八雷神  第十二章


 ロイが襲撃されてから1週間が過ぎ、いろいろあったもののおかげで少しは自分の錬金術に自信らしきものを持てるようになったハボックはめきめきと腕が上がっていった。
「ブレダっ、オレ、大佐に褒められちゃった」
「そっか、よかったな」
 嬉しそうに笑うハボックの金色の頭をワシワシとかき混ぜてやっていると、後から入ってきたロイに睨まれてブレダは手を離すと肩を竦める。
「ハボック、お前ももう少し気をつけろ」
「え?気をつけろって何が?」
 だがハボックの問いには答えずに執務室に入ってしまうロイにハボックは首を傾げた。
「なあ、ブレダ。どういう意味?」
「自分で考えろ、ほら、大佐が呼んでるぜ」
 そう言われてハボックは慌てて執務室に入る。そうして判らないことは聞くが一番だとばかりにロイに尋ねた。
「大佐、気をつけろって何がっスか?」
 心底判らないと言う顔をしてそう聞くハボックにロイは背もたれにギシリと寄りかかってため息をつく。
「まあ、ブレダ少尉ならそういう意味がないことは判っているが…」
「え?」
 きょとんとするハボックにロイは手を伸ばすとその顎を掴んだ。
「こういうことだ」
 そう言ってハボックに口付ける。
「んっ?!んん―――っっ!!」
 深い口付けを腕を突っ張ってなんとか外すとハボックはプハッと息を吐いた。そんなハボックを楽しげに見ていたロイが言う。
「ハボック、覚えているだろうな」
「え?なんスか?」
「私は楽しみにしていると言ったんだ」
 にんまりと笑うロイに最初ポカンとしていたハボックは、突然ある事に思い至りみるみる内に真っ赤になった。
「えっ…あ、いや、そのっ」
 その時、ノックの音と共にホークアイの声がする。
「大佐?ホークアイです」
「なんだね、中尉」
 書類を抱えた入ってきたホークアイと打ち合わせを始めるロイを紅い顔で見つめると、ハボックは逃げるように執務室から出て行ったのだった。


「あー、やっと終わった」
 ハボックはそう言ってペンを投げ出してうーんと伸びをする。ハボックと同じように書類に向かっていたフュリーがくすりと笑って言った。
「お疲れ様でした、少尉」
「サンキュ、これでやっと休める」
 ハボックはそう答えて机の上を片付け始める。
「少尉は明日は非番でしたね」
「おう、悪いけど頼むな」
「はい、任せてください」
 そう言うフュリーに頷いてハボックが立ち上がったとき、執務室の扉が開いてロイとホークアイが出てきた。
「それじゃすまないが明日はよろしく頼むよ」
「はい。明後日にはまた書類をたっぷり用意しておきますので」
「はは、お手柔らかにな」
 そんな会話をする二人を不思議そうに見たハボックとフュリーにロイが言う。
「私も明日は休みを取ったから」
「えっ?!」
「フュリー曹長、二人も同時に休んですまんが頼んだよ」
「あっ、はい。今は特に大きな事件も抱えてませんし、大丈夫です」
 慌てて答えるフュリーに頷くと、ロイはハボックに言った。
「もう上がりだろう?車を頼む」
「えっ、あっ、はいっ!」
 飛び上がって答えるとハボックは挨拶もそこそこに司令室を出て行く。その背をロイは薄っすらと笑って見送っていた。


 いつものようにロイを乗せてハボックはハンドルを握る。ちらりとルームミラーを覗いたがロイの顔は闇に沈んで見えなかった。ハボックがふぅと小さく息を吐いた途端、ロイに呼ばれてハボックはドキンとして答える。
「なんスか?」
「今から食事の用意をするのも面倒だろう。車を置いたら食べに出ないか」
「そ、そうっスね」
 ハボックが答えるとそこで会話は途切れ、また車内を沈黙が包んだ。ハボックはドキドキしながら暗い夜道を照らすヘッドライトの灯りを見つめる。
『私は楽しみにしていると言ったんだ』
 昼間ロイが言った言葉が思い浮かんでカアと顔に血が上る。
(大佐も明日非番って…)
 ホークアイとの会話からロイがハボックの休みにあわせて自分も休みをもぎ取ったのは明白だ。
(つまりそれってアレだよね)
 錬金術が上手くできるようになったら、とかつて自分はロイに言った。今のハボックの状況が「錬金術が上手くできるようになった」と言わずしてなんと言おう。
(どうしようっっ)
 自分で言ったこととはいえ、これから二人の間で起こることを思うとこのまま永遠に車を走らせたい気持ちになるハボックだった。


 車を家の駐車場に入れると二人は家に程近い行きつけの小さなダイニングバーへと向かう。奥まった一角に陣取ると今日のおススメメニューを注文した。ハボックはそれにあわせてアルコール度数の高い酒も頼む。ロイは唇の端を持ちあげると意外そうに言った。
「珍しいな。お前が二人きりの時にそんな強い酒を頼むなんて」
 護衛官としての気持ちが先に立つのだろう、ハボックは二人きりの時、外ではあまり強い酒を好んで飲まない。勿論多少酒が入ったくらいで反応が鈍るとは思わないが、それでもロイを守る為の最低限のルールだと思っているのだ。
「ちょっと酔いたい気分っていうか…」
 だが、今夜ハボックは酔っ払いたい気分だった。酔ってしまえばその勢いで何とかなるような気がするし、もし酔った挙句つぶれてしまえばすぐそこに迫っている事を先延ばしに出来るかも知れない。
(オレってサイテーかも…)
 自分で言ったことなのにいざその時を迎えたらハボックはすっかり尻込みしてしまっていた。
(だって、あの時だって、たいさ…)
 自分の後ろに触れてきたロイの指を思い出してハボックは唇を噛む。
(オレが挿れられる方…だよな…)
 自分のほうがロイより背が高いし体重も多い。だがロイの方が年上で階級も上だ。それにロイの性格から考えればどうしたって自分が受身にならざるを得ないだろう。ハボックだってロイが相手ならそれでもいいとは思うのだが。
(こっ、心の準備が…っ)
 前後不覚になるくらい酔っ払わなければとてもできるとは思えない。ハボックは運ばれてきた酒に手を伸ばすと、グラスになみなみと注ぎ一気に呷ったのだった。


ロイは先ほどからのハボックの様子に内心くすくすと笑う。ハボックが今夜のことを考えて、どうしたものかと落ち着かないでいることは手に取るように判った。いっそ酔い潰れてしまいたいとまで考えているのだろう。だがロイはハボックが酔い潰れようがどうしようが今夜は絶対に逃がす気はなかった。
(散々待ったんだからな)
 錬金術が上手くできるようになったら、とハボックは言った。考えてみればあの時既にハボックは錬金術を使いこなせていたのだ。それを下らぬ回り道で随分と待たされてしまった。
(今夜は頭のてっぺんからつま先まで、たっぷりと味わわせてもらおう)
 ロイはうっとりと笑うと自棄のように酒を呷っているハボックの見つめながらグラスに口を付けたのだった。


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