八雷神  第二章


「大佐、市民からの通報で、河で爆発があった模様です」
 フュリーの声に書類から顔を上げてロイが聞き返す。
「爆発?」
「はい。通報によりますと稲光のような光が走った後、川面が数十メートルも噴き上がったとか」
「…稲光」
 フュリーの報告を聞いてロイは眉間に皺を寄せた。
「中尉」
「一生懸命練習してたんですわ」
「どこでやってるんだ、アイツは」
 ため息をつきながらそうぼやいたロイはフュリーに向かって言う。
「その件はもう心配いらないと言っておけ。これ以上何も危険はないからと」
「Yes, sir!」
 フュリーは若干不思議そうな顔をしたがそれでも敬礼を返すと席へと戻る。その背を見送ってロイは立ち上がるとホークアイに言った。
「中尉、すまないが…」
「あまり怒らないでやってください」
「…努力はしよう」
 ロイは天を仰いでそう言うと執務室を出て行く。警備兵に車を回すよう伝えると家へと向かったのだった。


 逃げるようにして家に帰ってきたハボックは一段飛びに階段を駆け上がると寝室へと飛び込む。ベッドの中に潜り込むとブランケットを被って小さく縮こまった。
「も…絶対クビだ…」
 そう呟くと鼻の奥がツンとする。今まで一生懸命やってきたが、やはり自分には錬金術の才能などなかったのだ。それを無理して背伸びするからいけないのだ。ハボックはそう考えてギュッと手を握り締める。
「せっかく大佐が教えてくれたのに…」
 ハボックが1つ覚える度ロイはとても嬉しそうにしていた。小さな子供が親に褒められるのを喜ぶように、ハボックもロイに褒められたくて教わったことを一生懸命に理解し、実践しようとした。その努力も最初はきちんと実を結んでいたのだ。だが。
「このままやってたって大佐の顔に泥塗るようなもんだもの…」
 ロイの期待に答えられない自分が情けなくて仕方ない。ハボックはすんと鼻を啜るとブランケットを引き寄せ小さく身を縮めたのだった。


 ガチャリと家の鍵を開けて中へと入ったロイは、ハボックの姿が見えない事にため息をつく。2階への階段を見上げて、ロイはゆっくりと階段を上がっていった。寝室の扉の前に立つとちょっと考えて、それから軽くノックをする。
「ハボック?」
 少し待っても応えがない事にひとつ息をつくとロイは構わず扉を開けた。
「入るぞ」
 そう言って中へと入ればベッドの上にブランケットの山が1つ。ロイはベッドの淵に腰をかけるとそっとブランケットの山に触れた。
「ハボック」
 ロイの声にびくりと震えるそれをそっと撫でながらロイは言う。
「練習してたのか?あそこで」
 答えないハボックにロイは言葉を続けた。
「努力は認めるが、市民に危険が及ぶかも知れないところで練習するのは感心せんな」
 ロイの言葉にブランケットの中から小さな声がする。ロイはよく聞こうとブランケットに耳を寄せた。
「もう、やめます。錬金術…」
 そう言うハボックにロイはがばりと身を起こす。
「なんて言った、ハボック」
「も、やめます…っ」
 その声を聞いた途端、ロイはバッとブランケットを捲りあげた。
「ハボック、お前っ!」
「だって、オレには無理ですもんっ!!」
 涙をいっぱいに溜めた空色の瞳にロイは怒鳴ろうとしていた言葉を飲み込む。
「オレには出来ないっス。このまま続けたって大佐の顔に泥塗るようなもんっスから」
 だからやめると言うハボックをロイは睨みつけると言った。
「ちょっと出来ないからってやめるだとっ?私の顔に泥を塗るようなものだなんて誰かが言ったのかっ?」
 そう言われてハボックはふるふると首を振る。
「言われてないっスけど、でもすぐ判ることじゃないっスかっ!どんなに頑張ってもオレ、ちっとも進歩しなくてこんなオレが大佐の弟子だなんて…っ」
 大佐に迷惑が掛かる、ハボックは俯いてそう呟いた。ロイはそんなハボックの姿にカチンと来るとハボックの襟元をぐいと掴む。
「何が迷惑が掛かるだっ!いつもの生意気なほど不遜な態度はどうしたっ!」
「だって、オレ…っ」
「いい加減にしろっ」
 ロイはそう言うとハボックを突き放すと立ち上がった。
「見損なったぞ、ジャン・ハボック。お前はどんな困難なことにも向かっていく気概の持ち主だと思っていたが、どうやらそうではないようだ」
 ロイはそう言うとハボックを冷たい目で見下ろす。
「こんな男を弟子にしていたのかと思うと情けなくなってくる」
「たいさ…っ」
 冷たい光を放つ黒曜石の瞳に、このまま切り捨てられてしまうのかとハボックの心に恐怖が走った。
「オレっ…オレはっ」
 どう言っていいかも判らぬままロイの上着の裾を握り締めるハボックをじっと見つめるとロイは言う。
「ハボック。焦る必要などないんだ。私や鋼のが一体どれだけの月日を費やして錬金術を身につけていったと思う?お前はまだ錬金術を始めたばかりだろう。むしろ瞬く間にこれだけのことが出来るようになったこと自体凄いことなんだぞ。これから先はゆっくりでいいんだ」
 ロイはそう言うと裾を握り締めるハボックの手を取りベッドの淵に腰掛けた。それから小さな子供を諭すようにハボックの瞳を見つめながら言う。
「まだ先は長い。私の目指すところはまだまだ遠い所にある。焦らなくても必ずお前の力が必要になる時がくるから」
 だからその時までゆっくり力を蓄えてくれればいい、そう言うロイの肩口にハボックは顔を寄せた。
「たいさ…っ」
「大丈夫、お前ならきっと出来るから」
 ロイは自分に縋りついてくる金色の頭を愛しげに撫でる。
「大丈夫だ」
 そう言えば涙に濡れた空色の瞳がロイを見つめて。ロイはハボックの顎を掬うとそっと口付けていった。


「川岸では何を練習していたんだ?」
 ロイに聞かれてその肩に頭を預けたままハボックが答える。
「離れた所にある枝を弾き飛ばす練習を。最初の方は上手くいってたんスけど、突然車のクラクションのデカイ音がして…」
「精神統一が乱れたというわけか」
「はあ」
 ロイはハボックの髪を弄びながら言った。
「実戦の時もそうだが、錬金術となるとすぐ気弱になるな、お前は。自信がないからちょっとしたことにも動揺してミスするんだ」
「だって…」
「だってもクソもあるか」
 ロイはそう言うとハボックの鼻を摘む。
「お前は私の弟子なんだ。もっと自信を持て」
「んなこと言ったって…」
 オレなんてとまたグチグチ言い出すハボックにロイは舌打ちするとグイとハボックの肩を掴んだ。
「いい加減にしろ。ったく」
「だって、たいさ…っ」
 また何か言おうとする唇をロイは己のそれで塞ぐ。そのまま体重をかけるとロイはハボックをベッドに押し倒した。
「たいさっ」
「余計なことなど考えられなくしてやる…」
 ロイはそう囁くとハボックの首筋に顔を埋めていった。


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