| 近くて遠いあなた 第五章 |
| ずるりと抜き出て行く楔にロイは体を震わせる。何度も精を注ぎ込まれ、快楽を引きずり出された体は身動く事もままならず、ロイは薄っすらと開いた目でハボックを見上げた。 「たいさ…」 ハボックは囁くようにロイを呼ぶとそっと口付ける。触れるだけのキスは先ほどまでの奪うようなそれとは違い、ただ優しいだけだった。 「たいさ、オレ……アンタが好きです。こんな事して、って言われるかもしれないっスけど、でもオレ、本気でアンタが好きなんですッ」 そう告げてくる空色の瞳を、ロイは見上げていたがやがてそっと目を閉じると呟く。 「すまない、ハボック…私にはお前の気持ちにどう答えていいのか判らない」 「たいさ」 「はっきりと言えるのはお前は私の大切な部下で誰よりも信頼しているという事だ」 そう言うロイをハボックは信じられないものを見つめるように見た。 「……こんなことしたオレを、憎む事すらしてくれないんスね、アンタ」 「ハボック、私は――」 「もう、いいっス」 消えそうな声で呟いたハボックに何か言おうとしたロイを遮ってハボックは体を起こす。手早く身支度を整えると寝室から出て行き、少ししてタオルを何枚かと湯を張った桶を手に戻ってきた。横たわったままのロイの体を押し開くと蕾に指を差し入れる。 「…ッッ」 「すぐ済みますから」 ビクンと震えるロイにハボックは短くそう言うと自らが注ぎ入れたものを掻き出していった。とろとろと零れる白濁に僅かに眉を顰めたが、ハボックは何も言わずにロイの体を清めていく。桶に張った湯で何度かタオルをすすぎながらロイの体を丁寧に拭うと、その体をブランケットで覆った。ハボックは全てを済ませるとロイの顔をじっと見つめたがグッと唇を噛み締めて囁く。 「酷いことしてすんませんでした。謝って済む事じゃないと判ってますし、処分も受け入れます」 「……処分するつもりはない。こんなプライベートなことで信頼できる部下を無くす訳には行かないんだ」 疲れた声でそう答えるロイをハボックは食い入るように見つめた。 「そうっスか」 やがてポツリとそう言って、ハボックは何か言いたげに何度か口を開きかける。だが結局は何も言わずに寝室を出て行った。遠くでパタンと玄関の扉が閉まる音を聞きながら、ロイは目を閉じるとひとつ深い息を吐いた。 「それで警備の状況だが――」 ハボックはロイがホークアイと話すのを少し離れた場所からぼんやりと見ていた。その綺麗な横顔を見つめれば自然と苦い笑みが浮かぶ。 苛立ちと怒りのままにロイを力ずくで抱いたものの、結局二人の関係は何も変わらなかった。無理矢理自分を抱いたハボックを、ロイは処分するどころか変わらず「信頼する部下」として傍に置いた。 (結局あの人にとってオレはただの駒でしかないんだろうな) 「信頼する部下」というラベルを貼られた駒。もしかしたらそれはロイからしてみれば破格の扱いなのかもしれない。だが、ロイに好意を寄せるハボックにしてみればそれは切り捨てられたのに等しかった。 (諦めなくちゃいけないんだ…) どれ程思ってみたところでロイにこの想いは届かない。ハボックはそう思ってそっと目を閉じる。 「ハボック、お前も聞いてくれ」 自分を呼ぶロイの声に目を開けると。 「アイ、サー」 ハボックは薄い笑みを浮かべて答え、ロイとホークアイの傍へと近づいていった。 「よ、ハボ。久々に飲みに行かねぇ?」 そう言うブレダの声にハボックは書いていた書類から目を上げる。煙草をふかしながら自分を見ている友人にニッと笑うと答えた。 「いいね、久しぶりに行くか」 「おうよ」 そう言い合うと二人はその後の仕事を手早く片付け連れ立って司令部を出る。ぶらぶらとネオンの煌めく街を歩いて馴染みの店に行くとと中へと入り、奥のカウンターに並んで腰掛けた。 それぞれに酒を注文し、幾つかツマミを頼むと出てきた酒を手に早速飲み始める。取り留めもない話をしていた二人だったが、ブレダがふと思い出したように言った。 「そういやお前、少し落ち着いたのか?」 「落ち着いた?って、何が」 不思議そうに聞く友人に、ブレダは少し迷ったようだったがグラスを弄びながら言う。 「いや、お前一時期すごく苛々してたろう?どうなったのかと思ってさ」 そう言われてハボックは僅かに目を見開いた。それからボソリと聞き返した。 「オレ、そんなに苛々してたか?」 「ん?ああ、まあな」 「…今は?」 そう尋ねてくるハボックをブレダはじっと見つめてから答える。 「今は少し落ち着いているように見えっけどな」 「そっか……」 ブレダの言葉にハボックは苦く笑った。 「そう見えるんならそうなんだろうな」 そんな風に答える友人にブレダは言葉を見つけられず、ただハボックを見つめるしかなかった。 「ハボ、大丈夫か?」 「大丈夫、そんなに飲んでねぇもん」 心配するブレダにハボックは笑ってそう答えると手を振って別れる。酔いで火照った頬を冷たい風に晒してアパートへの道を歩きながらハボックはロイを想った。 諦めなければいけないのだと判っている。ああしても尚、自分はロイの中に何一つ刻む事も出来なかったのだ。そう考えれば自分の惨めさが一層強く感じられる。ハボックは足を止めると足元をじっと見つめた。あれからもうひと月以上経つのに、ハボックはあの時触れたロイの熱が忘れられなかった。 その滑らかな白い肌が。 すんなりと伸びた手足が。 絹糸のような黒い髪が。 甘く香るその吐息が。 自分を呼ぶ掠れた声が。 そして。 強い輝きを放つ濡れた黒曜石の瞳が。 じっと足元を見つめるハボックの瞳から零れた涙が靴や地面を濡らしていく。 ハボックはただ声もなく涙を零し続けていた。 ロイは書いていたペンを止めると窓の外を見る。空はもうすっかりと暮れて昼間の明るい色はどこにも見当たらなかった。 ひと月ほど前、ハボックに無理矢理抱かれてからもロイはハボックを傍に置くのをやめなかった。特別彼を糾弾する事もせず、事の前と変わらず傍に置き続けることが、むしろ何よりもハボックを傷つけていることをロイは薄々感じてはいた。 それでも尚、ハボックを傍に置く理由はなんだろう。 ロイはそう考えて緩く頭を振る。はっきりと判っているのはたとえあの事があったにせよロイのハボックへの信頼の気持ちは変わらなかったと言うことだ。 「何故だろうな」 もし、他の人間が同じことをしたのなら恐らく自分はその相手を赦さなかっただろうと思う。 「何がハボックを他のヤツと分けているんだろう」 普段なら迷う事のない明晰な頭脳も今回ばかりは何の役にもたちそうもない。ただ判っているのは自分が相も変わらずハボックを信頼しているということだけだ。 ロイはひとつため息をつくとペンを持ち直し書類に向かったのだった。 |
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