックはくすくす笑うと言った。
「ちょっと離れてて」
 ミランダが数歩離れるのを確認すると、錬成陣に手をつく。カッと眩い光が消えた後には四角い木枠で出来た箱が出来ていた。ミランダは出来上がったものをじっと見つめていたがぼそりと囁くように言う。
「ねぇ、これ、棺おけじゃないの?」
「えーっ、棺おけにしちゃデカイだろ?」
「どう見たってデッカイ棺おけにしか見えないわよっ」
 きっぱりと言いきられてハボックは錬成陣についた手の上にへたり込みながら言った。
「仕方ないじゃん、材料だって限られてるんだしさ、オレだってこれでも一生懸命…」
「ああもう、悪かったわよ。少尉は頑張ってる、感謝してるわ」
 ミランダは慌ててそう言って、だがハボックの錬成した船を見つめるとため息をつく。
「でもやっぱり縁起悪いわね、これ」
「どうせオレが錬成するもんなんて…っ」
「ああ、ごめんっ!いいのよ、沈みさえしなければ、沈みさえ!」
 そう言いながらもミランダの心は不安でいっぱいだった。
(ホントに沈まないんでしょうね)
 このまま墓に埋められたのではシャレにならない。それでもこれで行くしかないのだ。
「ほら、少尉。イジケてる暇なんてないわよ。さっさと行きましょう」
 ハボックをイジケさせた張本人はキッパリと言うと、オールを手に取ったのだった。


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