そういう人々  第十一章


「大佐っ、そろそろ行きますよ!」
 ノックもそこそこに扉が開いたと思うとハボックの声が聞こえて、書類にサインを認めようとしていたロイは眉を寄せる。ジロリと睨まれて、ハボックはキョトンとしてロイを見た。
「なんスか?」
「ノックをしろ。返事を聞いてから扉を開けろ。お前、そんな事も出来んで、今までよくやってきたな」
 こんな風に怒って見せながらもロイは必要最低限の礼節を守ってさえいれば礼儀作法に煩い方ではない。。無礼とも言えるハボックの言動も広い心で見逃してやっているが、どちらかというとロイのような人間は軍には珍しい方で、下手な上官の前で同じ事をすれば不敬罪を問われる事もないとは言えない筈だった。
「まあ、相手見てやってるっスから」
「それはどういう意味かな?ハボック少尉」
 尋ねればさらりとそんな答えが返ってきて、ロイは頬を引き攣らせる。ロイが無理矢理笑みを浮かべて尋ねると、ハボックは決済済みの箱の中から書類を取り出しながら言った。
「アンタはそんな些末な事を気にしないタイプと思いましたけど」
 ロイの方を見もせずに言うハボックに、ロイは目を瞠る。取り出した書類をチェックしてトントンと整えると、ハボックはロイを見た。
「それ、終わってるんスか?」
「え?ああ、いや、ちょっと待ってくれ」
 ロイはサインを書く寸前だった書類に急いで書き込むとハボックに差し出す。ハボックは受け取った書類を他の書類と一緒に纏めるとロイに言った。
「これ、提出したら車回しますから。支度して玄関に行っててください」
「判った」
 ロイが頷けばハボックはニコッと笑って足早に執務室を出ていく。その背を見送って、ロイはため息をついた。
「意外だな」
 まさかあんな返事が返ってくるとは思わなかった。
「フン、まあいいだろう」
 ロイは笑みを浮かべてそう呟くと、椅子の背に掛けてあった上着を取り上げそれに腕を通しながら執務室を出た。


「よかった、間に合いそうっスよ」
 パーティ会場があるホテルの車寄せに車を寄せながらハボックが言う。
「別に途中参加でも構わなかったんだがな」
「またそう言うこと言って」
 パーティなど面倒だとシートに沈み込んでいるロイをハボックはミラー越しに睨んで、車をゆっくりと停める。寄ってきたドアマンが開けた扉からロイが降りるのを見ながら自分も車から降りると、車のキーを預けてロイと一緒にホテルの入口に向かった。その時、同じように入口に向かってきた男と一緒になる。その顔を見て、ハボックとロイは同時に声を上げていた。
「「あ」」
 その声に二人を見た男も目を見開く。一瞬互いに見つめあって、最初に口を開いたのはボウカーだった。
「マスタング大佐」
 言って敬礼してみせる中佐にロイは軽く手を振る。ドアマンが開いた扉から中に入りながらロイは言った。
「ボウカー中佐もパーティに?だったら私は来なくてもよかったな」
 そんな風に言うロイにボウカーが眉を寄せる。何か答える前にパーティの主催者が駆け寄ってきてロイを案内して行ってしまうと、ボウカーは眉間の皺を一層深めた。
「どういう意味だ?チャリティパーティなどくだらんものには私程度で十分だとでも言いたいのか?」
 ムッと唇を歪めて呟くと、ボウカーはロイ達の後を追うように会場へと向かった。


 最後に締め括りの言葉を口にすれば会場から拍手がわき起こる。ロイは笑みを浮かべてマイクを主催者に返すと、ハボックのところへ戻ってきた。
「お疲れさまっス」
「これで役目は果たしたぞ。今日はもう帰って寝たい」
 昼間の妙な訓練で疲れたと愚痴を零すロイにハボックは苦笑する。二人の様子を伺うようにチラチラと視線を寄越す女性達を見て、ハボックは言った。
「ほら、アンタと話したいご婦人方が待ってるっスよ。精々愛想振りまいてきてください」
 ハボックに言われてロイはやれやれとため息をつく。それでも女性達に向かって歩き出す時にはにこやかな笑みを浮かべているのを見て、ハボックはクスリと笑った。
「ハボック少尉」
 その時、自分を呼ぶ声がしてハボックは振り向く。そうすればさっき入口で会ったボウカーが立っていて、ハボックは内心顔を顰めた。
「ボウカー中佐」
 それでも顔には出さず、ピッと敬礼を返す。そんなハボックにボウカーは手を振ると、スッと身を寄せて囁いた。
「猫はどうしたのかね?」
「えっ?」
 突然そんなことを聞かれてハボックはキョトンとする。そんなハボックにボウカーは苛々して言った。
「猫だ、昼間の」
「ああ〜、いやあ、その」
「まさか司令部に置いてきたのか?」
 あんな可愛い子を置き去りにしてきたのかと尋ねられ、ハボックは顔を引き攣らせる。咄嗟に答えられずにいればボウカーが言った。
「連れてきているならちょっとだけ抱かせてくれんか?」
「えッ?!」
 思わず大声を上げれば、近くに立って談笑していた男女が怪訝そうにハボックを見る。それに曖昧に笑って返すと、ハボックはボウカーを見た。
「それはちょっと」
「別に奪い取ろうという訳じゃない。ちょっとでいいんだ、あの可愛い猫を抱かせてくれっ」
 まるでアイドルに会わせろと楽屋の入口に押し寄せるファンのように熱のこもった目で見つめられて、ハボックは返事に詰まる。
「一度でいい。たっぷり抱かせて貰えたらあの猫のことは諦める」
「諦めるって」
(なんだよ、猫、貰う気でいたのか?どんだけ猫好きだよッ)
「ハボック少尉」
 ズイと迫られてハボックは思わず一歩引いた。
(ど、どうしたらッ?)
 ハボックはダラダラと汗を流しながら必死に答える言葉を探していた。


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