| そういう人々 第二十章 |
| 「中尉、大佐知りません?」 司令室の扉を開けた途端にそんな言葉をぶつけられてホークアイは目を丸くする。執務室の扉を後ろ手に閉めながらそう言うハボックの、どこか不安げな様子にホークアイは首を傾げた。 「どうしたの?大佐がいないのなんて珍しいことじゃないでしょう?」 その良い悪いは別として、ロイが部下達の目を盗んでふらふらと執務室を抜け出すのは、まだロイが東方司令部に赴任して間もない頃からよくあることだった。急ぎの書類や重要な会議を前に姿をくらまし、そのたび探さねばならないのは苛々させられるが、こんな風に不安そうな顔をする理由がホークアイには判らなかった。 「少尉?」 「ちょっと探してきます」 そう言って司令室を飛び出していってしまうハボックを眉を顰めて見送ったホークアイは、一瞬遅れてその背の高い姿を追った。 「准尉の事があったばっかりなのに、一人でふらふらすんなよ」 ハボックはロイの姿を探して廊下を小走りに走っていく。また中庭だろうかと窓から下を見下ろしたハボックは、庭を歩く大柄な姿を見つけて眉を寄せた。 「ボウカー中佐?」 ハボックがそう呟いた時、ボウカーがわたわたと振り回した腕から黒い塊がピョンと飛び降りる。それがもの凄い勢いで木々の間に飛び込むのを見て、ハボックは目を見開いた。 「大佐っ?嘘だろッ?」 まさかボウカーに猫になるところを見られでもしたのだろうか。そう考えればハボックはサーッと血の気が引くのを感じて、手近の階段へと走った。 「ヤバい、ヤバいって……ッ」 気が急くあまり足がもつれそうになりながら階段を駆け降りていたハボックは、不意に背後からかかった声に驚いて手摺りで体を支えるようにして振り向いた。 「中尉っ?」 まさかついてきているとは思わなかった。慌てるあまりなにか聞かれたら困ることを口走ったりしていなかったかと思いながら見つめれば、ホークアイがハボックのところまで階段を下りてきて言った。 「どうしたの?少尉。なにか不味いことでも?」 「中尉」 見つめてくる鳶色を見返してハボックは迷う。ホークアイは信じるに足る人物ではあるが、この問題に関してはどうだろう。味方になるか、それとも敵になるのか。端正なホークアイの顔をじっと見つめていたハボックは、ヒクンと鼻を鳴らして言った。 「中尉は大佐のこと、どう思いますか?」 「え?」 「中尉は大佐の味方?」 唐突にそんなことを尋ねられ、ホークアイは鳶色の目を見開く。階段の途中、上と下に立っている関係で普段は真正面から覗く事のないハボックの空色の瞳を見つめたホークアイの唇がゆっくりと弧を描いた。 「少なくとも今まで私がついた上官の中にはいなかった全うな人だと思ってるわ」 「──── 一緒に来て下さい」 ホークアイの言葉を聞いたハボックは一つ瞬きする間に決心を固めて言う。返事をする間もなく階段を下り始めるハボックの後をホークアイはすぐさま追った。もの凄い勢いで階段を駆け降りたハボックは、目に付いた中庭への扉を押し開けながら言う。 「大佐を見つけなければなりません、一刻も早く────オレ達の上官を彼の二の舞にさせないために」 ハボックの言葉の意味が一瞬判らず問いかけるようにホークアイはハボックを見上げた。振り向いたハボックの空色の瞳を見た瞬間、事情を察したホークアイの目が見開く。 「中尉、オレ達ならできるっしょ?」 そう言ったハボックがホークアイの体を中庭に引っ張り込み扉を閉めた。バタンと閉まるその音が、後戻りは許さないと告げているようにホークアイには聞こえた。 ボウカーに抱え上げられたロイは何とか逃れようと、ボウカーの腕の中でジタバタと暴れる。そうすればボウカーが黒猫を抱き込むようにして言った。 「どうした、そんなに暴れんでくれ」 (煩いッ、さっさと離せッ、コノヤローッ!!) ロイは思わず唇から零れそうになる言葉を飲み込んでボウカーを睨む。フーッと毛を逆立てて睨んでくる黒猫に、ボウカーは眉を下げた。 「そんな怖い顔をしなくてもいいだろう?そうだ、後で最高級の猫缶を買ってやろう。だからいい子にしてくれ」 ボウカーは猫なで声でそう言うと、黒猫の顔に頬をこすりつける。ギャーッと叫びそうになって、ロイは咄嗟に猫キックを繰り出していた。 「いたッ!!」 偶然にもその足がボウカーの顎にヒットする。攻撃的な気持ちが爪を伸ばしていたようで、キックに引っかき攻撃も加わって、流石のボウカーも痛みに黒猫を掴む手を緩めた。 (今だッ!) その一瞬の隙を見逃さず、ロイはボウカーの腕から飛び降りる。そのままダッシュで低い庭木の間に飛び込んだ。 「あっ、おいッ!私の黒姫ッ!」 血が滲む顎を押さえていたボウカーは黒猫の事をそう呼んで後を追う。木々の間に闇雲に手を突っ込んで、ボウカーは猫を探した。 「どうした、何故逃げるんだ、出てきてくれ、黒姫!」 両手で枝をかき分けて、ボウカーは覗き込むようにして黒猫の姿を探す。ロイは黒曜石の瞳を見開いて、ジリジリと後ずさりした。 (拙い、拙いぞっ、もう一度コイツに捕まったら逃げきれん!) ボウカーの前で人の姿に戻ったら一巻の終わりだ。ロイは逃げるタイミングを計りかねて、ガサガサと枝の間を探るボウカーの手を凍り付いたまま見つめていた。 |
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