そういう人々  第十七章


「ヒューズ、私だ」
 窓も扉も鍵をかけた執務室で、ロイはセントラルの友人に電話をかける。今までも猫から人に戻る訓練を執務室でする時はいきなり扉を開けられたりしないよう鍵をかけてはいたが、現実に研究所に送られた獣人族が身近に出た今ではロイの焦燥感はいやが上にも強まっていた。
『出たんだってな、研究所送り』
 ロイが言い出すより早くヒューズが言う。流石に情報が早いと思いながらロイは言った。
「そのことでお前に相談があるんだ」
『なんだ?──まさか誰かにバレそうになってるとか言うんじゃないだろうな』
 心配性の友人がそう言うのを聞いてロイは苦笑する。
「違う。その件に関しては大丈夫だ」
『本当か?少尉から色々聞いてるぜ?』
「なにを聞いていると言うんだ。自力で元に戻れない以外はなにも問題ないぞ」
 ハボックの奴、なにを言ったんだと頭に浮かんだ部下を睨みつけながら言って、ロイは続けた。
「ヒューズ、お前、私以外に獣人族を知らんか?」
 そう言えば電話の向こうでヒューズが黙り込む。電話が切れてしまったのかとロイが思い始める頃になって漸くヒューズの声が聞こえた。
『そんなことを知ってどうする気だ?』
「獣人族を集めてその存在意義を認めさせる」
『はあっ?そんなの無理に決まってんだろ』
「どうして無理だと決めつけるんだ」
 言った途端に否定されてロイはムッとして言い返す。
「そもそも獣人族は優秀な種族なんだろう?研究所送りにされた准尉も優秀で先が楽しみな軍人だったと聞いたぞ。そんな人材を使いもせず研究所で実験材料に使った上死なせるのか?それがどれだけ愚かな行為か、ヒューズ、お前に判らない筈がないだろう?」
『ロイ』
「それよりも獣人族を組織の中にうまく取り入れてその能力を生かした方が、ずっとアメストリスの為になる。その為にも獣人族を集めて──」
『ロイ!』
 きつい口調で言葉を遮られてロイが口を噤めば、受話器の向こうからヒューズのため息が聞こえた。
『それは無理だ。今のアメストリスの現状じゃ多少獣人族を集めたところで何の解決にもならん。今はまだ大人しくしておいた方がいい』
「そうしている間に優秀な人材が無駄に潰されるとしてもか?」
 弱気なヒューズの言葉にロイは苛立ちを募らせる。
「私は研究所に送られた准尉の事は知らん。だが、将来アメストリスを担うべき人材が無意味に葬られた事だけは判る。そんなことは本来あってはならない事だ、違うか?ヒューズ」
『それは確かにそうだが、今はまだ早い、ロイ』
 幾ら言っても自分の考えに同意しないヒューズに、ロイは苛々と言い返した。
「判った。お前が協力してくれなというなら自分で何とかする。じゃあな、ヒューズ」
『ちょ……ッ、待てッ、ロイ!』
 そのまま電話を切られそうになってヒューズが慌てて大声を上げてロイを引き留める。
『判った!俺の方で調べてみる!だからお前は大人しくしていろ』
 ロイは耳から離しかけた受話器をもう一度耳に押し当てた。
『協力する。だが調べるにしても時間がかかる。なにせ獣人族がどの程度いるかも判らんし、当の本人達はそれをひた隠しにしてるんだからな。だからお前は当分は猫から自力で戻れるように訓練してろ』
 漸くヒューズから引き出した了解の言葉に笑みを浮かべたロイは、その言葉の後半を聞いて眉を顰める。思わずムゥと黙り込んでいればヒューズの声が聞こえた。
『お前がそうしないと言うなら協力はしないからな』
「────判った」
『少尉にも言っておくぞ、いいな』
 渋々頷けば更に念押しされてロイの眉間の皺が深まる。それでも流石に嫌とは言えず判ったと答えると、ヒューズはしつこい程に無理をしないよう念押ししてから電話を切った。
「まあ、仕方ない、か」
 最後に色々約束させられた事は気に食わなかったが、実際問題として事を始める前にロイ自身が研究所に送られてしまっては元も子もない。ロイはフゥとため息をつくと椅子に深く背を預けて窓の外に広がる空を見上げた。
「全くろくでもない話だ」
 自分のことはさておいても一刻も早く手を打たなければ、多くの優秀な人材が無駄に消されかねない。とはいえ、ヒューズの言うとおりすぐには動けないのも現実だった。
「少し外の空気でも吸ってくるか」
 閉じこもっていると気が滅入ってしまいそうだ。ロイは軽く頭を振ると立ち上がり、執務室から出ていった。


「あっ、中佐!」
 セントラルの上層部の使いだと言う審議官に呼び出されていたボウカーが戻ってきたのに気づいて、副官の大尉がガタンと椅子を蹴立てて立ち上がる。心配そうに見つめてくる視線に、ボウカーはため息をついて答えた。
「獣人族だと知っていて匿っていたんじゃないかと言われたよ」
「そんなっ」
 驚く大尉に軽く手を振ってボウカーは執務室に入る。やれやれと椅子に腰を下ろして、後から入ってきた大尉を見上げた。
「疑われたからというわけではないが、他にも獣人族が紛れていないか気をつけるべきだろう。アメストリスの未来の為にも危険因子は潰しておかねばならん」
「はい、中佐」
 神妙な顔で頷く副官をボウカーは部屋から追い出す。
「全く、嫌な話だ。気が滅入るな。こんな時こそ猫に癒して貰わんとやっていられん」
 椅子に深く沈み込んで呟いたボウカーだったが、不意に乱暴な仕草で立ち上がった。
「あの黒猫だ。もしかしたらハボック少尉がまた連れてきているかもしれんし、もし連れてきていないのなら今すぐ連れてこさせよう。私には癒しが必要なんだっ」
 勝手なことを呟いて、ボウカーは執務室から足早に出ていった。


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