八雷神  第五章


 セントラルからイーストシティに向かう列車が襲撃を受けたとの第一報がロイのところへ届いたのは、もうすっかり太陽が沈み、夜空に星が輝く時分だった。
「どこで襲撃されたって?」
「イーストシティから直線距離で500キロほどのベルナベウ草原に入って少しのところです」
「ベルナベウ?確かか?」
 告げられた名前にロイは眉を顰める。計画ではもっとイーストシティに近い場所で襲撃するはずだ。ロイは指を口元に当ててほんの少し考えていたが受話器を取ると番号を回す。なかなか出ない相手に苛々と机を指で叩いていたロイは受話器の向こうから声がした途端、怒鳴りつけるようにして言葉を発した。
「私だ。ランツァ中尉はどうした」
『中尉でしたら予定の場所で待機中です』
「待機中…それじゃ…」
 受話器の向こうで呼ぶ声も耳に入らず、ロイは呆然と宙を見つめる。
「それじゃハボックの乗った列車を襲撃したのは…」
 本物。
 そう呟くとロイはガタンと立ち上がり執務室を飛び出した。
「車を回せっ!」
「え、でもまだまともに情報が…」
「待ってたら間に合わん」
 ロイがそう言って司令室を出ようとしたとき、戻ってきたホークアイと鉢合わせる。
「大佐」
「今回は行くなと言っても聞かんからな」
「私も行きます」
 止めるどころか一緒に行くというホークアイをロイは驚いて見つめた。
「片棒を担いだのは私ですから」
 ハボックに自信をつけさせたいと言ったロイに頷いたのはホークアイだった。二人は頷き合うと肩を並べて司令室を足早に後にしたのだった。


「ここでちょっと待ってて」
 ハボックはそう言うとミランダを置いて車両のデッキへと向かう。そこから外を窺えば薄闇の中蠢く人影が見えた。ハボックは急いで中へ取って返すとミランダに言う。
「ここから出よう。イーストシティに向かう」
「イーストシティにって…一体何キロあると思ってるの?歩いてなんてとてもムリだわ」
「何か方法を考えるよ。とにかくこのままここにいたら身動きが取れなくなる」
 ハボックはそう言うと武器を確かめた。ミランダは不安そうながらも同じように自分の装備を確かめる。ミランダに頷くとハボックは彼女を連れて後部デッキへと向かった。隣の車両との間に出ると、手すりを伝って地面へと下り立つ。ミランダに手を貸して彼女も下に下ろすと身を隠すようにして車両沿いに歩き始めた。列車を襲撃した者たちが車両の中に乗り込んで乗客たちになにやら怒鳴っているのが微かに聞こえる。
「何人くらいいるのかしら」
「さあね。何人だろうがこっちに不利なことには変わらないよ」
 ミランダの問いにハボックは素っ気なく答えると静かに、だが出来る限り急いで車両の前の方へと向かって行った。時折あたりに目をやっては落ちた車両の部品やら鉄片やらを拾って、脱いだ上着をザック代わりに集めていく。二人はようやく列車の一番前の車両まで辿りつくとそっと後ろを振り向いた。まだ気づかれていないことを確かめるとミランダはハボックが集めた鉄くずにしか見えないものを見てため息をつく。
「どうするの、それ」
 とてもそれが何かの役に立つとは思えない。ハボックは何も言わずに手にしたそれを地面に下ろすとズボンのポケットに手を突っ込んだ。そこからチョークを取り出すと地面に手早く錬成陣を描いていく。描き終えたその中心に鉄くずを置くと、両手を地面についた。
「物質錬金って殆んどやったことないんだけど…」
 不安そうにそう呟くのと同時に陣が白い光を放つ。光が消えたその中心にはちょっと形の歪んだ車のついた台のようなものが現れた。
「…これ、棺台じゃないの?」
「えっ、一応トロッコくらいのつもりだったんだけど…」
 僅かな材料から錬成したそれは線路を走るための車輪と人が乗るためのスペース、そしてスピードを調整する為のレバーがついている。
「取りあえず、歩くよりは早いからさ」
 ハボックはそう言うとミランダの手を借りてそれを何とか列車の前に伸びるレールに載せた。
「なんか縁起悪いわね」
 嫌そうにそう呟くミランダにハボックは情けない顔をして、それでも彼女を台車に乗せると渾身の力を込めてそれを押す。ギィッと音がしてレールの上を滑り出した台車に飛び乗ると、ハボックとミランダはイーストシティに向けて、一路走り出したのだった。


「ハボックから連絡は?」
「今のところは何も」
 返ってきた答えにロイはどさりとシートに体を預ける。一緒に車に乗り込んでいたホークアイはロイに向かって言った。
「錬金術のことはともかく、少尉には危機を切り抜けるだけの力と度胸があります」
「それは判っている」
 ハボックが一人なら、むしろ安心だ。持ち前の度胸と技術でなんとか切り抜けるだろう。だが、今回ハボックには任務がある。セントラルからディスクを持った将校を無事ロイの元まで送り届けると言う、ハボックだけが信じている任務が。ハボックはもはやなんの重要性もないデータを守る為に、きっと無茶をするに違いない。
「なんだってこんな事に…」
 自分はただハボックに自信をつけて欲しかっただけだ。それが一体どこでどうしてこんな事になってしまったのか。
(私が行くまで無茶するなよ…)
 ロイはそう考えて唇を噛み締めたのだった。


「おいっ!ここにこんなものがあるぞ!!」
 列車を襲ったテロリスト達は目指す人物が乗っていない事が判ると列車の周りを調べまわっていた。その中の一人が地面に残された錬成陣を発見して仲間を呼び集める。
「これは…錬成陣だな」
「錬成って、何を錬成したんだ?」
 そう聞かれて錬成陣を見つめていた銀髪の男がゆっくりと立ち上がった。闇を透かして伸びるレールを見つめると唇を歪める。
「レールに載せる台車か何かを錬成しやがったんだ」
 忌々しそうにそう言うと、銀髪の男は仲間達に向かって声を張り上げた。
「この列車はもういい、放っておけ。肝心のデータを持ったヤツはここにはいない。全員で後を追うぞっ!!」
 そう叫ぶ男に答えてテロリスト達が雄叫びを上げる。3台の車に分乗すると、テロリスト達はハボック達の後を追う為、線路に沿って走り出した。


「ねえ、もっとスピード上がらないの?」
「これで精一杯」
 不安そうに後ろを振り返りながらミランダが言う。空色の瞳でまっすぐに前を見据えたまま、過ぎる風に金色の髪をなびかせてハボックはレバーを調整しながらそう答えた。
「もっと立派なの、錬成すれば良かったのに」
「無茶言うなよ。ろくに材料がなかったろ?」
 あの僅かな材料でよくこんなものが錬成できたものだと、過去の実績を思い返してハボックにしてみれば自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだ。だがミランダは不満そうに眉を顰めるとぼそりと呟いた。
「マスタング大佐に師事してるって言っても大したことないのね。それともマスタング大佐自身が噂ほどの人じゃないってことなの?」
 ミランダの言葉に深く傷ついて、それでもハボックはミランダをちらりと見ると言う。
「オレがたいしたことないのは確かだけど、大佐は凄い人だよ。大佐のことを悪く言うのはやめてくれ」
 そう言うハボックの顔の険しさに自分の失言を悟ってミランダは俯いた。
「ごめんなさい。とても不安で、私…」
 そう言って唇を噛み締めるミランダにハボックは優しく笑う。
「判ってるよ、オレのヘボさを見たら不安になるのは確かだろうし、でも、君の事はちゃんと大佐のとこまで連れていくから」
 だから安心して、そう言って目を細めるハボックの優しい顔にミランダも僅かに顔を綻ばせた。
「ええ、信じてるわ」
 ミランダはそう言うとレバーを握るハボックの手に、己の手をそっと重ねたのだった。



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