そういう人々  第七章


「どこにいるんだろう」
 ハボックはそう呟きながら中庭を歩いていく。木の陰を覗き込みベンチの裏を確かめてハボックは腕の時計を見た。
「どっかに隠れてんならいいけど」
 タイムリミットまであとどれくらいあるのだろう。今この瞬間にも人間の姿に戻るのではと思うと、知らず知らずハボックの歩みが速くなっていった。
「見つけたら一発ぶん殴ってやる」
 こんなにやきもきさせるなんてとんでもない上官だ。一体自分の状態をどれだけ自覚しているのだろう。ハボックは焦りと怒りで苛々しながら辺りを見回した。
「隠れてないで出てこいってのッ!」
 苛立ちが思わず声になって零れる。ブツブツとロイを罵りながら大きな木を回ったハボックは、目に飛び込んできた光景に目を見開いた。
「あっ、大────」
 ついうっかり呼びそうになった名前を慌ててゴクリと飲み込む。そうすれば、黒猫を抱き上げた男がハボックへ視線を向けた。


「首輪もつけとらんし、ということは野良か?それなら私の家に連れ帰っても誰も文句は言わんだろう」
(言うッ!私が文句を言うぞッ!!大体私は野良じゃないッ、勝手に決めつけるなッッ!!)
 このままでは冗談でなく男の家に連れていかれかねない。それだけは絶対避けなければと、いっそ思い切り引っ掻いてやろうかとロイが肉球がついた手を握り締めた時、ドカドカと大きな足音と同時に聞き慣れた声が聞こえた。
「あっ、大────」
「ん?」
 その声にロイを抱き上げた男の視線が声の主に向かう。ロイが首を捻るようにして背後を見れば、ハボックが大きな木の側に立っていた。
「あ、えっと……ボウカー中佐」
 ニコッとハボックが口にした名を聞いてロイは「あっ」と思う。
(そうか、どこかで見た顔だと思ったら会議で一緒になった男か)
 こいつのおかげでもう少しでくしゃみをしてしまうところだったんだと思い出して、ロイはボウカーを睨む。だが、そんなロイの視線など気づきもせず、ボウカーはハボックをジロジロと見た。
「貴官は確かマスタング大佐のところの」
「はい、ハボック少尉であります、サー」
 ハボックはボウカーの言葉を引き継ぐように言ってピッと敬礼する。ボウカーが抱き上げている黒猫を見て続けた。
「サー、その猫なんですが、オレのなんです」
「なに?」
 ハボックが言えばボウカーは眉を寄せて黒猫を見る。黒猫をじっと見つめ、それからハボックを見て言った。
「この可愛らしい猫が貴官のだと言うのかね?」
「はい。司令室の連中が見たいっていうので連れてきたんですが、目を離した隙に出ていっちまって」
 探してたんです、とハボックはニコニコと過剰なまでの笑みを浮かべて言う。内心ロイを引っ手繰りたい気持ちを押さえるのに必死だった。
(もし今戻ったらどうすんだよ……ッ)
 ボウカーの腕の中でロイが人間の姿に戻ってしまったら、もう言い訳のしようがない。ロイはすぐにその身柄を拘束されて研究所に送られ、二度と出てくることは叶わないだろう。
「捕まえていてくださって助かりました、サー」
 ハボックはそう言ってボウカーに手を差し出す。笑みを浮かべた心の中ではボウカーに向かって喚いていた。
(早く返せッ!!すぐ返せッ!!とっとと返せッ!!)
 だが、ボウカーは黒猫の顔を見つめたまま返そうとしない。
「サー」
 促すように呼べば、ボウカーがハボックを見た。
「実はその、私は猫好きでね。この間からペットショップを見て回ってるんだが、なかなか気に入った子に出会えなくてなぁ。毛並みと言い顔つきといい、この子は実に私好みだ」
(おいおいおいおい、ちょっと待てよ)
「首輪もつけとらんのならそんなに愛着があるわけではないのではないかね?ハボック少尉、この子を私に────」
「サー!首輪は今日、司令室のみんながくれる事になってるんスッ!すみませんっ、みんな待ってるんで返して頂けないっスかッ」
 もし、“上官命令”など持ち出されたらややこしくなると、ハボックは非礼を承知でボウカーの言葉を遮って声を張り上げる。ズイと身を乗り出すようにして手を突き出すハボックの迫力に、ボウカーはたじたじとして半歩後ずさった。
「…………そう言う話なら仕方ない」
 ボウカーが渋々と言うのを聞けば、ハボックは半ば奪い取るようにして黒猫を受け取る。腕の中に抱え込むとにっこりと笑った。
「ありがとうございます、サー!今度サー好みの可愛い子を探しておきますからッ!」
「そうかね?本当はこの子がいいん――――」
「ほんっとうにありがとうございましたッ、サー!!」
 腕の中の黒猫を覗き込むようにして言うボウカーに、ハボックは叫ぶように言ってボウカーの視線から隠すように腕の中に黒猫を抱え込む。そうすればボウカーは不満そうにハボックを見たが、ハアと一つため息をついて建物へと歩いていった。その姿が完全に見えなくなり、周りに誰もいなくなるとハボックはヘナヘナとその場に座り込む。
「よかった、行った……」
 ホッとしたようにハボックがそう呟いた、その時。
 ボンッと煙幕が噴き上がると同時に腕にかかる重さが増す。
「うわっ」
 黒猫の大きさに合わせて囲っていた腕を、ハボックは背後についてかかった重さを支えた。煙幕が薄れれば膝の上にはびっくり眼のロイの姿。暫し間近で見つめあっていたが、ハボックが背後についた腕をフルフルと震わせたと思うと膝の上のロイの胸倉をバッと掴んだ。
「アンタねッ!!」
「ハボックっ、男に頬摺りされてしまったッ!気色悪ッッ!!」
 ハボックが言うのと同時に頬を両手で押さえて喚くロイにハボックは一瞬キョトンとする。気持ち悪いと騒ぐロイを見ていればフツフツと怒りが沸点を突き抜け。
「大佐ーーーッッ!!」
 次の瞬間、ハボックの怒声が中庭に響き渡った。


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