| 月の鏡 第四章 |
| 朝の光の中、ロイはキッチンに入ると熱いコーヒーを淹れる。コーヒーを一口啜ってロイはトンとキッチンの壁に背中を預けた。 「……」 夕べ月の光の中、ハボックの声が聞こえた気がした。愛しい相手の声に想いを募らせてもう一度呼んで欲しいと強く願ったものの、その後声が聞こえることはなくロイは嘲笑うように月が雲の合間に姿を隠した後もまんじりともせず夜明けを迎えたのだった。 「くそ……ッ」 まるで月との勝負に負けたような気がして、ロイは口の中で小さく月を罵る。怒りに駆られるままガブリとコーヒーを飲み込めば、その熱さにロイは思い切り顔を歪めた。 「くそッ!」 ロイはシンクの中にカップを投げ捨てる。荒々しい足取りでキッチンから出たロイは、電話のベルが耳障りな音を立てていることに気づいた。 「誰だ、時計も読めない大馬鹿か?」 八つ当たり気味にそう呟きながらリビングに入ったロイは電話を取らずにソファーにボスンと腰を下ろす。そのまま無視を決め込もうとしたもののしつこく鳴り響く電話のベルのけたたましさに、ロイはカッカとしながら立ち上がり乱暴に受話器を取り上げた。 『────ロイ?』 何も言わずにいると様子を伺うような声がする。それが数少ない友人の中で所謂親友と呼べるほどのつきあいである男のものだと気づいてロイは眉を顰めた。 「ヒューズ」 『おー、返事がないから違うところにかけたのかと思ったぜ。なんだよ、また夜更かしで寝不足のご機嫌斜めか?ロイ』 名を呼べば途端に返ってくる陽気な声にロイの眉間の皺が深くなる。フーッと思い切り息を吐き出したロイが無言のまま電話を切ろうとすれば、それを見ていたかのようなヒューズの声が聞こえた。 『待て待てッ、切るな、ロイ!折角電話してんのにそれはないだろうっ』 「朝も早くから無礼な電話をかけてきて何を言っている」 不機嫌なままにそう答えれば受話器越し笑う声がする。続く声にロイの眉間の皺が益々深くなった。 『いやあ、実はさっ、夕べグレイシアにプロポーズしたんだよッ!そうしたらなんて返事が返ってきたと思うッ?』 「────ヒューズ」 どう差し引いて考えても一つの答えしか返しようのない声にロイはうんざりとしたため息をつく。 「そうか、そいつはよかったな。結婚式の日取りが決まったら連絡くれ。電報の一つも打ってやる」 それだけ言ってロイは乱暴に受話器を置く。だが、その途端再び電話が鳴り出して、ロイはムッと唇を歪めて受話器を掴んだ。 『酷いぜ、ロイ〜ッ!ちゃんと話聞いてくれよぅッ!グレイシアってばさぁ、涙ぐんで嬉しいってッ!なかなか言ってくれないから自分から言おうかと思ったなんて言ってさぁッ!』 「話がそれだけなら切るぞ。こっちはそれどころじゃないんだ」 自分の恋愛が上手くいっていない現況で幸せ一杯の結婚報告など聞く余裕があるはずもない。不機嫌に言って電話を切ろうとするロイの耳にヒューズの声が聞こえた。 『あれ?もしかして上手くいってないのか?お前にしちゃ珍しいな、ロイ』 苛立ちの滲む声にロイの状況を察したヒューズが意外そうに言う。図星を指されてムッとして押し黙るロイにヒューズが言った。 『どうしたよ、相談に乗るぜ?俺に任せりゃどんな相手もイチコロだぜ?』 みんなのマドンナ、グレイシアを射止めた俺だからな、とワハハと笑い声が零れる受話器から顔を顰めて耳を話したロイは、一頻りヒューズが騒ぐのが終わったとみて受話器を握り直して口を開いた。 「お前に頼るのは業腹だがこの際仕方ない、聞いてやる。相手も私を好きなのは確かなのに一歩踏み込もうとすると逃げられるんだ。どうしたらいい?」 恋愛事でヒューズに相談するのは癪だがもしいい方法があるならと、ロイはヒューズに聞いてみる。そうすればいともあっさりと答えが返ってきた。 『なんだ、相手もお前が好きだって判ってんならそいつは押すしかないだろ。押して押して押しまくって押し倒せ!』 「────そんなんでいいのか?」 なんだかあまりに直線的で単純な方法にロイは不安に思って言う。もっといい方法があるのではと言うロイにヒューズが言った。 『女の子なんて意外とそんなもんだぜ?回りくどく行くよりストレートなのがいいんだって!グレイシアだってそうだったぜ』 (女の子じゃないけどな) ヒューズの言葉にロイはハボックの姿を思い浮かべて考える。だが、男も女も気持ちを伝えるには案外ストレートなのがいいのかもと思い直して言った。 「判った。お祝いも込めてグレイシアと上手くいったお前の言葉を信じてやる。押して押して押しまくればいいんだな?」 『おうよ!絶対それで上手く行くぜ、ロイ』 「その言葉信じたぞ」 自信満々のヒューズの言葉にロイは言って電話を切る。大きく息を吸い込んでロイはグッと拳を握り締めた。 「よし!押して押して押し倒してやるッ」 ロイはそう断言して握り締めた拳を突き出した。 |
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