そういう人々  第十二章


「ええと、その……」
 猫への熱烈な愛情を込めた瞳でじっと見つめられてハボックは頬を引き攣らせる。
「ハボック少尉」
 ズイと顔を寄せるボウカーにヒクリと鳴ったハボックの喉から、助けを求めるように一つの名前が零れた。
「────中尉」
「え?」
「ホークアイ中尉……そうっス、ホークアイ中尉っスッ」
 ハボックは咄嗟に出てきた名前を声を張り上げて繰り返す。キョトンとするボウカーに向かってハボックは言った。
「ホークアイ中尉に預けて来たんです。まさか連れてくる訳にいかないし、アパート戻る時間はなかったんでホークアイ中尉に預けたんスよっ」
 いやあ、うっかりしてましたとヘラヘラと頭を掻きながらハボックは言う。そんなハボックを胡散臭そうに見つめたボウカーだったが、一つため息をつくと言った。
「そうか、それは残念だ」
「申し訳ありません、サー」
(よかったっ、ありがとう、中尉ッ!!)
 ハボックは内心胸を撫で下ろしながら心に浮かんだホークアイに向かって礼を言う。やはりどんな時も司令部一頼りになるとホッとしたハボックにボウカーが言った。
「それなら仕方ない。だったら今度また司令部に連れてきてくれ」
「……は?」
 笑みを浮かべたままハボックは間抜けた声を上げる。
「今日は他の連中に見せるために連れてきたんだろう?だったらまた連れてきて私に抱かせてくれ」
 突然そんな事を言われてポカンとするハボックに構わずボウカーは続けた。
「そうだな、明日、明後日はちょっと立て込んでるんだ。明明後日なら構わん」
「えっ、いやそのっ」
「ハボック少尉、ではしあさ────」
「ハボック」
 言いかけたボウカーの言葉を遮るように声が聞こえる。反射的に向けた二人の視線の先にロイが立っていた。
「────どうした?」
 何となく様子が変だと、ロイが顔を顰める。そんなロイにハボックはハッとして歩み寄った。
「たっ、大佐っ!あっ、そろそろ時間っスね!」
「あ、おいっ、ハボック少尉!」
「失礼しますっ、ボウカー中佐!さあ、行きましょう、大佐ッ!」
「えっ?ハボック?」
 ハボックは引き留めようとするボウカーを振り切ってロイの腕を掴むと、半ば引きずるようにしてもの凄い勢いで出入口に向かう。最後は殆ど駆け足で部屋の外へ飛び出すと、ハボックはそのままの勢いで廊下を歩いていった。
「おい、ハボック!」
 訳も判らないまま引きずられるように歩いていたロイは、ロビーまできたところで漸くハボックの手を振り解いて足を止める。
「なんなんだ、一体!」
 そう言って睨みつけるロイを見返していたハボックは「ハアアア」と大きなため息をついてしゃがみ込んだ。
「ハボック?」
 半ば怒っていたロイは、そんなハボックに毒気を抜かれてハボックの顔を覗き込む。もの凄く疲れきった様子のハボックに不思議そうに首を傾げるロイを見上げて、ハボックは言った。
「ヤバいっス」
「は?」
「あの人、アンタの事抱かせろって」
 唐突な言葉にロイの思考回路が停止する。ヤバいな、どうしようとブツブツと呟くハボックを見つめていたロイは、次の瞬間すわと大声を張り上げた。
「ふざけるなッ!何故私があんな男に抱かれねばならんのだッ!!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るロイをロビーにいた人々がびっくりして見つめる。ブルブルと怒りに震えるロイをキョトンとして見上げたハボックは、ハッとして立ち上がった。
「違いますって!そう言う意味じゃなくてッ!!」
「そう言う意味じゃないならどういう意味だッ!!」
「いやだからっ、ああもうっ、いいからこっち来て!」
 ハボックは「ふざけるな」とか「馬鹿にするな」とか喚くロイを引きずるようにしてロビーから出ると、手近のドアマンに車を回すように言う。少しして回された車にロイを押し込むと、ハボックは運転席に滑り込んで急いで車を発進させた。
「ハボック!お前、上官の私が愚弄されたのに黙っていたわけではあるまいなッ!」
「だーかーらー」
 運転席のシートを掴んで身を乗り出してくるロイにハボックはため息をつく。ホテルから少し離れた路上で車を脇に寄せて停めると、大きなため息をついてロイを振り向いた。
「ボウカー中佐、ものっ凄い猫好きみたいっス」
「それがなんだッ」
「黒猫のアンタに一目惚れしたみたいで、抱かせて欲しいって」
「────は?」
 思いもしなかった言葉にロイはポカンとする。ハボックはもう一つため息をついて言った。
「今日、中庭で会ったとき言ってたっしょ?猫が好きで飼い猫探してるって。あの黒猫のことがいたく気に入ったみたいで、抱かせろってさっきは強引に連れてくる日取りを決めようとしてたんスよ」
 ハボックの説明に身を乗り出していたロイはぽすんとシートに腰を下ろす。
「喚いてしまったじゃないか」
「え?」
「ホテルのロビーで喚いたぞ、私はッ!」
 何故男に抱かれねばならんとかなんとかっ、と顔を真っ赤にして言うロイにハボックは「ああ」と頷いた。
「そう言えば言ってたっスね」
「どうしてくれるんだッ!」
「アンタが誤解して勝手に喚いたんじゃないっスか」
「お前が紛らわしい言い方をするからだろうッ!!」
 私のイメージがっ、と頭を抱えるロイにハボックはため息をつく。
「そもそもの原因はアンタが猫の姿で歩き回ったからっしょ。オレは一人で部屋を出るなって言ったのに」
「うっ」
 冷めた目で見つめられてロイはウッと言葉に詰まる。そんなロイにハボックは今夜何度目になるか判らないため息をついて言った。
「とにかくオレはボウカー中佐とは極力顔を合わせないようにしますよ。あの調子じゃ今度会ったら絶対猫連れてこいって言われそうだし」
「断ればいいだろうっ」
「上官命令でも出されたら一巻の終わりっス」
「だったら私が上官命令を取り消す上官命令を出してやるッ」
「アンタね」
 ハアとハボックは肩を落とす。
「とにかくほとぼりが冷めるまで、絶対誰にも猫の姿見られないでください、いいっスね!勝手に一人で歩き回るのはぜーったい禁止っス!!」
「────判った」
 流石に言い返すことも出来ず神妙に頷くロイに、ハボックはこの夜一番大きなため息をついた。


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