| そういう人々 第九章 |
| 「あ〜〜ッ!!」 ロイは肉球がついた己の手を見つめて叫ぶ。ハボックの手が伸びて可愛らしい肉球をぷにぷにと押しつぶせば、ロイの黒い瞳がキッとハボックを睨んだ。 「なんて事するんだッ!」 「アンタに文句を言う権利はねぇ」 だが、上から覗き込むようにして凄まれて、ロイはウッと言葉に詰まる。そんなロイにハボックはフンと鼻を鳴らして胡椒の小瓶を懐にしまった。 「ほら、いいからさっさとやって。仕事たまってんスから」 「仕事がたまってるならこんな事しなくてもいいだろうッ」 思わずそう返せば途端にジロリと睨まれてロイは押し黙る。「うー」とソファーの上で脚を投げ出すように座り込んで唸るロイにハボックが言った。 「文句言ってる間にやった方がいいっスよ、ほら」 そう言ってハボックはロイの向かいのソファーにドサリと腰を下ろす。腕を組んで見つめてくるハボックにロイが尋ねた。 「やれと言われてもどうすればいいのか判らん」 「念じたらどうっス?」 「念じる?」 言われてロイは困ったように首を傾げる。ソファーの上で身を起こすと四肢を突っ張るようにして顔を仰向けた。 「戻れ、戻れ、戻れーーーッ!!」 「……あのね」 大声でそう叫ぶロイにハボックがズルズルとソファーにヘタリ込む。 「上手くいかんな」 「なんでそんな大声あげるんですっ?」 難しいなと小首を傾げればハボックに言われて、ロイは不思議そうにハボックを見た。 「お前が念じてみろと言ったんだろう?」 「声に出さなくていいっス」 ハボックはハアとため息をつく。 「近くに人がいたらどうするんスか。見てくれって呼んでるようなもんでしょっ」 「ああ」 言われてロイが肉球のついた手をポンと叩くのを見て、ハボックはがっくりと肩を落とした。 「先が思いやられる」 ロイはムッと小さな額に皺を寄せたが、なにも言わずにソファーの上に蹲り目を閉じる。そんなロイをハボックはじっと見つめていたが、三分も待つと流石に我慢しきれず口を開いた。 「大佐?」 そう呼んでもロイはピクリともしない。そんなに集中しているのかと口を閉ざしてじっとロイを見つめたハボックは、その小さな鼻から寝息が聞こえているのに気づいて乱暴な仕草で立ち上がった。テーブルを回りロイの側に行くとその首根っこを掴む。いきなり宙に吊り上げられて、ロイはびっくりして目を開けた。 「なっ、なにをするッ」 「寝てんじゃねぇよ」 ジタバタと暴れればズイと近づいてきた空色に凄まれてロイはピタリと動きを止める。間近から睨まれてロイは首を竦めて言った。 「仕方ないだろう?一生懸命念じてみたけど何も変わらんし、眠たくなった」 「一度研究所に送った方がいいかもって気がしてきたっス」 相変わらず危機感の欠片もないロイの言葉にハボックがため息をついて言う。ハボックはぶら下げたロイの顔を見つめると気を取り直して言った。 「ただ漠然と“人間の姿に戻れ”って念じるんじゃなくて、具体的に想像したらどうっス?」 「具体的に?」 聞き返されてハボックは頷く。 「手には肉球がなくて指が長い、猫耳は人間の耳になって黒い髪の陰に隠れてる、尻尾はなくて腰が伸びて二本の脚で立っている────こんな感じ?」 「ふむ」 なるほどと肉球のついた手を眺めるロイをハボックはソファーの上に下ろす。今度は寝てしまわないよう、ロイは立ったまま目を閉じた。 (人間の手、か……。改めて考えた事なんてなかったな。ええと、手、手……、脚は曲がってなくて……) ロイは己の体のパーツを一つずつ思い浮かべる。暫くそうして思い描いていたが、フゥとため息をついて目を開けた。 「出来ん」 「まだ始めたばっかっしょ。はい、もう一回やる」 向かいのソファーにどっかりと腰を下ろしてそう言うハボックにロイはハアとため息をついてもう一度目を閉じる。さっきと同じように肉球の手が人間の手に、猫耳が人間の耳にと変わる様にと念じてみたが、やはり結果は変わらなかった。 「無理だ。こんな事するなら三十分待った方が速い」 「アンタ、やる気あります?」 あっさりと訓練を放棄するロイをハボックが睨む。ロイはフーッと毛を逆立ててハボックを睨み返して言った。 「いいじゃないか、三十分待てば戻るんだし、いざとなったら水を被ればすぐ戻ることも出来るんだ。こんな訓練、どう考えても無理があるだろう?」 「でも、獣人族は好きな時に獣の姿になって、好きな時に人間の姿に戻ってたんスよ?」 「私は獣人族じゃない」 きっぱりとロイが言い切るのを聞いてハボックは目を見開く。フンと顔を背けてソファーに蹲る黒猫を見て、ハボックは肩を落とした。 「いや、その格好で獣人族じゃないって言われても」 「知らん。お前が勝手に私を猫にしたんだろうっ」 どうやら完全に拗ねてしまったらしいロイにハボックはため息をつく。大変なのは判るが、やはり自分の意志で人の姿に戻れるようにしておいた方がこの先絶対いいはずで、何とか説得しようとハボックが口を開こうとした時。 「マスタング大佐、ホークアイです」 トントンというノックの音と共に涼しげな声が執務室の扉の向こうから聞こえた。 |
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