八雷神  第十章


『で、特大のヤツを喰らったんだって?』
「まあな、死ぬかと思ったぞ」
 ムスッとして言うロイの整った顔には幾つも絆創膏が貼られ、腕には包帯が巻いてあった。くすくすと受話器の中から聞こえる声に、ロイはムッとして言う。
「そういうお前こそ、ベーツ少尉に何か言われたんじゃないのか?」
 ロイの言葉にウッと唸ったヒューズはぼそぼそと言った。
『あー、強烈なボディブロー一発と特別手当でカンベンしてくれたよ』
「…良かったな、そのくらいですんで」
 にっこりと笑ったミランダの顔を思い出してロイは苦笑する。そんなロイに受話器の向こうからヒューズが心配そうに聞いた。
『で、どうしてるんだ、少尉は?』
 ヒューズの言葉にロイがため息混じりに答える。
「ああ、それがな…」


「ハボ、お前、大佐のこと避けまくってるんだって?」
 ブレダはロッカーに寄りかかると着替えをしているハボックを見ながら聞く。だが黙ったまま答えないハボックにため息をつくと言葉を続けた。
「ハボック、大佐の気持ちも判って――」
「判ってるよ。オレに自信をつけてやろうと思ったんだって」
「だったらなんで」
「だって…っ」
 ハボックはギュッと唇を噛み締めると言う。
「オレ、自分じゃ一生懸命やってたつもりだったけど、結局全然ダメだった。大佐のところにディスク持っていけなかった」
「ハボ…」
「も、自分で自分が情けなくて…。大佐に合わせる顔、ない」
 そう言ってぽろりと涙を零す友人をブレダは驚いて見つめたが、側に近寄るとその涙を拭ってやる。
「ったく、なに泣いてんだよ。ガキみてぇだな、おい」
 小さい頃、やはりこうして泣いていたハボックを同じように慰めたことを思い出してブレダは笑った。
「しっかりしろ、らしくないぞ。一度や二度の失敗で何へこんでんだよ」
 ブレダはハボックの髪をくしゃくしゃとかき回して言う。そんなブレダをハボックは涙に潤んだ目で見ると言った。
「だって、ブレダ。大佐、オレが錬成したヤツ見て呆れた顔してたんだ。ミランダにだって棺おけって言われたし。オレ、やっぱり錬金術の才能、ないかも」
 そう言って鼻をすするハボックに、ブレダはこっそりため息をつく。
(普段信じられないくらいふてぶてしいくせに、大佐絡みになるとどうしてこう、自信がなくなるんだか)
 そういえば小さい時も同じようなことがあったとブレダはふと思い出した。子供の頃、ハボックが大好きだった近所のお兄さんに草笛を教えてもらった時のことだ。他の子供達が次々と綺麗な音色を響かせる中、ハボックだけがいくら教わっても鳴らすことが出来なかった。あの時も確かハボックは出来ない自分自身を責めて泣いたのだ。
『お兄さんに嫌われちゃう』
(それくらいのことで嫌うわけないんだけどなぁ)
 そう言って泣いたハボックの事を思い出してブレダはハボックの頭をポンポンと叩きながら天井を見上げる。
(要は好き過ぎってことなんだよな)
 大好きな相手が一生懸命教えてくれた事に答えられない自分が悔しくて仕方がないのだ。
(大佐がウソでも自信をつけさせてやろうってした気持ちも判る気がする…)
 ブレダは子供の頃から世話を焼いてきた友人のしょぼくれた姿に、なんとかしてやれないものかと考えを巡らせるのだった。


「で、へこみまくってますよ、ハボックのヤツ」
 サインを貰う為に執務室に入ってきたブレダは、書類に目を通すロイにそう告げる。背もたれに背を預けて困ったようにため息をつくロイにブレダは聞いた。
「実際問題として、ハボの錬金術の腕前ってどんなもんなんすか?この間の事件で錬成したシロモノ、大佐に呆れらたって言ってましたけど」
「まあ、確かに上手くはなかったけどな。だが、ろくに練習もしてない、材料もロクなものがない、追っ手から逃れる中で作ったものとしては上出来だっただろう」
「だったらハボにそう言ってやってくださいよ」
 何で言ってやらないんだと責める口調のブレダにロイは眉間を揉む。
「いくら私が言ったところで本気にしないんだ、アイツは。私が元気付ける為に言ってるだけだと思ってる」
「だからお芝居を打とうと思ったわけですか?」
「そうだ」
 ロイの返事にブレダもため息をついた。
「ったく、世話の焼けるヤツ…」
 ぼそりと呟くブレダに苦笑するロイをブレダは暫く見つめていたが、やがてポツリと言った。
「結局はアイツ、大佐のこと大好きなんですよね」
「は?」
 唐突に言われた言葉が理解できず、ロイはブレダを見上げる。
「好きで好きで必死なんですよ。好きな大佐の期待に答えたくて、でも思うように行かなくて。そこんとこ、判ってやってください」
 それだけ言うとブレダは「サインどうも」と執務室を出て行ってしまう。ロイはとじた扉を見つめながらなんとも複雑な表情を浮かべたのだった。


「ハボック少尉!どこ行ってたんですか?!」
 司令室に入った途端、フュリーにそう言われてハボックは目をパチクリとさせる。きょとんとするハボックにフュリーは苛々とした様子で言った。
「護衛!大佐の護衛ですよ、視察の時間だったでしょうっ?」
「え…あ…うん」
 ロイが午後から市内の視察に出るのは判っていた。だが、どうしてもロイと顔を合わせるのが辛くてハボックは時間になっても司令室に戻ることが出来なかったのだ。
「大佐、一人で出ちゃったんですよ!」
「え?だって、中尉かブレダがいたろ?」
「それが生憎二人ともいなくて、ハボック少尉が戻ってくるまで待っていてくださいって言ったんですけど…」
 フュリーの言葉を聞くうちにハボックの顔が険しくなる。
「なんで一人で出したりしたんだよっ!」
「少尉が戻ってこなかったんじゃないですかっ!僕がついていくって言ったんですけど、電話出てる間に行っちゃって…」
 ハボックはもう最後まで聞かずに司令室を飛び出した。
「くそ…なんで一人で行くんだよっ」
 たかが市内の視察。しかも相手はロイ・マスタングだ。滅多なことでは彼を傷つけようとする輩など現れないだろうし、万一現れたとしてもロイであれば相手を返り討ちにするくらい造作もないだろう。だが。
「何かあったらオレのせいだ」
 たった1発の銃弾が、たった一振りのナイフが命を奪う事だってあり得るのだ。そうした僅かな隙を埋める為の自分の存在なのに。
「バカみたいにいじけて護衛の仕事ほったらかして…」
 自分が出来ることすらなおざりにするなんて。
「最低だ、オレ…っ」
 ハボックはそう吐き出すように言うと、司令部の建物を駆け出していった。


 ロイはイーストシティの街並みをのんびりと歩いていく。その全く緊張感のない様子に市民達(特に女性)が親しげに声をかけた。それに対してロイは時に微笑み時に足を止めて答えていく。だが、そうやって答えながらも、実際のところロイの心は今ここにはいない相手へと向かっていた。思いがけないハボックの錬金術の才能を見出した時は本当に嬉しかった。同じ錬金術師としてこれまで以上に同じ時間、同じ空間で過ごせると思ったからだ。あまりに嬉しくて
もしかしたら必要以上にハボックに負担をかけていたのかもしれない。彼の為に良かれと思ってしたことはかえってハボックを傷つける結果にしかならなかった。挙句の果てには避けられてろくに話す事もままならない。
(私こそが焦っていたのかもしれん)
 ゆっくり時間をかけて覚えればいい。自分でそう言ったはずなのに。
『好きで好きで必死なんですよ。好きな大佐の期待に答えたくてでも上手く行かなくて』
 ブレダの言葉が甦ってロイは僅かに苦笑する。
(まったくお前は)
 ハボックの事を思うほどにこみ上げるのは愛しさばかりだ。こみ上げて来た愛しさにロイはハボックに会いたくて堪らなくなる。会って抱きしめて傷つけてたことを詫びて、そして。ハボックの事ばかり考えて歩いていたロイは、その時、自分の背後から近づく影に全く注意を払っていなかった。


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