そういう人々  第十五章


「なあ、ハボック。さっきの会議で考えたんだが」
 退屈な会議を終えて執務室に帰ってくるなりロイが言う。途中給湯室に寄って淹れたコーヒーのカップをロイの机の上に置きながら、ハボックが答えた。
「なんスか?何かあの会議でひっかかるところでもあったんスか?」
 同席していた自分には気づかない何かがあったのだろうか。流石大佐ともなると目の付けどころが違うのかもと、退屈な会議だったとしか思わなかった自分を反省しながら問いかけるハボックにロイが答える。
「他に誰か獣人族の奴を知らんか?そいつにどうやって勝手に獣になる自分の体質と折り合いをつけているのか聞ければ、随分と参考になるんじゃないかと思うんだが」
 目の前に置かれたカップを手に取り、フーフーと息をかけて冷ましながら言うロイをハボックはじっと見下ろす。質問にいつまでたっても答えないハボックを、ロイは訝しげに見上げて言った。
「どうした?他の獣人族に心当たりはないのか?」
 繰り返しそう尋ねられてハボックはハアアとため息をつく。ため息をつかれてロイは不思議そうに首を傾げた。
「なんだ、ため息などついて。何か気にかかる事でもあるのか?」
「流石に大佐ともなると目の付けどころも違うんだと感心したオレが馬鹿でした」
「なにッ?」
 ロイがムッと目を吊り上げるのにハボックが言う。
「アンタね、会議の間なに考えてたんスか。ちゃんと会議に集中してくださいよ」
「あんなくだらん会議、後で資料を読めば事足りる。そんな事よりこの体質だ。お前だって自分で好きな時に猫になったり戻ったり出来るようになれと言ってるだろう?参考になる話を聞ければ私にだって色々対処の方法が浮かぶというもんじゃないか」
 一生懸命冷ましたコーヒーをガブリと飲んでロイが言うと、ハボックはため息混じりに答えた。
「大佐。獣人族だと知れた時、どうなるか知ってますか?」
「そんな事知ってるに決まってるだろう?知られたら即刻捕まって研究所送りだ。それが判ってるからそうならないように、しなくてもいい苦労をしてるんじゃないか」
 馬鹿にしてるのかと眉間に皺を寄せるロイをハボックはじっと見る。それからやれやれと肩を落として言った。
「それが判ってるなら例えアンタの他に獣人族がこの司令部やイーストシティの街の中にいたとして、誰かに自分は獣人族だと言う奴がいると思います?知られた相手が黙っててくれるとは限らないんスよ、例え身内にだって自分から獣人族だと名乗り出る奴はいないっスよ」
「……そうか、そうだな」
 確かにハボックの言うことはもっともだ。ロイがヒューズに自分が獣人族だと明かしたのだって、そもそもの切っ掛けはヒューズの目の前で猫の姿になってしまったからだった。
「相談したっていうのは親友だからってだけじゃなかったんスね」
「正直なところを言えばヒューズにも相談すべきか迷ってたんだ。例え私が獣人族だと判っても、ヒューズなら私を裏切るような真似はしないと思ってはいたが、それでもやはり怖かったよ。まあ、結局は迷う間もなくヒューズにバレてしまったがな」
「くしゃみした時目の前にいたのが中佐でよかったっスね」
 もしそれが他の誰かだったら今ロイはここにいないかもしれない。そうだな、と苦く笑うロイにハボックが言う。
「そう思うならちゃんと練習してくださいよ」
 そう言って懐の胡椒の小瓶に手を伸ばすハボックをロイは押し留めた。
「判ってる。練習もする。だがな、ハボック。このままじゃいけないと思わんか?」
「なにがっスか?」
「獣人族は優秀な種族なんだろう?だったらこんな風に迫害するのは間違ってる。むしろもっと獣人族を取り上げて働けるようにした方がアメストリスの為になるじゃないか」
「多勢に無勢ってとこなんじゃねぇんスかね」
 幾ら優れた種族とて、それを認めようとしない大多数には敵わないのではないかと言うハボックにロイがニヤリと笑う。
「だから私が変えてやるんだよ。国の中枢から獣人族を取り立てるように変えていけばいい。私は獣人族なんだからな」
「それはまあ、一理あるかもしれないっスけど」
「けど、なんだ?」
「獣人族がアンタ一人じゃ無理っスよ。結局は多勢に飲み込まれる。飲み込まれないようにするにはもっと獣人族を集めなきゃだけど、今の状況じゃ自分から名乗り出る獣人族は皆無っス。結局は変わらないってことじゃないっスか?」
「顔に似合わずネガティブシンキングだな、お前」
「なんスか、顔に似合わずって」
 ロイの言いように眉を寄せるハボックにロイは言った。
「とにかく今のままがいいとは思わないし、今のままにするつもりもない。このままコソコソと獣人族であることを隠して生きるなんて真っ平だ」
「まあ、くしゃみ一つで身に危険が及ぶ暮らしを一生続けるのは大変でしょうけどね」
「それは嫌みか?ハボック」
「いや、別に嫌みとかそう言う訳じゃ」
 発火布を填めた手を突き出されてハボックは引き攣った笑みを浮かべる。そんなハボックにフンと鼻を鳴らしてロイは言った。
「とにかくお前ももうしっかり関係者なんだ。私が獣人族だと判って捕まれば、そのことを知っていて隠してたお前も罪に問われるんだからな。これからは獣人族をもっと取り立てる世の中に────」
「そうしたいなら尚の事訓練っス」
 意気込んで話すロイの言葉を遮ってハボックが言う。
「要は訓練したくないんでしょ?でもね、今の状況でアンタが獣人族だとバレたら世の中を変える前に研究所に送られてジ・エンドっスよ」
「くそう、なんとか獣人族を集める手立てはないのか?」
 事を進める方法があれば何とかなるかも知れないのにと腕を組んで唸るロイの鼻先に、ハボックはパッパッと胡椒を振りかけた。


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