| 近くて遠いあなた 第七章 |
| 「一人残さず取り押さえろッ!抵抗するヤツは殺しても構わんッ!!」 良く通る声にテロリストのアジトに押し入った潜入服の隊員達が無言のまま次々とテロリスト達を拘束していく。ハボックはガラスの瞳で辺りを睨(ね)め付けると取り押さえられたテロリストの中の一人にゆっくりと近づいていった。 「クソッ!これでおしまいだと思ったら大間違いだぞッ!!」 近づいてくるハボックに向かって唾を吐きかけると男はハボックに向かって怒鳴る。ハボックは薄い笑みを浮かべると男に向かって言った。 「そのようだな、肝心のヤツが見当たらない。どこへ逃げた?」 そう尋ねれば男はハボックを嘲笑う。後ろ手に縛られ、床にすわりこんだまま男はハボックを見上げると勝ち誇ったように言った。 「はは、聞かれて答えるとでも思っているのか?お前ら軍が探しあぐねている間に我々の仲間がお前らに一泡吹かせてくれるわ」 そう言ってゲラゲラと笑う男にハボックは言う。 「もう一度聞く。どこへ逃げた?」 「バカめ、答えるはずがないだろう?自分たちで探すんだな」 その言葉にハボックは手にした銃を男に向けた。 「答えろ、どこへ逃げた?」 平坦な声で尋ねるハボックを男が再び嘲笑った時。ガウンッと銃声が響いて脚を撃ち抜かれた男が絶叫を上げる。ハボックは脚に向けていた銃を男の顔に向けると冷たく言い放った。 「別にお前に聞かなくても他のヤツに聞くんで構わねぇんだよ」 ハボックは酷薄な笑みを浮かべて続ける。 「もう一度だけ聞く。どこに逃げた?」 目を見開き凍り付いていた男はハボックの指に力が入るのを見て西地区にある施設の名を大声で怒鳴った。それを聞いたハボックが合図をすればテロリストを拘束する数人を残して部下達が一斉に駆け出していく。ハボックはハアハアと荒い息を零す男にニンマリと笑うと引き金にかけた指を引いた。 「…ッッ!!」 目を見開いた男の頬に一筋紅い線を残して銃弾が壁にめり込む。 「よかったなぁ、弾が出る前に間に合って。でも、ションベンは便所でしろよ」 ハボックは恐怖で失禁した男に笑ってそう言うと、部下にテロリスト達の連行を命じて建物を出た。 別の場所に潜伏していた残りのテロリスト達の身柄も拘束してハボックが司令部に戻れば、既に事件解決の第一報がロイの元に届いていた。ハボックが硝煙の匂いを纏わりつかせて執務室に入るとロイが苦笑してハボックを迎える。 「スピード解決はりっぱな物だがあまり無茶をしてくれるなよ」 ハボックの荒っぽい手法が耳に入っていたらしいロイがそう言うのにハボックは肩を竦めて見せた。懐から煙草を取り出して口に咥えれば瞬く間に執務室にその香りが広がって、ロイは顔を顰める。 「おい、ハボック」 「いいでしょ、作戦中は吸えなかったんスから」 悪びれもせずそう言って煙を吐き出すハボックにロイは諦めたように言った。 「まあ、いい。ご苦労だったな。シャワーを浴びて着替えて来い。報告書は明後日までに出してくれ」 「アイ・サー」 ハボックはそう答えると応接セットのテーブルに置かれた灰皿に煙草を押し付け執務室を出て行く。パタンと扉が閉まるとロイは書類を読み始めたが、暫くすると眉を顰めて顔を上げる。細い煙を上げている煙草に眼を向けてため息をついた。 「ちゃんと消えてないじゃないか」 ロイはそう呟いて立ち上がると煙草を灰皿に押し付ける。くしゃりと潰れたそれから手を離すと、再び席に戻り書類に目を通し始めた。 シャワーを浴びて着替えたハボックは司令室に戻ると早速に報告書を書き始める。少しすると執務室の扉が開いてロイが出てきた。 「フュリー曹長」 眼鏡をかけた童顔の部下の名を呼びながらすぐ横を通り過ぎたロイから煙草の匂いが香って、ハボックは顔を上げた。フュリーの机の横に立って話をしているロイの顔を目を見開いてじっと見つめていたが、話を終えたロイがまた自分の横を通って執務室に戻ろうとするのへ声をかける。 「大佐、煙草の匂いがするっスね」 「お前がちゃんと火を消していかんからだろう?」 「あれ?ちゃんと消えてなかったっスか?」 「おかげで指まで煙草臭くなった」 ロイは顔を顰めてそう文句を言うと「ほら」とハボックの鼻先に手をかざした。突然の事に目を丸くしたハボックは白い指先から香る煙草の匂いに尋ねるようにロイを見る。ロイは肩を竦めると答えた。 「揉み消したからな、匂いがついた」 お前のせいだ、とロイはそう言ってハボックの鼻先を指で弾くと執務室に戻っていく。その背を見送ったハボックは微かな痛みを残す鼻先を指で押さえて笑った。 「よお、みんな元気にやってるかいっ?」 相変わらず賑やかな声を上げてヒューズが司令室に入ってくる。途端に俯く面々の中で一人平然と煙草をふかしているハボックの傍に寄ってくるとヒューズは言った。 「よ、元気か?少尉」 「見ての通りっスよ」 「相変わらず可愛げのない態度だねぇ」 「別にアンタに可愛いとか思って欲しくないっスから」 ハボックがそう答えればヒューズは鼻に皺を寄せる。ハボックの唇から煙草を取り上げると言った。 「どうしてこんなのを傍に置くかね、ロイは」 ヒューズはそうぼやきながら取り上げた煙草をひと口吸う。その途端、思いきり顔を顰めて煙草を灰皿に押し付けた。 「きっつ!おい、ワンコ。お前よくこんなきつい煙草吸ってんな。ロイが文句言わんか?アイツ煙草嫌いだろう?」 「別に言われた事、ないっスよ。つか、アンタなに人の煙草勝手に消してるんスかっ」 つけたばっかりなのに、と文句を言うハボックにヒューズが「わりぃ、わりぃ」と笑う。丁度その時、司令室に戻ってきたロイがヒューズに声をかけた。 「来てたのか、ヒューズ」 「おお、ロイ」 声に振り向いたヒューズは執務室に入っていくロイの後を追う。 「少尉、コーヒーふたつな」 執務室の扉を閉める直前そう言った常盤色の瞳にハボックは顔を顰めると何も言わずに席を立った。給湯室に行きコーヒーを用意すると取って返し、司令室抜け執務室の扉をノックもせずに開ける。そうすれば机の上に写真を広げてロイの背後から乗りかかるような格好で写真を指差すヒューズの姿が目に入って、ハボックは目を細めた。 「おい、少尉。ノックくらいしろよな」 いきなり開いた扉に呆れた声で言うヒューズにハボックが答える。 「なんスか、いきなり踏み込まれちゃヤバイことでもしてたんスか?」 「んな訳あるか」 とことん呆れたという顔をしてヒューズがロイに言った。 「おい、部下の躾がなってないんじゃねぇの?ロイ」 ヒューズの言葉にロイが苦笑する。 「コイツの場合、下手に躾けると使い物にならなくなりそうだからな。好きにさせてる」 「うわ、マジ?」 ヒューズは大袈裟に驚いて見せるとロイの肩を背後から抱き締めた。 「お前も苦労してるんだなぁ、ロイ」 かわいそうに、とワザとらしく泣きまねをするヒューズにロイがくすくすと笑う。無言のままそれを見ていたハボックの手の中のトレイが傾き、載っていたカップがツーッと滑ると広げた写真の上に落ちた。 「うわぁっ!エリシアちゃんがッッ!!」 「ばっ、ハボックッ!!」 「ああ、すんません」 慌ててコーヒーの池の中から愛娘の写真を救い出すヒューズにハボックはティッシュの箱を差し出す。ババッと大量に引き出したティッシュで写真を拭ったものの、茶色い染みがついてしまったそれにヒューズは眉を下げた。 「ハボック、お前、何をしてるんだっ」 「すんません、ちょっと手が滑っちゃって。中佐、すんません、大事なエリシアちゃんの写真に」 「あ?まあ、いいさ。また焼けば済むからな」 ヒューズは苦笑してそう言いながらそれでも茶色に染まったエリシアの顔をそっと拭う。それを見ていたハボックは薄っすらと笑って言った。 「エリシアちゃん、可愛いから変な男に変な風に染められないか、心配っスね」 「おいおい、嫌な事言うなよ、少尉」 本気で嫌そうな顔をするとヒューズは写真を懐にしまい込む。コーヒー淹れなおしますから、と言うハボックに手を振って断わると他を回ってくると言って執務室を出て行った。ヒューズに続いて出て行こうとするハボックにロイが声をかける。 「わざとか?ハボック」 そう言われてハボックは肩越しに振り向くとロイを見た。表情の読めない空色の瞳に見つめられて、ロイがそれ以上何も言えずにいるとハボックはうっすらと笑って執務室を出て行く。パタンと閉まった扉をロイは暫くの間じっと見つめていたがやがてポツリと呟いた。 「…何故?」 だが、答えるべき相手はもうとっくに消えうせて、問いかけたロイの言葉はむなしく扉に当たって床に落ちた。 |
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