八雷神  第十一章


 ロイのいつもの視察ルートをハボックは辿って走っていく。彼が歩きで市内を巡る時は幾つかのパターンを組み合わせているが、今日は ペシェ・ミニョンで新作のチョコレートが発売されるから絶対この道を行く筈。ハボックはそう考えて道を走っていった。途中、露店の主人を捕まえてロイが通ったことを確かめるのも忘れない。
「くそ、いっつも女の人に引っかかっちゃチンタラ歩いてるくせに…!」
 走っても走っても見えてこない姿にハボックがいい加減切れそうになった時。
「あっ…たいさっ」
 スラリと伸びた背が目に飛び込んでハボックはホッと息を吐く。
「良かった、無事だった…!」
 そう思って力が抜けたと思った瞬間、ハボックは物陰からロイを狙う人影に気がついた。
「たいさッ!!」
 口を付いて出た警告の声はロイには届かず、ハボックは腰の銃を抜く。だが、行き交う人の流れに撃つ事が出来ないまま襲撃者がロイに近づいていくのを見ていた。
「ダメだ、間に合わないっ」
 必死に走るもののどう考えても間に合う距離でなく、ハボックは思わず手袋を嵌めた手を差し出す。
「雷撃じゃ通行人にも当たっちゃう…っ」
 そう絶望的に呟いたハボックの指先から自然と走り出たのは小さなアンズーで。
「きゃあっ」
「うわっ?」
 小さな雷鳥はパチパチと放電をしながら人々の間をすり抜けて襲撃者まで辿りつくと、その顔に襲いかかった。
「ぎゃああっ!」
 突然顔に雷を食らった男は悲鳴をあげて顔を覆う。その声で振り向いたロイは顔に雷鳥を纏わりつかせた男と、その向こうから駆け寄ってくるハボックの姿を捕らえた。指を鳴らせば指先から走り出た火龍が男の腕を焔に包み、その手から武器を取り上げる。その頃には男のところまでやって来ていたハボックが痛みにのたうつ男を地面に押さえつけた。
「たいさっ…怪我…っ」
「大丈夫だ、なんともない」
 男を押さえつけたままロイを見上げて尋ねるハボックにそう答えれば、ハボックの口から安堵のため息が零れる。騒ぎを遠巻きに見守る市民達を掻き分けてやってきた憲兵に男を引き渡し、ハボックはロイの側に近づいていった。
「おい、ハボ、今のアンズー――」
「なんで一人で勝手に出てったりするんスかっ!!」
 たった今目にした雷鳥のことを尋ねようとしたロイに向かってハボックが怒鳴る。
「もしものことがあったらどうするつもりだったんですっ?!」
「な…お前がさっさと戻ってこないからいけないんだろうっ?」
「だからって一人で出て行く人がいますかっ!アンタに何かあったらオレ…っ!」
 泣きそうに顔を歪めたハボックはロイに手を伸ばすとその体をギュッと抱きしめた。びっくりするロイに構わずその肩に顔を埋めると言う。
「よかった…ホントによかった…っ」
 そう言ってぎゅうぎゅうと抱きしめるハボックにロイはあっけに取られていたが、1つ息を吐くとその背をポンポンと叩いた。
「…悪かった、ハボック。もう大丈夫だから離せ」
 だが、ハボックはそう言われて尚一層ロイを抱きしめる腕に力を込める。
「おい、ハボ…」
 苦しい、と訴えても緩まない腕に、ロイは辺りを取り巻く市民達に困ったように笑ったのだった。


「耳が痛い…」
「当たり前でしょ。アレくらいで済んで良かったと思わなくっちゃ」
 執務室の机に耳を押さえて懐いているロイにハボックはコーヒーを出しながら苦笑する。勝手に一人で出て行った上、危ない目にあったロイはホークアイから散々に小言を喰らう羽目になった。ぺしょんと萎んでいるロイの髪を撫でてハボックが言う。
「アンタが一人で出て行ったって聞いたとき、どんだけビックリしたと思ってるんスか」
 非難の色を浮かべた空色の瞳にロイはちらりと視線を向けると「すまん」と呟いた。それからガバリと身を起こすと言う。
「そうだ、そんなことより、お前。あんなものいつの間に出せるようになったんだ?」
「あんなもの?」
 きょとんとするハボックにロイは苛々と言った。
「アンズーだ。お前が出したんだろう?」
「アンズー?あ、あの雷で出来た鳥、アンズーって言うんスか?」
 ぽやんとして聞き返すハボックにロイは眉を顰めると聞く。
「お前、まさかよく判らんでアレを出したとか言うなよ」
「よく判らんで、って、簡単でしょ?アレ出すの」
 サラリとそう言うハボックにロイはあんぐりと口を開けると次の瞬間バンッと机を叩いて立ち上がった。
「馬鹿言えっ!あんな高密度のエネルギー体、簡単に出せるわけないだろうっ?」
「え…でもオレ、アレは結構最初の頃から出せましたよ…?」
 いけないことだったろうかと怯えるハボックをロイは呆れたように見つめる。ドサリと椅子に座るとハボックを見上げて言った。
「最初の頃から?」
「はい」
 ロイはほんの少し黙って、それからもう一度口を開く。
「今出せるか?」
「いいんスか?ここで出して」
「構わん」
 ロイに言われてハボックは小さく指を鳴らした。すると小さなアンズーが現れてバサリと羽ばたくと宙に飛び立つ。数回くるくると回ると空気に溶けるように消えた。アンズーを目で追っていたロイはその視線をハボックに向けるとヒタとその空色の瞳を見つめる。じっと見つめられて居心地の悪さにハボックは俯くと小さな声で「すみません」と呟いた。
「どうして謝る?」
「え?だってこんなちっちゃいのしか出せなくて…」
 ロイは俯くハボックを見つめて言う。
「もう一度出してみろ」
「は、はいっ」
 ハボックが指を鳴らすと同時に飛び出したアンズーに向けてロイが指を鳴らした。すると火龍が現れて小さなアンズーに絡みつく。口を開けるとパクリと雷鳥を飲み込み、そのまま宙に溶けた。
「あっ、オレのアンズー、食った!」
 ひでぇ、と泣きそうになるハボックにロイが言う。
「そりゃ私のほうが力が上だからな」
「そんな判りきってること見せ付けなくたって…」
 しょぼんと俯くハボックの顎をロイはグイと掴むと上向かせた。
「だがな、私はアレを呼べるようになるまで1年半かかった」
「…え?」
 驚いて見開く空色の瞳を優しく見つめてロイは言う。
「全く、お前が試験に受かった訳がようやく判ったよ」
「たいさ?」
「自信を持て、ハボック。お前は大したヤツだ」
 そう言ってロイははボックの頬を撫でた。
「お前が私の弟子であることを私は誇りに思うよ」
 そう言って笑うロイにハボックの頬がみるみる内に紅く染まった。ロイはハボックの首に手を添えるとグイと引き寄せる。
「流石だな、(いかづち)
の錬金術師」
 そう言うとロイはハボックにそっと口付けていった。



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