八雷神  第一章


「ハボ―――ックっっ!!」
「すんませんっっ!!」
 閉じた扉の中から漏れ聞こえる怒鳴り声に書類を書いていたブレダとファルマンは顔を上げる。
「またやってますな」
「進歩しねぇな、ハボも」
「まあ、でもしっかりして頂かないと我々にも害が及びかねませんし」
「確かにな。ま、ハボには可哀相だがこってり絞って貰わんと」
 ブレダとファルマンは頷きあうと、再び書類に視線を戻したのだった。


「お前はいつになったらまともに制御できるようになるんだっ?!」
「すっ、すみません…っ」
 執務室の机を挟んでロイはハボックを睨みあげる。ハボックは大きな体を精一杯縮こまらせてしょぼんと項垂れていた。
「まったく、お前、一体どうやって国家錬金術師の査定をパスしたんだ?」
「そん時はちゃんとできたんスけど…」
 消え入りそうな声でそう呟くハボックにロイはため息をつく。
「あんな調子じゃ実戦じゃ役に立たないどころか、仲間内に死人が出る」
「…すみません」
 がっくりと項垂れるハボックの顎を掬うとロイはハボックの顔を覗き込んだ。
「しっかりしろ、お前はこのロイ・マスタングの弟子だろうが」
 ロイの言葉にハボックの顔が泣きそうに歪む。うっすらと涙の滲んだ空色の瞳にロイはもう一度ため息をつくと手を離した。
「今日はもう帰っていいから。ゆっくり休んで次回は上手くいくようおさらいしておけ」
「はい…」
 ハボックは小さな声で答えると執務室を出て行く。その一回り小さくなったような背中が出て行くのと入れ替わりにホークアイが書類を持って入ってきた。
「大佐」
 椅子に深く座り込んで眉間を揉んでいたロイにホークアイが声をかける。手の下から見返してくる黒い瞳にホークアイはため息をつくと言った。
「また怒ったんですのね」
 ハボックを怒ったことを責める口調にロイは眉間に皺を寄せると答える。
「仕方ないだろう。ああも狙いが定まらないんじゃ冗談でなく死人が出る」
 パワーだけは一人前なんだからな、とぼやくロイにホークアイが言った。
「怒ってばかりじゃ人は育ちません」
「…今日だって私の前髪を焦がしたんだぞ」
 ロイはそう言って不機嫌そうに前髪を指でつまんで持ち上げる。まっすぐな筈のロイの髪がちりちりとまるでパーマをかけたようになっているのを見てホークアイがくすりと笑った。
「お似合いですわ」
「…中尉」
 ムッとして睨みつけてくる黒い瞳を平然と見返してホークアイが言う。
「怒ってばかりではなくたまには褒めてやらないとダメです。ムチばかりじゃなくアメだって必要なんですよ」
「私だって褒めてやりたいのは山々だが…」
 一体どこを褒めろというのだ。今日の作戦中、ハボックが放った雷(いかずち)はテロリストの所だけに留まらずロイたちがいた場所にまで降り注いできた。その命を奪いかねない光の矢を、焔で打ち落とすのがどれだけ大変だったことか。途中、意識の逸れたほんの一瞬、たまたま飛んできた矢を返し損ねて前髪を焦がしてしまった。ロイは上目遣いに前髪をひっぱると見つめる。
「とにかくアイツの錬金術は実戦では使用禁止だ」
 そう言うとロイはため息をついて背もたれに寄りかかったのだった。


 司令部を出たハボックは家への道をとぼとぼと歩いていた。執務室から出たところで、ブレダとファルマンが一生懸命慰めてはくれたが、その彼らにしたっていい加減腕をあげて欲しいと思っていることがはっきりと伺われる。ヘタすれば死にかねないのだから当然と言えば当然だが、自分の力をどうにも制御しきれないハボックにとっては辛いことこの上なかった。
「はあ…」
 ハボックは足を止めると深いため息をつく。ふとあげた視線の先に川岸へと続く階段が目に入って、ハボックはそちらへと足を向けた。階段を下って川岸まで来るとハボックは遊歩道沿いに設置してあるベンチに近づいていく。ドサリと腰を下ろすとぼんやりと河を眺めた。
「どうして上手く行かないんだろう…」
 ロイの護衛官として勤めていたハボックが、たまたま置いてあったロイの錬金術関連の本を読みふけっていると、それに気づいたロイが冗談半分に言ったのだ。
『錬金術を習ってみるか?』と。
 ロイの側でロイの役に立ちたくて腕を磨き自分にできることは何でもしてきた。だが、錬金術に関しては自分はロイの役にはまったく立てず、いつも自分に10も年下のエドやアルがその事でロイと話したり、実際に力を貸しているのを見るにつけ嫉妬と羨望に駆られていたのだ。だからもし自分にほんの少しでも錬金術の才があって、ロイの役に立てるのならと思い続けていたハボックはロイの言葉に飛びついた。そうしてロイにもハボックにも意外であった事に、ハボックには存外錬金術の才能があった様で、ハボックは瞬く間に錬金術を習得していった。その上、絶対無理だろうと思われていた国家錬金術師の試験にもパスしてしまい、ついたふたつ名が「雷(いかずち)の錬金術師」。ロイもハボックも予想外のこととはいえ新しい能力を開花させたハボックのことを喜び、そうしてこれでまた戦力がアップしたと思ったのも束の間。
「試験受けるまでは結構上手くいってたのになぁ…」
 いざ実戦で使おうとするとハボックは自分の生み出す膨大なエネルギーをどうしても制御できなかった。あげく暴走したパワーは敵味方関係なくその力で引き裂いてしまおうとする。ハボックはロイに貰ったトールの紋章が描かれた手袋を見つめた。軽く指を鳴らせば小さなアンズーが現れてバサリと羽ばたいた。パチパチと放電しながら一声なくと空気に溶け込むようにして消えていく。
「これくらいのなら上手くできるんだけど…」
 少しでも強くと思う気持ちだけが先走って、実戦でのハボックは力を尽くそうとすればする程自分の力を制御出来なかった。仕方なしにこれまで同様銃や体術で役に立とうとすれば、錬金術の方からくる心の動揺がブレとなって現れる。今のハボックはこれまで絶対に自信があった実戦部隊の隊長としての誇りですら失いかけているような状態だった。
「このまんまじゃオレ、首かも…」
 そう思った途端情けなくも涙が溢れてくる。ハボックは手の甲で乱暴に目を擦るとベンチから立ち上がった。
「頑張んなくちゃ。たいさの側から離れるのなんて絶対にやだもん」
 ハボックはそう呟くとパチリと小さく指を鳴らす。指先から走り出た稲妻が近くの木の枝を折って弾き飛ばした。
「今度はもう少し大きく…」
 次に狙ったもう少し太い木の枝を吹き飛ばしてハボックは息を吐く。
「次はあっちの木…」
 ハボックが狙いを定めて指を鳴らそうとした瞬間。パアンと車のクラクションが鳴り響いてハボックはびくりと体を震わせる。
「あっっ!」
 その瞬間ハボックの指先から迸った電気の矢が目の前の川面を叩いた。
「やば…っ」
 ドオオオンッッという音と共に数十メートルもの水しぶきが上がる。川岸を散歩していた人が悲鳴をあげ、河を航行していた船が木の葉のように波間に浮き沈みを繰り返した。
「なんだっ?爆発かっ?」
「急に河が吹き飛んだんだっ!」
 辺りに集まってきた野次馬の叫びを聞きながら、ハボックは河に背を向けると逃げるように階段を駆け上がっていったのだった。


→ 第二章