| 誰が為に鐘は鳴る 前編 |
| コンコンと鳴るノックの音にロイはサインを書いていた手を止める。入室の許可をすれば珍しくホークアイとハボックが一緒に 部屋へと入ってきた。 「どうした?二人揃って」 不思議に思ってそう聞けば二人が顔を見合わせる。二人の間を流れる何やら甘い雰囲気にロイが首を傾げた時、ハボック が言った。 「大佐、オレと中尉、今度結婚することになったんス」 「………え?」 思いがけない言葉にロイは目を丸くする。ハボックは愛しそうにホークアイを見つめて言った。 「オレは中尉より年下だし、中尉にはもっといい人がいるんじゃないかとも思ったんスけど、でも、思い切ってプロポーズしたら 頷いてくれて」 ハボックの言葉にホークアイも嬉しそうに言う。 「少尉はすぐこうやって謙遜しますけど、若いのに度胸も据わってて腕も立つし……ずっとプロポーズしてくれるの待ってたのに 中々してくれなくて、やっぱり年上の女なんて嫌なのかもって不安だったんです。でもやっと昨日結婚してくれって」 いつものクールな印象はどこへやら、至極女性らしい柔らかい口調でそう言うとホークアイは自分の左手を見つめた。その 薬指にキラリと光る指輪が嵌められているのに気付いて、ロイは目を見開く。 「それで、大佐にも是非結婚式に出ていただきたいと思ったんスよ」 「結婚式と言っても本当に極身近な人達を呼んでの簡単なものですけど」 「ある意味大佐ってオレたちのキューピッドっスから」 そう言って幸せそうに頷きあう二人をロイは呆然と見つめる。 (な、んで?だってハボックは私を好きだって……) 夕べも一緒に食事を取った後、泊まっていったハボックは自分を優しく抱きしめてくれた。抱きしめてキスしてそして――― (嘘だったっていうのか?あのキスも…抱擁も…) 自分の中に分け入ってきた熱を今でもはっきりと思い出せると言うのに。 ロイはもう、二人が何を言っているのかなどまるで理解出来ずに、ただ呆然と喋り続ける二人を見つめていたのだった。 「おうっ、ハボ、いよいよ明日だな」 この幸せ者めっ、と肘で脇腹をツンツンとつつくブレダにハボックが身を捩って笑う。 「馬鹿、こんなトコで大きな声で言うなよ。中尉が恥ずかしがるだろッ」 真っ赤になってそう言うハボックをからかうブレダの声を聞きながらロイはのろのろと書類にサインをしていた。まるで今まで のことなどすっかり忘れてしまったかのように、ハボックはロイのことなど見向きもしなかった。勿論上司に対しての礼儀は 守ってくれるしロイが仕事をしやすい環境を整えようと努力してくれる。だが、それはあくまで上司と部下の域を出るものでは 決してなく、ロイは生まれて初めて心の奥深くへ入り込むことを赦した男の突然の裏切りに深く傷ついていた。 それでもそれを表に出さないだけのプライドだけはまだ残っていて、ロイは二人を前にしては非常ににこやかに振舞っていた。 「新婚旅行へはいかないのか?」 コーヒーを持ってきたハボックにそう聞けばハボックとボリボリと頭を掻く。 「まあ、行きたい気持ちはあるっスけど、二人で休むわけにいかないっしょ」 「別に構わないさ。一生に一度のことなんだし、今は事件を抱えてるわけじゃなし」 ロイはそう言ってにっこりと笑った。 「護衛ならブレダ少尉に頼めばいいしな。といっても精々5日くらいしか休みはやれんが。是非行ってこい、少尉」 物分りのよい上司を演じてロイはそう提案する。そうすればハボックがうーんと悩むと言った。 「………ホントに行ってもイイんスか?」 やはり一生に一度のことだと思えば記念に行きたいと思う。ここまでロイが言ってくれるのだ。渡りに船で行ってしまっても さして問題はあるまい。 「じゃあ、せっかくなんで中尉と相談して行ってきます。大佐、ホントに有難うございますっ」 ハボックはそう言うと執務室を飛び出してく行く。ハボックが仕事をするホークアイの傍に行くと鳶色の瞳が僅かに非難する 用に細められた。だが、ハボックの言葉を聞いていくうち、ホークアイの顔が嬉しそうに綻んでいく。互いを熱いまなざしで 見つめながら話し合う二人をそれ以上見ていることが出来ずに、ロイは執務室の扉を閉めたのだった。 礼服に身を包んだ軍人達が教会の椅子にかしこまって座っている。やたらとガタイがいいのはハボック隊の部下達だろう。 ところどころで残念そうなため息が聞こえるのはハボックかホークアイどちらかのファンかもしれない。そんな事をぼんやりと 考えながら、ロイは教会の一番後ろの席に座っていた。やがて厳かなオルガンの音が響いて式の始まりを告げる。扉が 開いて聞こえた足音にハッとすれば、真っ白なドレスに身を包んだホークアイがロイの傍を通り過ぎていった。目を向ければ 眩しいほどに真っ白なドレスが目を射る。ふんだんにレースを使ったそれはとても綺麗でホークアイの美しさを引き立てていた。 (綺麗だな…) そう思った次の瞬間自分があのドレスを着たらもっと綺麗に着こなせるのにという考えが頭を掠める。慌てて首を振って その考えを押し出すとロイはホークアイの背を見つめた。彼女は父親役の男性の手を離すと祭壇の前に立つハボックに 微笑みかける。そうすればハボックが実に嬉しそうに笑ってホークアイの手を取った。二人が祭壇の前に立つと神父が頷く。 神への感謝の言葉を述べた後、参列する人々を見渡してこの結婚に異議を唱えるものがいない事を問うた。 「認めない」と叫びだしたい気持ちをグッと抑えてロイは手を握り締める。もしロイが異議を唱えたならこの結婚はご破算に なるだろうか。だが異議を唱える為の正当な理由を問われたらロイには答える言葉がなかった。 神父は誰も異議を唱えるものがないことを確認すると頷いてハボックへと視線を向ける。ハボックに向かって聞いた。 「汝ジャン・ハボック。常にあなたの妻を愛し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境 にも、逆境にも、常に真実で、愛情に満ち、あなたの妻に対して堅く節操を守ることを誓約しますか」 神父の言葉にハボックは強く頷くとよく通る声で答える。 「誓います」 神父はそれに頷くと今度はホークアイに向かって同じ事を問いかけた。そうすればホークアイはにこやかに笑って宣言する。 「誓います」 そうすれば神父は二人の手を取って重ね合わせその上に自分の手を重ねた。そうして二人を婚姻させることを宣言すると 一度二人の手を離す。それから銀のトレイに載せた指輪を二人の前に出すと指輪の交換を促した。ハボックは神父から指輪 を受け取るとホークアイの左手を取り、その薬指に指輪を嵌める。ホークアイは嬉しそうに指輪を見つめた後、ハボック用の 指輪を受け取り同じように夫となる男の指に嵌めた。 「では誓いのキスを」 神父が厳かに言えばハボックとホークアイが向き合う。その空色の瞳に愛情をいっぱいに湛えたハボックの顔を見た時、 ロイの胸がツキンと痛んだ。 (あの瞳は私だけのものだったはずなのに) 熱っぽい瞳で見下ろし愛を囁く相手は自分の筈だった。あの瞳で見つめられればとても幸せで、その幸せはずっと続くと 信じていたのに。 ハボックは手を伸ばすとホークアイの美しい顔を隠していたベールを持ち上げる。そうすればそこに現れたのは目の前の 男を愛を信じきって喜びに満ち溢れた女の顔だった。うっとりと二人は互いを見つめ合う。二人を見守る人々がいることなど すっかり忘れてしまったかのように、ハボックとホークアイはただ互いの顔を見詰め合っていた。ハボックはベールから手を 離すとホークアイの頬を手のひらでそっと撫でる。そこは幸せで桜色に上気してとても綺麗だった。見つめ合うホークアイの 瞳に感極まった涙が膨れ上がる。ハボックは優しく笑うと指でその涙を拭った。 「中尉……」 ハボックがそう囁くように呼べばホークアイが笑う。 「変よ、中尉だなんて。私達結婚するのに」 甘く非難すればハボックは困ったように目尻を下げた。 「や、でも…」 「名前を呼んでくれなければキスさせないわよ」 可愛らしい恋人の意地悪にハボックは顔を紅くする。ゴクリと唾を飲み込むとホークアイの肩を掴んだ。 「リザ……愛してます」 「私もよ…ジャン」 そう囁きあって二人はそっと目を閉じる。ハボックが身をかがめるようにホークアイの唇に己のそれを近づけようとするのを 目にした瞬間、ロイはガタンと荒々しく立ち上がっていた。 「やめろッ!!ハボックは……ッ、ハボックは私のものだッッ!!」 そう叫んで走り寄ろうとしたロイの足元に突然ぽっかりと穴があく。 「え?……ウ、ワァッ?!」 なす術もなく落ちていくロイの目に重なり合う二人の唇が見えた。 |
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