そういう人々  第十八章


 外の空気を吸おうと中庭に出る扉を目指して廊下を歩いていたロイは、角を曲がろうとして丁度反対側から歩いてきた軍人と鉢合わせしそうになる。咄嗟に避けて正面衝突は免れたもののバランスを崩して倒れそうになり、ロイは思わずぶつかりそうになった相手の腕を掴んだ。
「おっと」
 いきなり腕を掴まれた相手は、ろくにふらつきもせずロイの体を支える。大柄な相手を見上げたロイは、それがボウカーだと気づいて内心眉を顰めた。
「大丈夫ですか、マスタング大佐」
「ああ、すまなかったな。前をよく見ていなかった」
「いえ、私の方こそ気が急いていたもので」
 そう言うのを聞いてロイは何とはなしに聞き返す。
「何か問題でもあったのか?」
 何となく目の前の男はせかせかと行動するタイプには見えずそう尋ねてしまったのだが、返ってきた言葉を聞いてロイは尋ねたことを後悔した。
「問題……そうですな、個人的には大問題です。実はマスタング大佐、そちらに美人の黒猫がおりますでしょう?」
「えっ?」
「ハボック少尉が飼っている猫です。ご存じありませんか?」
「……ああ、あの猫の事か。勿論知ってるとも」
 あまり触れたくない話題ではあるが知らないとも言い辛い。仕方なしに答えれば、ボウカーはズイとロイに顔を近づけた。
「あの猫、実に可愛らしいですなッ!」
「え?……ああ、まあ、そうだな」
「天鵞絨のような美しい毛並み、しなやかな肢体、艶めかしい尻尾、そして黒曜石のように輝く瞳ッ!」
 ボウカーが拳を握り締めて力説するのを、ロイは嫌そうに見つめる。そんなことには気づかず、ボウカーはホゥとため息をつくとロイを見て言った。
「実は私はあの猫の大ファンなのです。最近どうにも気が滅入る事案が続いておりまして、あの猫に癒して貰おうと丁度司令室へ伺うところでした」
「だが、今日はあの猫は司令部にきていないぞ」
 もしかしてハボックの奴、自分の知らないところでそんな約束をしていたのかと内心ムカムカしながらロイが言う。そうすればボウカーは残念そうに肩を落としてため息をついた。
「そうですか。いや、この間偶然庭で会ったので、今日もまた連れてきていないかと思ったのですが」
「それは残念だったな」
 本当はそんなことはこれっぽっちも思わずにロイは言う。するとボウカーはパッと顔を上げてロイを見た。
「マスタング大佐、あの猫、司令室で飼ってはどうです?」
「は?」
「司令部には癒しが必要だと思いませんか?」
 ボウカーはそう言うとグッと拳を握り締める。
「大佐にも日々頭を悩ませる事はおありでしょう。その時にあの猫がいたらどれほど心穏やかになれることかッ」
「ボウカー中佐」
 そんな事を言い出すボウカーをロイは冷たく見遣って言った。
「猫なんぞいたところで心穏やかになれるわけがないだろうっ」
「ですが」
「そんな事より貴官のところで獣人族が出たらしいじゃないか。もっと真面目に問題に取り組みたまえ!」
 思わず声を荒げてしまえばボウカーが目を瞠る。ハッとしたロイが余計なことを言ったと慌てて取り繕う前に、ボウカーは軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。私の目が行き届きませんで、部下から獣人族を出すという失態を……」
「い、いや、失態というほどのことでは」
「いいえ。獣人族と言えばアメストリスにとって危険因子。一匹残らず狩り出して処分しなければなりません。それを己の部下としておきながら気づかないとは職務怠慢と言われましても申し開きのしようがない」
 そんな風に言う男をロイは目を見開いて見上げる。キッとボウカーを睨むとロイは尋ねた。
「獣人族は危険因子だと、本気で思っているのか?」
「はい」
「一匹残らず狩り出して処分せねばならないと?」
「勿論です」
 きっぱりと言い切るボウカーにロイは一瞬口を噤んだが、更に尋ねる。
「処分された准尉は優秀な軍人だったんだろう?だったら処分など貴重な人材を無駄に潰すことではないのか?例え獣人族だとしても、いや、むしろ獣人族だからこその特性を生かして組織の中で活用したら────」
「失礼ですがマスタング大佐」
 言い募る言葉を途中で遮られてロイがムッと押し黙れば、ボウカーは軽く頭を下げて言った。
「失礼ですが、それは軍の責任者として相当の発言とは思えません。獣人族は危険因子であり見つけ次第即刻処分。これはアメストリスを守るために定められた法だ」
 そう言われてロイはギリと歯を噛み締める。それ以上はなにも言わずボウカーに背を向けるとその場を離れていくロイの背を見つめて、ボウカーはため息をついた。
「私だって准尉を処分せずに済むならそうしたさ。だが獣人族は危険因子なんだ。もう二度と迷ったりしてはいかんのだ」
 ボウカーは呟いて頭を振る。それからゆっくりと歩きだしながら考えた。
「あんな考えが浮かぶなどマスタング大佐も色々悩むことがあるんだろうが……。そうだ、やはり司令室であの猫を飼って貰おう。猫に癒して貰えば大佐もあのような危険な考えも浮かばんだろうし、私もいつだってあの子を抱き締められる!よし、早速大佐に進言をッ!」
 どちらかというとロイの為というより猫を抱き締めたいという己の欲求を満たす為に、ボウカーはロイの後を急いで追ったのだった。


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