| 近くて遠いあなた 第二章 |
| 「おはよう、ハボック」 「おはようございます、大佐」 いつもと変わらず爽やかな笑みを浮かべて現れたロイにハボックは答えて車の扉を開ける。ロイが中に入ったのを確かめて扉を閉めると運転席に回ってハンドルを握った。 ゆっくりと車が走り出せばロイは薄い笑みを浮かべて流れる景色を眺める。ルームミラーに映るその横顔をチラリと見やってハボックは言った。 「機嫌いいっスね。昨日のデートは楽しかったっスか?」 そう尋ねられてロイは視線を戻して答える。 「ああ、とても魅力的な女性だったよ」 「そいつは羨ましい」 楽しそうな声音にハボックは肩を竦めて答えた。ロイはハボックの金色の髪を見つめながら言う。 「そういうお前こそ夕べは誰かとデートだったんじゃないのか?」 「オレ?オレは淋しくアパートに帰って残りもんのシチューと硬くなったパン喰ってましたよ」 そう答えながらハボックはグッと唇を噛んだ。ロイを好きだと言った自分が告白したその日に好きでもない誰かとデートしているなどと考えるロイに無性に腹が立って仕方なかった。 「アンタ、昨日オレが言った事なんて綺麗さっぱり忘れちまってるんスね」 「え?」 低く、必死に感情を押さえ込んだ声にロイは目を見開いてハボックの金髪を見つめる。そう言われてロイは漸く昨日ハボックに告白されたことを思い出して気まずそうに視線を窓の外へと向けた。 そのまま暫くの間互いに何も言わずにいたがハボックが一つため息をつく。まっすぐに前を見つめたまま呟いた。 「ま、いいっスよ。アンタらしいっちゃアンタらしい」 自嘲気味にそう呟くハボックにロイは返す言葉を見つけられずに黙り込む。気まずい沈黙を乗せたまま車が司令部につくとハボックは入口に車をつけた。運転席から降りてロイの為に扉をあけてやると上官が地面に足を下ろす。階段を上がって建物に入っていく背中に向けてハボックが言った。 「車置いたらそのまま演習行きますんで」 「ああ、ご苦労」 ロイは肩越しにそう答えてハボックをそのままに建物の中に入っていく。食い入るように見つめてくる空色の視線が扉の向こうに消えて、ロイはいつの間にか詰めていた息を吐き出した。 車を置いてハボックはロッカールームに行くと服を着替え演習場へと向かう。部下達に混じって演習をこなしながらも頭に浮かぶのはロイのことばかりだった。 (腑抜けてんな、まったく) 内心、自嘲気味に呟いてハボックは苦く笑う。これほどまでに昏く滾る想いをロイはどれ程理解しているのだろう。「好きだ」と告白されても微塵も変わらないロイの態度にハボックは苛々とする思いのままに銃の引き金を引いた。雑念を乗せた弾は的に当たる筈もなく、大きく外れて消えていく。それを見ていた部下が不思議そうにハボックを見た。 「調子悪いですね、隊長。どうしたんです?」 そう聞かれてハボックは苦笑すると続けざまに銃を放つ。どれもこれもあらぬ方向へ消えていくのに部下は益々目を丸くした。 「隊長……」 「文句ならあの人に言えよ」 「は?あの人?」 不貞腐れたように言うと、ポカンとする部下をそのままにハボックはその場を離れた。 演習を終えて司令室に戻ればロイの姿はなかった。今ロイの顔を見ればあたり構わず酷い言葉を投げつけてしまいそうで、ロイの不在にハボックはホッと息をつく。そんなハボックをブレダが煙草を片手に見つめると言った。 「どうしたよ、機嫌悪いじゃん」 「別に。どうもしねぇよ」 そう答えてハボックはドサリと椅子に腰を下ろす。懐から煙草を取り出して火をつける仕草をじっと見ていたブレダは肩を竦めただけで何も言わなかった。どう見てもハボックの機嫌が悪いのは一目瞭然だったが、こんなハボックは何を聞いたところで答えはしないことは判っている。 (珍しいな、ハボがこんなあからさまに機嫌わりぃの) ブレダはそう思いながらさり気なくハボックの様子を伺った。いつもは陽気なハボックの顔から笑みが消え、思いつめたようなその瞳の色に。 (何事もなきゃいいけど) ふとそんな事を思ったブレダだった。 「ハボック、昼が済んだら市内の視察だったな、車を回しておいてくれ」 昼食に出ようとするハボックの背に執務室から顔を出したロイが言う。ハボックは肩越しにロイを振り向くと言った。 「すんませんけど大佐、それ、ブレダにやらせてくれないっスか?」 「ブレダ少尉は午後から演習だったろう?お前、何か予定があったか?」 キョトンとしてロイはそう言うとハボックの答えを待つ。何も言わずにただロイの顔を見つめるハボックにロイは苦笑して言った。 「まあ、今日はなるべく寄り道しないよ。とばっちりで中尉にとやかく言われるのが嫌なんだろう?」 視察に出てホークアイの目が届かないのをいい事に、洋菓子店に寄ったり喫茶店に寄ったりと寄り道の多い自分にハボックがそのとばっちりで一緒に中尉に怒られるのが嫌なのだろうと、そう思いながらロイが言う。それに対してハボックが何も言わないのをいい事に勝手にそうだと決め付けるとロイはハボックの横をすり抜け司令室を出て行った。ハボックは暫くの間何も言わずにその場に立ちつくしていたが一つため息をついて昼食を取る為に司令室を出た。 「止めてくれ、ハボック!」 その声に思わずブレーキを踏んでしまってからハボックは顔を顰める。案の定、ロイはハボックが何か言う前にさっさと自分で扉を開けると車を降りてしまっていた。 「何が寄り道しないだよ、まったく…ッ」 ハボックは唸るようにそう言うと車を道の端に止め慌ててロイを追いかける。ロイの背が馴染みの喫茶店の扉の向こうに消えるのを目にして、ハボックは舌打ちするとロイに続いて喫茶店の中に入っていった。 「いらっしゃいませ」 可愛らしいウェイトレスがそう声をかけてくるのに目もくれず、ハボックはちゃっかり椅子に腰掛けて注文をしているロイの傍に行くとダンッとテーブルに片手をついた。 「寄り道しないんじゃなかったんスか?」 「今日でマロンフェアが終了だそうだよ、ハボック」 ロイはハボックの質問には答えずそう言う。テーブルの上に肘をついて両手を組んだその上に形の良い顎を載せてにっこりと笑うと続けた。 「今年はまだ食べていなかったんだ。視察に出てよかったな、ハボック」 「オレはちっともよくありません」 「どうして?栗は嫌いだったか?せっかくお前の分も注文したのに」 「ッ!なんでオレの分っ?!アンタねぇ、今仕事ちゅ――」 ハボックがそう怒鳴りかけた時、背後から「あのう」と可愛い声がする。ハボックがキッと肩越しに睨めばロイがテーブルについたハボックの手をやんわりと握った。 「……ッ!」 「そんな顔をして睨むな。ビックリしてるじゃないか」 ロイは宥めるようにハボックの手をポンポンと叩いてウェイトレスの女の子に向かってにっこりと笑う。 「すまなかったね。もう用意が出来たのかい?」 「あ、はいっ。ケーキセットおふたつ、お持ちしました」 ロイの笑顔にウェイトレスもにっこりと笑ってケーキの皿とティーカップをテーブルの上に置いた。「ありがとう」とロイが言えば頬を染めて「ごゆっくりどうぞ」とトレイを胸に抱き締めて答える。ウェイトレスはちらりとハボックの顔を見て、店の奥へと戻って行った。 「ハボック」 憤然とした面持ちで見つめてくるハボックにロイは苦笑する。 「付き合ってくれるんだろう?」 そう言えばハボックは視線を逸らして大きなため息をつくとドサリと椅子に腰を下ろした。 「この栗の渋皮煮を使ったマロンペーストが絶品なんだ、ここのモンブランは。甘いものが苦手なお前でも美味しいと思うよ」 そう言って笑うロイをハボックはムスッとして見ていたが、フォークを取ると3口でケーキを食べてしまう。ロイはその豪快な食べっぷりを目を丸くして見ていたが呆れたように言った。 「ちゃんと味わって食べたのか?」 「食べたっスよ。確かにアンタの言うとおり美味かったっス。ほら、さっさと喰って。司令部に帰りますよ」 ハボックに急かされてロイはムゥと頬を膨らませる。「せっかくだからゆっくり味わって」とぼそぼそと言ったがハボックに睨まれて慌てて食べ始めた。 (ったく、なんでこんなとこでケーキなんて…) ハボックはそう思いながらケーキを食べるロイを見つめる。告白する前はこうして寄り道するロイに付き合うのが好きだった。嬉しそうに甘いクリームを食べながら笑うロイを独り占めできる時間が嬉しくて、文句を言いながらもロイの寄り道に付き合っていたのだ。 (大佐は変わんねぇ。オレが告白してもしなくても何にも変わんないんだ) 同じように二人分のケーキを注文してウンチクを垂れて。以前は好きだったこの時間もフラれた相手を前にしているのではただ切ないばかりだ。 ハボックはケーキを食べるその薄紅色の唇を見つめていたが、無理矢理に視線を外すと窓の外へ顔を向け、そっとため息をついた。 |
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