誰が為に鐘は鳴る  中編
 
 
「ワアアアッッ!!」
ドタンッと大きな音を立てて尻餅を付いたロイは体を起こすとあたりを見回す。そこにあるのは見慣れた自宅のリビングで
壁では大きな時計がカチカチと時を刻んでいた。
「え?………え?」
ついさっきまでハボックとホークアイの結婚式に参列していた筈だった。祝福する人たちが見守る中、神父が二人の婚姻を
宣言し指輪の交換が済むと、誓いのキスを交わそうとした二人を目の前にしてロイは耐え切れずに飛び出したのだ。たとえ
相手が誰だろうとハボックを渡したくなくて、ハボックを取り戻したくて。だが、駆け寄ろうとしたロイの足元に突然ぽっかりと
開いた穴の中にロイは真っ逆さまに落ちてしまったのだ。
「どう……どうなって……」
今の状況が全く理解出来ず呆然とへたり込むロイの耳に能天気な声が聞こえてきた。
「たいさぁ?派手な音が聞こえたけど大丈夫っスか?」
その声にハッとして振り向けばレードルを手にしたハボックが立っている。ソファーとテーブルの間に座り込んでいるロイの
姿を見るとくすりと笑った。
「寝ぼけて落ちたんスか?どっかぶつけなかったっスか?」
ハボックはそう言うとロイの方へと近づいてくる。すぐ傍にひざまづくとロイの頭に手をやって言った。
「大佐?どっかぶつけました?痛いの?」
答えないロイにハボックが心配そうに顔を覗き込んで聞く。近づいてくる顔にロイは我に返るとハボックの手を振り払った。
「私に触るなっ」
「……は?」
「中尉に触れた手で私に触るなっ!!」
ロイはそう怒鳴るとズルズルと後ずさる。ポカンとしているハボックを睨みつけると怒鳴った。
「私の事を好きだと言って、あんな風に抱いておきながら中尉と付き合ってたくせにッ!!本当は私のことなんて何とも想って
 いなかったのに『好きだ、愛してる』って囁いて……私がそれを本気にしてお前に抱かれているのを見て楽しかったかっ?!
 男のくせに男のお前に、あ、脚をひらいて、突っ込まれて感じてるのを見て、笑ってたんだろうッ、ずっと!!……そうか、
 中尉と二人で嘲笑ってたんだな、馬鹿なヤツだって。国軍大佐が、国家錬金術師が聞いて呆れるって!!……信じて
 たのにッ!!お前だけは他の連中と違うって、信じてたのに―――ッッ!!」
捲くし立てるロイをハボックは呆然と見つめていたが、ロイがいきなり立ち上がって飛び出していこうとするのを見てハッと
我に返る慌ててロイの腕を掴む。
「離せッ!!」
「ちょっ…大佐ッ!落ち付いてッ!!何言ってるか訳わかんないっスよっ?!」
「ウルサイッ!!この、大ウソツキのろくでなしッッ!!」
ロイはハボックの手を振り払おうと腕を振り回して暴れた。その拍子にガリッとハボックの頬を引っ掻いてしまう。
「イテッ!!」
顔を顰めるハボックにロイは一瞬凍りついた。だが、次の瞬間身を翻して逃げようとしたところを再びハボックの手が引き止める。
「は、なせッッ!!」
「ああ、もうっ、大佐ッ!」
全身毛を逆立てて唸る猫のように暴れるロイにハボックも流石に顔を顰めると声を荒げた。グイと引き寄せると「離せ」と喚き
立てる唇を己のそれで塞ぐ。
「んっ、んんん――――ッッ」
ジタバタと暴れるロイの唇を深く塞ぐと舌を差し入れ口内を嬲った。きつく舌を絡め、思うままに口内を弄ればだんだんとロイ
の抵抗が弱まっていく。やがてカクンと力の抜けた体を支えるとハボックは漸く唇を離した。
「もう、何一人で喚いてるんスか。訳判んねぇ」
ハボックはそうぼやくとロイをソファーに座らせる。一度キッチンに戻るとレードルを置き鍋の火を止めて、グラスにミネラル
ウォーターを注ぐとリビングへと取って返した。
「はい、これ飲んで。落ち着いたら何を喚いてたのかオレに判るように話して下さい」
そう言って差し出されるグラスをロイはぼんやりと見つめる。
「口移しで飲ませないと飲めないっスか?」
なかなか受け取ろうとしないロイに焦れたハボックがそう言って漸く、ロイは手を伸ばしてグラスを受け取った。コクリと水を
口にするロイを見ていたハボックはロイの隣に腰を下ろして聞く。
「一体なんなんスか、中尉と付き合ってただの、嘲笑うだの、挙句の果てには大嘘つきのろくでなし、って。オレ、誠心誠意
 すっごく真面目に大佐とは付き合ってるつもりっスけど」
そう言うハボックをロイは恨めしげに睨んだ。
「だって、お前、中尉と結婚するって。私は二人のキューピットみたいなものだから結婚式に出ろって言ったじゃないか!
 たった今教会で、し、式あげてっ、指輪の交換してっ、私の前で、キッ、キス、を………ッッ!!」
その時の衝撃と悲しみを思い出した途端、ロイの瞳からポロポロと涙が零れる。ロイの話を聞いていたハボックはがっくりと
肩を落とすと言った。
「大佐、ここどこだか判ってます?」
「ここ……家のリビングだが」
「そう、ここはリビングっス。教会なんかじゃありません。アンタねぇ、夢見てたんスよ、夢!」
ハボックの言葉にロイはキョトンとして涙を浮かべた目を見開く。その幼い表情に苦笑するとハボックは指先でそっと涙を
拭った。
「ったく、なんつぅ夢見てるんスか。オレが中尉と結婚するわけないっしょ?」
「でっ、でもっ」
「大佐」
ムキになって言い返そうとするロイを制してハボックが言う。
「指輪の交換したって言ってたっスよね。どこに指輪が?」
ハボックはそう言ってロイの目の前に両手を広げて見せた。男らしく節くれだった大きな手には指輪どころかバンドエイドすら
ついてはいなかった。
「え、それじゃ……」
「そう、夢。っとに、ろくでもない夢見てんスから、アンタって」
呆れたように言うハボックにロイはムッとして唇を尖らせる。
「だって、お前ッ、結婚するって報告に来たじゃないかッ!私の前で中尉とイチャイチャしてッ、名前で呼び合ったりしてッ!
 ………私だってお前のこと、ジャンって呼んだこともロイって呼ばれたこともないのにッ!」
「夢の中のことを文句言われても……」
ハボックは脱力してそう呟くとロイの顔を見つめた。涙に濡れて睨んでくる黒い瞳を見るとフッと笑う。こんなに泣いて喚き
散らさなくてはならない程好かれているのかと思えば、こみ上げてくるのは愛しさばかりだ。
「ねぇ、大佐。オレはアンタが好きっスよ?」
そう言えばまだ信じきれないと言うように見つめてくる瞳にハボックはくすりと笑う。
「決死の覚悟で打ち明けて、アンタが頷いてくれた時どんだけ嬉しかったか、判ってます?」
ハボックはそう言うとロイをじっと見つめて囁いた。
「アンタのこと、すっげぇ好き。抱き締めてキスして、体中舐めまわしてオレのもんだって印いっぱいつけて、オレの手と舌で
 アンタをイかせて、突っ込んでグチャグチャにかき回してオレの精液たっぷり注ぎ込んで……いっぱい啼かせて喘がせ
 たい。そんくらいアンタのこと、好き」
あからさまな言葉にロイの頬がみるみる内に紅くなる。慌ててハボックから離れようとするロイの腕を掴むとハボックは言った。
「こんな風に好きになったの、アンタ以外、いないっス」
ハボックはそう言うとロイの耳元に囁く。
「好き、たいさ。これだけ言ってもまだオレのこと、信じられない?」
耳の中に吹き込むようにそう囁けばロイの体がビクリと震えた。だが、ロイは頬を染めたままハボックを睨みあげる。
「だってお前……中尉に愛してるって。あんな風に言われたこと、私はないぞっ」
「……あんだけ言ってんのに、覚えてないってのもちょっと傷つくんスけど」
行為の最中、それこそ数え切れないほど愛を囁いてきたのに、快楽に溺れ乱れていたロイには届いていなかったらしい。
「まぁ、いいや。覚えてないって言うならいくらでも言ってあげます。オレのこと信じられないっていうなら、信じられるまで
 とことん教えてあげるっスよ。オレがどれだけアンタを愛してるかって事をね」
「え?ハボック…?」
言われていることが理解出来ずにまん丸に見開いて見つめてくる黒い瞳にうっそりと笑うと、ハボックはロイの体を腕に
閉じ込めゆっくりと口付けていったのだった。
 
 
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