八雷神  第四章


「えっ、護衛?」
「そうだ。情報部の将校がヒューズのところから機密事項の入ったディスクを持ってくる事になっている。その護衛 をお前に頼みたい」
「いっスけど、でもヒューズ中佐の方でつけてもらったほうが早くないっスか?」
 ハボックが咥えた煙草をぴこりと動かしながら言うとロイが答える。
「そのディスクを狙ってる連中の中に錬金術師がいるという情報があってな」
「えっ?!」
「こちらも錬金術を使える者がいいだろうということになったんだ」
 さらりとそう言って話を進めようとするロイにハボックが慌てて声を上げた。
「待ってくださいっ、たいさっ!そんなんだったら他のヤツにして下さいよっ!錬金術師が必要なんでしょっ?」
「お前も錬金術師だろうが」
「ムリっ!オレまだ修行中ですもんっ!」
 顔の前でブンブンと手を振るハボックをロイは呆れたように見つめる。
「お前な、戦時下で修行中だなんて言い訳が通ると思ってるのか?少しでも使えるヤツは使うのが常識だろう」
「でっ、でもっ、もしそのディスクが奪われることになったら…」
「重要な情報が漏れることになって、お前を派遣した私の責任も問われるだろうな」
「たいさっっ!!」
 そんな重大な任務に自分を派遣しないで欲しい、ハボックが本気でそう思ってロイに思い直すよう言おうとした時。
「このロイ・マスタングの弟子としてその腕をふるってくれ」
「…っっ」
 そんな風に言われてしまってはハボックとしては最早嫌だとは言えなかった。
「期待してるぞ、ハボック」
 そう言うロイにハボックは力なく敬礼を返すことしかできなかった。


「おうっ、少尉、久しぶりだな。元気してたか?」
「ええ、まあ」
 護衛の為セントラルにやってきたハボックを執務室で出迎えたヒューズは、ぼそりとそう答えたハボックに眉を跳ね上げる。
「…元気ってカンジじゃなさそうだな。どうしたよ」
「別にどうもしてないっスよ、いたって元気っス」
 そう言って笑顔を作るハボックをじっと見つめていたヒューズだったが、ちょっと肩を竦めると傍らにいた女性将校を
呼んだ。
「ミランダ・ベーツ少尉だ。護衛すんのがこんな美人で俄然やる気が沸いてきたろ?」
 にやにやとそう言うヒューズに、だがハボックは力なく笑う。
「ジャン・ハボックです」
「ミランダ・ベーツです。どうぞよろしくお願いしますね」
 にっこり笑って差し出された手を握り返してハボックはロイの為にも頑張るしかないと自分に言い聞かせた。


「ヒューズ?ハボックはもうそっちを出たのか?」
『ああ、お前さんの言うとおりディスク持った美人と一緒に出発したぜ』
「…美人に持たせろと言った覚えはないぞ」
 不愉快そうにそう言うロイの耳に受話器越しにヒューズのため息が聞こえた。
『いいのか?もし、ホントの事言ったら傷つくと思うがな』
「アイツには自信が必要なんだ。自信さえつけば上手く出来るようになる」
『自信をつける前に失敗したら?それこそ目も当てられないぜ』
「失敗なんてするもんか。そのために嘘の護衛任務に付かせたんだから」
 ムッとして言い返すロイにヒューズがもう一度ため息をつく。
『くれぐれもワンコに気づかれるなよ。マジで傷つける事になるぞ』
「…言われなくたって判ってる」
 ロイはそれだけ言うと叩ききるように受話器を置いた。ロイはハボックが錬金術を上手く扱えないのは自信がないからだと思っていた。何かのきっかけで自信を持てるようになればきっと上手く扱える筈。そこでロイはヒューズに頼んで嘘の護衛任務を仕組んだのだ。重要な機密データのディスクを持った人物を護衛中に錬金術師を含む一味に襲われ、それをハボックが錬金術で叩きのめすことが出来ればきっと自信に繋がる。勿論、ディスクの中身はもうとっくに重要性はなくなったデータだし、ハボック達を襲う一団も本物ではない。錬金術は流石に本物だが、それだってハボックを本気で傷つける意志もないのだから万が一にもハボック達に害が及ぶこともない。
「力はあるんだ。自信さえつけばきっと…」
 ロイはそう呟いて窓の外に広がる綺麗な空色を見上げたのだった。


 イーストシティに向かう列車に腰掛けてハボックは小さくため息をつく。
(大体そんな重要機密持ってる人物の護衛にオレ一人でいいのかな)
 しかも狙っているのは錬金術師を含む連中だという。
(万一うまく錬金術が使えなかったら…)
 ハボックは一瞬そう考えて慌てて首を振る。
(そんなこと考えちゃダメだ。オレが失敗したら大佐に迷惑がかかる)
 責任問題と、そしてなによりプライドの高いロイの顔に泥を塗る事になる。ロイ・マスタングの弟子というのは大したことないと。
(絶対上手くやるんだ。そのために一生懸命練習してきたんだから)
 ハボックがそう考えていると向かいに座ったミランダが口を開いた。
「ハボック少尉は錬金術をマスタング大佐に師事されているの?」
「えっ、ああ、まあ…」
「凄い、マスタング大佐に直々に教えて頂いてるなんて、よほど錬金術の才能があるのね」
 目を輝かせてそう言うミランダにハボックは苦笑する。だがここで才能がないなどと言ったら今回の護衛任務の能力自体を問われそうで、ハボックは何も言わずに笑うしかなかった。何も言わないハボックの態度を謙遜しているのだと受け止めて、色々と話しかけてくるミランダに答えながらハボックは頭の中で懸命にこれまでやってきたことを復習っていたのだった。


 列車は順調に走り、何事もなく時は過ぎていく。セントラルは遠く後ろに過ぎ去り列車は東部へと入っていた。本を広げているミランダを目の端に捕らえながらハボックは席を立つと前後の車両の様子を再確認した。
(このまま何事もなく終わってくれないかな…)
 ハボックがそう思った時。
 ドオオオンッッ!!
 大地を揺るがすような音が鳴り響くと共に列車が大きく傾いだ。
「うわっ!」
「きゃああっっ!」
 ハボックは咄嗟に座席の背にしがみつくと腕を伸ばしてミランダの体を掴む。ギャギャギャと嫌な音を響かせて列車が傾いだままレールの上を走っていった。
「くそっ」
 このまま横倒しになれば甚大な被害は免れない。ハボックは腕で座席を抱え込むようにすると手を差し出して指を擦り合わせた。バチッと雷撃が走って傾ぐ列車のすぐ横の地面が吹き飛ぶ。その衝撃で倒れ掛かっていた列車はなんとかその車輪をレールの上へと戻した。ハボックはホッと息を吐くとミランダの体を離す。列車は徐々に速度を落とし、やがて駅でもないところでゆっくりと止まった。
「ケガないっスか?」
「ええ、大丈夫」
「ディスクは?」
「それも大丈夫よ」
 ミランダとディスクの無事を確認するとハボックは列車の外を見る。夕闇の迫る草原の真ん中で立ち往生する列車の中でハボックはこの先どうするかを考えて、唇を噛み締めたのだった。


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