そういう人々  第十九章


「くそ……っ、なにが危険因子だ、見つけ次第即刻処分だ。そんな法、クソ食らえだッ」
 中庭を歩きながらロイは呟く。だが、面と向かってあんな風に言われれば、獣人族がおかれた立場を嫌でも思い知らされた。
「実際ボウカーのような考えを持っている軍人も多いのだろうな」
 いや、むしろそう言う考えを持つものが大半を占めると言っていいのかもしれない。己の目で獣人族を見たものは殆どいないのだろうが、それがかえって獣人族という種族が持つ危険性を必要以上に大きいものに見せているように思えた。
「大体私のどこが危険だと言うんだ。猫だぞ、可愛らしいものじゃないか」
 虎やライオンといった猛獣や象と言った大型の獣ならともかく、小さな黒猫のどこに危険性があるというのか、獣人族が危険だと主張する者に問い質してみたいものだ。
「ボウカーなんぞ、癒しだなんて言ってたじゃないか」
 そう呟いたロイは、ボウカーがうっとりした眼差しで黒猫のロイの魅力を力説していたのを思い出して思い切り眉を顰める。なんだか撫で回され頬摺りされている気分になって、ロイは両手で腕をゴシゴシとこすった。
「アイツの癒しになるのは真っ平ごめんだが、なんとかして獣人族の利点を理解させないと」
 その為にはもっと多くの獣人族を知る必要がある。
「ボウカーの部下だったという准尉になんとかして会えないだろうか」
 とりあえず今自分が知っている獣人族はその准尉しかいない。ヒューズが調べてくれるとは言ったが、おそらくかなり長い時間がかかるだろう。
「研究所というのはどうなってるんだろう。嫌な話だが研究者にとっても貴重なサンプルな筈だ。すぐ処分するとは思えんが……」
 もしそうなら急げば准尉と話をすることが出来るかもしれない。上手くすれば研究所から引き取ることも可能かもという考えが浮かんで、ロイはグッと顎を引いた。
「よし、一刻も早く手を打とう」
 准尉がいたのがこの東方司令部でよかったと言える。副司令官という立場を利用出来れば、かなり穏便に事が進められるだろう。
 それならばと急いで司令室に戻ろうとしたロイは、中庭の出入口の扉が中から開かれた事に気づく。そこから出てきたのがボウカーだと判ると、ロイは慌てて百八十度方向転換した。
(アイツは苦手だ。准尉の話も猫の話もアイツとだけはしたくないぞっ)
 そう思いながら別の出入口から戻ろうと、ロイはボウカーに見つからないよう木の間を抜けていこうとする。枝の下をくぐり抜けようとしたロイの鼻を揺れた花弁から舞った花粉が悪戯に擽った。
「ッ?!拙いっ、で、出る、な……ッ、────ハァッ……クションッッ!!」
 必死に耐えようとしたロイの唇から、無情にもクシャミは大きな声と共に飛び出していった。


 ロイの後を追ったボウカーは、廊下の角を曲がった先にロイの姿がないことに気づいて目を瞠る。どこか部屋に入ったのだろうかとキョロキョロと辺りを見回したボウカーの耳に、カチャリと扉が閉じる音が聞こえた。
「ん?」
 音のした方へ目を向ければ中庭に続く扉がある。もしかしてそこから中庭に出たのだろうかと扉を開けて顔を出したボウカーは、こちらに向かってくるロイの姿を見つけて笑みを浮かべた。丁度よかったとロイが来るのを待とうとしたボウカーだったが、いきなりロイがクルリと背を向けて行ってしまおうとしたのを見て慌ててその背を追う。
「マスタング大佐!」
 大声で呼んだものの聞こえなかったのか木の向こうに曲がってしまうロイを、ボウカーは軽く舌打ちして更に追った。
「マスタング大佐、ちょっとお話が!」
 そう言いながらボウカーはロイと同じように曲がろうとする。クシャンと大きなくしゃみが聞こえて、だが、いるだろうと思ったその姿は木々の間には見えず、ボウカーは目を見開いて辺りを見回した。
「大佐?────変だな、確かにここで曲がってクシャミだって聞こえたのに……、マスタング大佐!」
 大声を張り上げてボウカーがロイを呼んだ時、足下でガサリと落ち葉が音を立てる。反射的に視線を下に向けたボウカーは、そこに愛しの黒猫が立っていることに気づいて目を丸くした。
「おお、お前はッ!!」
 思わぬ再会に喜びの声を上げたボウカーは、信じれられない程の素早さで黒猫を捕まえる。逃げようと暴れる黒猫をギュッと抱き締めて、小さな黒い顔に頬を擦りつけた。
「こんなところで会えるとはッ!マスタング大佐は来ていないようなことを言っていたが、やはり来ていたんだな!もしかすると私とお前は運命の糸で結ばれているのかもしれんっ」
 ボウカーはそう言いながら擦りつけていた頬を漸く離すと、前脚の付け根に手を入れて黒猫の体を己の目の前に翳す。ジタバタともがく黒猫をうっとりと見つめていたボウカーは、最初の目的を思い出して辺りを見回した。
「そういえばここにマスタング大佐がいただろう?お前の飼い主の上官だ。たった今この辺りを曲がっていく後ろ姿を見て追ってきたんだが、お前、どこへ行ったか知らんか?」
 そう言いながらボウカーは少しの間ロイの姿を探していたが、見つからないと判ると手の中の黒猫に視線を戻す。にっこりと笑ってボウカーは黒猫に話しかけた。
「まあいい。今はとりあえずお前とゆっくりしよう」
 嬉しそうにそう言って、ボウカーはのんびりと中庭を歩きだした。


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