そういう人々  第四章


「退屈な会議だったな。まさか東方司令部ではあんな会議ばかりなんじゃないだろうな」
 司令室に向かって廊下を歩きながらロイはそう言って思い切り欠伸をする。その態度の裏にたった今起きたことをうやむやにしてしまいたいという意図が見え隠れして、ハボックはそうはさせまいと言った。
「大佐、あそこでくしゃみしてたらどうするつもりだったんスか」
「……すまん」
 ハボックにジロリと睨まれて、ロイは返す言葉もなく首を竦める。まったくもうと疲れきった様子でため息をつくハボックを見て、ロイは言った。
「だが、あれはなかったんじゃないか?他の出席者が怪訝そうな顔をしていたぞ」
「仕方ないっしょ、咄嗟の事だったんスから」
 ロイに言われてハボックが顔を顰める。確かに咄嗟の判断としてあれは致し方なかったと言えるに違いなかった。


「ふあ────」
 突然鼻孔を擽った埃にロイはスゥと息を吸い込む。そのまま思い切りくしゃみをする寸前、背後から伸びてきた大きな手にガッと口元を塞がれて、ロイは目を剥いて背後にひっくり返りそうになった。
「ッッ?!」
 口を塞いだ勢いでロイを思い切り引っ張ってしまったハボックを、ロイは首を仰け反らせて見上げる。いきなり口元を塞がれたのと背後に引っ張られたのとでびっくりして、くしゃみはどこかに引っ込んでしまった。とりあえず猫にならずに済みはしたものの、これはこれで会議室中の視線を集めてしまい、ハボックは引き攣った笑顔を浮かべた。
「あ……えっと、そのっ!マスタング大佐はもの凄い埃アレルギーでしてっ!埃吸っちゃうと大変なことになるもんで……」
 モゴモゴと言い訳を口にするハボックの、己の顔を覆う大きな手をロイがポンポンと叩く。そうすればハッとしたハボックが手を離して、ロイはハアアと大きなため息をついた。
「お騒がせして申し訳ない。ハボック少尉の言うとおり私は極度の埃アレルギーでしてね」
 埃を吸うとクシャミやら鼻水やらで大変なことになるのだと、苦笑混じりに説明するロイに会議室の面々もやれやれと言った風に笑って顔を見合わせる。隣の席の左官が悪いことをしたと謝るのに向かって、ロイは鷹揚に頷いてその場を何とか乗り切ったのだった。


「とにかくこれに懲りたらマスクをつけて────」
「やだ」
「たーいーさー」
 早速ヤバい目に遭ったというのに相変わらずマスクは絶対拒否の姿勢を崩さないロイに、ハボックは司令室の扉を開けながらがっくりと肩を落とす。ほんの少しむくれた顔でロイが中に入れば、振り向いたホークアイが首を傾げた。
「お疲れさまでした。会議で何かありましたか?」
「────いや、特には。退屈な会議だったがね」
 クシャミ騒ぎの事は流石に話せずロイはそう答える。そのまま執務室に入っていくロイを見送ったホークアイの視線が自分に向けられて、ハボックは困ったように笑った。
「眠くて死にそうになったっス」
「────そう」
 鳶色の瞳にじっと見つめられて、ハボックは居心地悪そうに口元を引き攣らせる。そそくさと自席につけば漸くホークアイの視線が逸らされて、ハボックはホッと息を吐いた。
(まいったな、あの調子じゃしょっちゅう付いて回んなきゃならなさそうだ)
 他にも仕事があるのにどうするんだ、とハボックは煙草の煙と一緒にため息を吐き出した。


ボウカーは会議を終えて出ていこうと立ち上がる黒髪の左官を横目でチラリとみる。埃を被った資料をガサガサと机に積み上げると立ち上がり、ロイの後を追うようにして会議室を出た。
(焔の錬金術師とか言うのが副司令官として来るというからどんなのかと思えば……)
 少し遅れてハボックとロイの後を歩きながらボウカーは不愉快そうに顔を歪める。退屈な会議だと感じていたのはお互い様のようで、思い切り欠伸をしているロイの後ろ姿をボウカーはじっと睨んだ。
 アレックス・ボウカーは叩き上げの軍人だ。戦場で功績を積み上げ、一つ一つ階級を上げてきた。そうして今では中佐の位まで上ってきたボウカーは、正直なところ錬金術師が大嫌いだった。
(軍は錬金術師を重用し過ぎだ。あんな若造を副司令官にするとは、一体なにを考えているんだ)
 大嫌いな錬金術師が己の上にいるのかと思うと不愉快極まりない。その上さっきはまるで自分が埃をまき散らしたかのようにロイに見られ、つい謝罪の言葉を口にしてしまったのが腹立たしくて仕方なかった。
(なにが埃アレルギーだ。軍人がそんな軟弱なことでどうする)
 戦時下であれば埃だのなんだの言っている余裕はない。鍛え方が足りないからそんなことになるのだと、嫌みの一つも言ってやりたいと思いながら二人のすぐ後を歩いていたボウカーの耳に、聞くともなしにハボックの言葉が聞こえてきた。
「あそこでくしゃみしてたらどうするつもりだったんスか」
「……すまん」
 五つも階級が下の護衛官役の少尉に責めるように言われてロイが首を竦めるのを見て、ボウカーは眉を寄せる。随分と無礼な事を部下に許すと、自分ならこんな事は許さないと思っていると更に声が聞こえた。
「だが、あれはなかったんじゃないか?他の出席者が怪訝そうな顔をしていたぞ」
「仕方ないっしょ、咄嗟の事だったんスから」
 そんな風な事を言い合いながらハボックとロイは司令室に消えていく。閉じた扉を見つめるボウカーの目が、訝しむように細められた。


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